オピニオン メディアビジネスの新・未来地図 その3
【デジタルヲ読ム、読マセル、ト謂フコト~プリントメディアの近未来を語る~】
同じデジタルでも、新聞と雑誌とマンガは別々の議論
2010年07月05日 美和晃(電通 電通総研 コミュニケーションラボ チーフリサーチャー)、倉沢鉄也、浅川秀之、山浦康史、今井孝之、紅瀬雄太
(宮脇)そうすると、いま本を買っていないけれど誰かの本を読んでいる、という人たちを取り込むことが第一段階ということですか。マンガ喫茶で読んでいて、マンガを買ってない人も、電子ブックというツールがあったら、ひょっとしたら買うかもしれないということですね。
(美和)おっしゃるとおりです。実際に伸びているのはそのターゲットです。
(倉沢)ただ、いつまでも刈り取り続けられるわけではないし、何もかも刈り取れるわけでないこと、だからどこかで安定成長期になってしまうこと、も留意しなくてはいけないと思います。音楽コンテンツで言えば、カラオケが絶滅したわけではないし、みんなで歌う、聞くという意味が存続しています。マンガ喫茶も純粋にマンガを読むために来ている人は多数とは言い切れないところがありますので、そこはそこでビジネスとして残ります。ただ、ある程度は出版業界が取り戻す資格はある、ということなんでしょうね。

一方で、先ほどのイラストに描かれていたような、新聞ニュース記事を認知するという程度のアクセスをする人にとっては、電子新聞が登場することによって、紙の新聞をとるのをやめてiPhoneにした、というふうにターゲット(顧客)を奪われている状態があるのではないかと思っているのですが、これらのバランスはどう捉えればいいですか。
(美和)プリントメディアと言ってもいろいろありますので、個別に解決策を考えていく必要があります。
新聞に関して言うと、無料とはいえiPhone上で産経新聞をまるまる読めるサービスはユーザには好評ですし、それがたぶん課金するようになっても読む人というのは一定層残ったりするのではないかと思います。これを現在読んでいる人にとっては、かなり魅力的なアプリケーションに育ってきているという印象です。
問題は、端末とサービスの組み合わせだと思います。多種多様なデジタルプリントメディアを読むための端末およびプラットフォームとして、どういう設計や組み合わせが求められてくるかが難しいところです。マンガだけの端末というのもあっていいのかもしれませんが、長いスパンで考えたときに他のプリントメディアコンテンツを総合的に享受できる、ということが必要な人たちも多く現れると思います。ひとしきり自分の好きなマンガだけ読んだあと、端末ごとほったらかされてしてしまうと、デバイスとしてのエコシステムが成立しないですからね。そのデバイスを毎日使ってくれる仕組みを整えていこうと思ったときに、ご指摘にあったようにニュースのようなリアルタイム性の高いコンテンツをプラットフォームの中にきちんと取り込めるか、といった点が次の焦点になってくると思います。

例えば1990年代半ば、ちょうど就職したころにインターネットに触れたという、倉沢さんや私あたりの世代以下は、上の年齢層に比べて極端に新聞の購読率が減ってしまいました。結婚しても新聞を取らない家庭も多いです。新聞の宅配契約というのは典型的な世帯財で、結婚したらお互いにらみ合いながら1紙取ろうか、にらみあっているとお互い恥ずかしいから、という程度の動機で取る人も昔は多かったようですが、それもそうでもなくなりました。インターネットでパーソナルにニュースを読めるようになったことが影響していると思いますね。
ですから、紙とネットのカニバリゼーションもあるとは思うのですけれども、現在40歳前後の、新聞をとっていないことにまだ後ろめたさを感じるように価値観を刷り込まれた世代に、新聞のフルの記事が読めるというチャンスを有料であっても提供するようになると、ではちゃんと読んでみるか、というあたりで、カニバリゼーションにならない新しい市場を獲得できるのではないか、と考えています(注:対談は2009年10月実施。日経新聞が2010年3月よりWeb刊を開始した)。
(倉沢)報道のストレートニュースはもともとHTMLに馴染みやすい側面はあります。ケータイでも大きな文字を出せるわけですから、事実を確認するだけならもう紙は読まなくていいという文化はできたのでしょうね。一方で出版、特に雑誌の重要な価値はレイアウトや美しさにあると思います。写真のきれいさ、ケータイのディスプレイでは出せない高解像度を追求しようとして、PCで見せるほうにビジネスを振ってきたと言えます。つまり最小でも11インチぐらいからのディスプレイで見るのだから「紙媒体ゆえの一覧性」がほぼ保障される見せ方ができます。

電子雑誌にしても、小さい画面を前提とした新しい雑誌のつくり方、というものができあがる必要があって、それは10年、20年かけてじっくり育つ性質のものだと思うのです。これを育てている間に、出版業界およびこれを支える通信業界が泡を吹いて倒れてしまわないようなビジネスモデルにしておかないといけない、ということですね。
続きへ
このページの先頭に戻る
関連リンク
- 1.おさらい:出版業界にデジタル化以外の突破口なし
2.解題:黒船も動き、国内の巨人も動く。いま種をまくしかない
3.広告媒体としての値付けを賭けて「デジタル上でプレゼンスを築く」
4.ネット広告に起こる、視聴時間と収入のアンバランス
5.MID(MOBILE INTERNET DEVICES)でデジタルプリントメディアが救えるのか
6.異業種の会話は、強者からレベルをあわせる必要
7.誰が、いつどこでどう読むのか
8.本を電子化するだけで、作るほうも読むほうも今は手一杯
9.同じデジタルでも、新聞と雑誌とマンガは別々の議論
10.ディスプレイの大きさ、薄さ、通信速度、の妙がカギ
11.プラットフォーマーは、通信キャリアか、端末メーカーか
12.フラッグシップは、またも黒船待ちなのか
13.「雑誌のような広告」の姿はいかに。ビジネスはいかに
14.「デジタルプリントメディアデバイス」の必然性を強める
15.コミュニケーションの必然性は重い
16.ターゲットは「86」や「76」の上、購買力ある中年男性か
17.大手出版社の活路と市場が、ほんとうにあるのか
18.出版業界にプロデュース人材は存在するのか
19.広告主はこのメディアを一緒に育ててくれるのか
20.雑誌そのものの魅力は維持できているのか