オピニオン メディアビジネスの新・未来地図 その3
【デジタルヲ読ム、読マセル、ト謂フコト~プリントメディアの近未来を語る~】
フラッグシップは、またも黒船待ちなのか
2010年07月12日 美和晃(電通 電通総研 コミュニケーションラボ チーフリサーチャー)、倉沢鉄也、浅川秀之、山浦康史、今井孝之、紅瀬雄太

もちろん購買余力とか専用機器ならではの機能などもありますが、ユーザーは個々に「このデバイスはメールの子、これは音楽の子、これは本を読む子」という意義付けをして使っているのです。これを私は勝手に「端末記号論」と呼んでいますが、来るべき新しいマルチ端末に対して、「これは本を読む子」というブランディングをしてあげないと、普及は望めません。こと電子ブックについては、過去のマルチ端末も専用端末も、端末に対する意識の植えつけまたはブランディングをほぼすべて失敗していて、それは少なからずの人が「過去もあったじゃん」「また失敗するよ」「やっぱり紙でしょう」という認識を持っているのではないでしょうか。
今回の潮流で普及をしくじると、電子ブックというものはもう二度と使ってもらえなくなるかもしれません。マーケティングは相当慎重にやらないといけないと思います。その点で、日本でのKindleの展開は正直言って疑問です。すでに十分魅力的な利用シーンを持っているiPhoneで、あえて本を読ませるということも、私はユーザーでないので説得力はありませんが、マーケティングをしようというなら、すでに出遅れていると思います。
(美和)そうですね。すでに電子出版市場は2008年度末で450億円あって、マンガは前年比2倍のペースで伸びたのですが、その数字も結局いろいろなデバイスに配信しているものの合計です。iPhoneだけで450億円の多くを占めるわけではないので、今後の市場としては基本的にデバイスや特定キャリアに寄りかからない配信スタイルになるでしょうし、そうするためには何が必要なのかを考えなければならないことは確かです。
ただ、プリントメディア業界が本格的にデジタル市場に取り組もうという状況下で、フラッグシップとなる象徴的な端末があるかないかではマーケティングの上でだいぶ違うのではないかと思います。象徴的な専用端末があれば、マルチデバイス展開もやりやすくなると思います。
(倉沢)それはある種のはったりでもいいと思うのです。例えばAQUOSケータイという端末は、たしかにAQUOSの技術は使っていますが、大画面でハイビジョンが見られるわけではありません。2.5インチなりにきれいです、それをAQUOSのテレビのような気分で見てください、というブランディングの話だけでも、ものごとはだいぶ解決するかもしれません。
(宮脇)そうすると、電子書籍の普及に向けた旗頭というのは誰になるのでしょう。日本側ではどんぐりの背比べかと思いますが。
(美和)現時点に限れば日本国内はまさにそういう状態です。最初に日本上陸を噂されたのはAmazonでしたが、端末はモノクロで、雑誌の魅力は失われてしまう、米国での収益配分モデルも強気すぎて、出版社が身構えてしまうようなものでした。次に現れたAppleが魅力的な収益配分モデルを持ち込んで、カラー液晶で、電池のもちもよくて、カッコイイ、タッチパネル、という姿を提示してきたとき(注:対談は2009年10月実施。2010年4月、iPadの米国での発売後に、日本の発売が5月と決定)に、乗り出す出版社も出てくるだろう、という感じがします。そこの見極めは、まだわかりません。
(宮脇)そういう意味では、日本経済のいつもの外圧待ち状態ですね。
(倉沢)国内にも仕切れるプレイヤーは、いないわけではないでしょう。黒船に仕切られる危機感は、電通についてはノーコメントでいいですが、日販・トーハンはどういう認識でいるのですか。

(倉沢)それは新聞社が販売店に依存していて身動きが取れないのとほぼ似たような状況ですね。TSUTAYAがネット配信事業に全面的に突っ込んでこないのも、半分ぐらい似た状況で、自分がつくったレンタルディスク業界をおいそれとつぶすわけにいかないのでしょう。取次業界については、書店がつぶれると、書店の負債を取次が背負う形になって、取次が壊れると出版業界全体が壊れてしまうので、自分が壊れてはいけない、という自覚の表れかもしれません。
(宮脇)それはフィルム業界とプリント屋さんも同じような関係でしょうね。フィルム事業自体がデジカメの出現で存亡の危機にあるわけですからね。
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12.フラッグシップは、またも黒船待ちなのか
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