オピニオン メディアビジネスの新・未来地図 その3
【デジタルヲ読ム、読マセル、ト謂フコト~プリントメディアの近未来を語る~】
ターゲットは「86」や「76」の上、購買力ある中年男性か
2010年07月26日 美和晃(電通 電通総研 コミュニケーションラボ チーフリサーチャー)、倉沢鉄也、浅川秀之、山浦康史、今井孝之、紅瀬雄太

(美和)本題の前に枠組みの話をしますと、電通でも世代論の枠組として「76世代」「86世代」「96世代」という区分でものを言うことが増えました。(注:『ネオ・デジタルネイティブの誕生』ダイヤモンド社 2010.3)。
(倉沢) 西暦のアベレージですね。
(美和)そうです。出生年を76年・86年を起点としてプラスマイナス5年ぐらいをひとくくりにする考え方です。なぜ「6」かというと、いわばネット風雲児の第2波と呼ばれる方々がだいたい1976年前後の生まれだというところからはじまっています。PC中心、ヘビーなデジタルユーザーたちです。「86」は入り口がケータイで、何でもケータイでできてしまうがためにパソコンに対する関心はむしろ薄い人たちです。そして「96」はDS、PSPやWiiが入り口になっていて、ケータイやパソコンよりも、マルチメディア・ガジェットというべき機器に対して親和性を持っている人たち、言うなれば「デバイスニュートラル」「デバイス・フリー」つまり「クラウド」に最もなじみやすい人たち、と捉えています。
(今井)その場合に、もう「86世代」まではほとんど社会人になっていますね。
(美和)個人的にはこのデジタルプリントメディア端末の最初のターゲットを考えるとき、「86世代」ではないように思えるのです。iPhoneがそうだったのですが「76」の上のほうから40歳を越えたあたりの世代、ではないかと思っています。
(倉沢)購買力もあって、大人買いが期待できますしね。
(美和)そういうことです。平均的にはお金がある程度あるので、買い物に失敗してもまた買いなおしてくれる感覚の人たちです。コミックの二次流通市場は、1980年代のコミック全盛期に読み漁った世代がターゲットになるでしょう。最初に買うのはその世代と考えます。世代別のプロフィールに応じた仕掛けが必要だという点には同意します。そのうえで、ケータイの延長上で電子コミックがいま読まれているから、電子コミック専用端末がケータイヘビーユーザーである「86世代」が買う、ということにならないと思っています。

(美和)このマーケティングには段階的にロードマップを引いておく必要があると思います。マーケットの幅広さを想定し、今から企画できる能力が求められると思います。
(今井)現在Kindleはやはりビジネスマンをターゲットにしているのですか。
(美和)それもありますが、それに加えて米国の場合は、当初、大学生というターゲットも大きかったと思います。オックスフォード・ユニバーシティ・プレス、ケンブリッジ・ユニバーシティ・プレス、といった、日本で言う大学出版局の書籍で本格的にコンテンツ配信しています。一般に米国の大学生、大学関係者はものすごく勉強しますが、1日に持ち歩かなければいけない書籍の重さがばかにならないのです。リュックを担ぐ代わりにKindleで済むとなれば、大学関係者からのウケはいいはずです。

(紅瀬)Kindleのコンテンツは、IDにひもづいたような管理をしていますので、PCでも見られるのですよね。
(美和)PCでもiPhoneでも読めます(注:現在はMacでもiPadでも読める)。デバイス販売の囲い込みをするのでなければ、リーダーソフトを入れればPCでもケータイでも見られるのが筋でしょうね。
(紅瀬)大学で言えば、移動するときはKindleで、研究するときにはPCで、という使い分けができることが必要だということを聞きました。単にマルチウインドウという機能面でなくて、実際にターゲットがどういう場面でどう使うのかまでを考える必要がありますね。
(美和)そうですね。しかし現状では日本ではそこまで届いていないかなという印象です。まずは買ってもらうことであって、読まれ方まで踏み込んだコンテンツのデジタル化、は今後の段階でしょう。
(倉沢)日本では、省スペースとオヤジ、という組み合わせは有効かなと思います。古いマンガを大人買いしたときに、本棚を増やさずに済んで、奥さんから怒られなくて済むし、マンガを子どもに見つかって恥をかくこともないのです。米国と違った事情も考えた上での市場づくりが必要です。
(美和)それはそうかもしれません。米国の場合は、小説を見ても分かるとおり、書籍1冊あたりの本の大きさと重量がすごいです。そうした各国それぞれ電子化を歓迎する条件みたいなのが違っていると思いますので、そこは気をつけるべきでしょう。
(倉沢)日本の教育現場も面白い市場ですし、逆に注意すべきでもあります。Kindleは米国の大学でうまくはまりましたが、日本の初等中等教育では、DSを漢字の練習に使ったり、電子辞書がデファクト化していたり、という状況の中で、デバイスで参考書や辞書を読むという教育の習慣がつけば市場は広がるとも思います。ただし日本の教育現場とITの導入はひどく滞っている現状もあって、IT化の目玉と思われた電子黒板は導入が滞り、パソコンのソフトの更新もままならず、肝心の試験はいずこも紙のまま、情報科目が試験に出ることもない、という状態です。ようするにIT化しても明確な便益を感じて単価を支払う人間がいない世界ですので、慎重に状況を見て市場に取り込む必要があるでしょう。
(山近)可処分所得とスマートフォンの親和性が高いという話もありますが、団塊世代へのアプローチはどうなりますか。デジタルコンテンツになじむのでしょうか。

(倉沢)ただ、あらゆる分野が団塊世代マーケティング花盛りで、団塊世代側がもうおなかいっぱいの状態ですので、かなり強いインパクトで団塊世代に売り込んでいく必要はあるとは思います。それでも有力候補の1つではあるでしょう。
(山近)CEATEC(最先端IT・エレクトロニクス展)では、シャープと毎日新聞とNTTコムで、テレビの画面に毎日新聞を出すという展示がありました。大きい文字に訴求するというアプローチはなるほどと思いましたが、iPhoneやKindleのように小さい画面で高齢者が見るのかなあと素朴に思っています。
(美和)私の中ではiPhoneとKindleは分けていてKindleに関しては先ほど申し上げた通りです。そのうえで、とはいえ団塊世代に属する方々の多くはずっと紙媒体で読み続けると思います。また、団塊世代とテレビとのつきあいは長く、テレビの見方もまた完成している方たちですから、いくら大きな字でも、新聞をテレビに出すということを受容してもらうためには経験値を1ステップ更新いただく必要が生じます。いろいろな限界はあると思いますが、2009年秋の状況について言えることは、自宅にあってモビリティのあるデバイスに、何らかダウンロード機能がついていれば、その端末が突破口になってデジタルプリントが読まれるようになる、その先頭にいるのがスマートフォンだというあたりになりそうです。
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