オピニオン メディアビジネスの新・未来地図 その3
【デジタルヲ読ム、読マセル、ト謂フコト~プリントメディアの近未来を語る~】
広告主はこのメディアを一緒に育ててくれるのか
2010年08月09日 美和晃(電通 電通総研 コミュニケーションラボ チーフリサーチャー)、倉沢鉄也、浅川秀之、山浦康史、今井孝之、紅瀬雄太

(今井)インターネット広告は、行動ターゲッティングを細かくセットしていく広告主が増えてきていて、市場の成長はこのニーズを捉えるしかない状態だと思います。そうした手間のかかる細かい仕事の数を集めて高い単価を実現しないと、美和さんの言われる方向性にデジタルプリントメディアの広告も伸びていかないように思えます。一方でその手間がコストを生んで収益源として厳しそうだということもわかります。
(美和)そうしたトレンドが定着している米国との比較で言うと、行動ターゲティングのインターネット広告はまだ日本はまだまだ少ない状態です。これまでの日本はいわばマスマーケットで消費経済が成り立ってきた国です。ダイレクトマーケティング的な要素はこれからも伸びていくとは思うのですが、定着していくにはまだ時間がかかりますし、テレビのマス広告市場が置き換わることは考えていません。
(倉沢)それは広告ビジネスあるいは広告収入によるメディアビジネスの本来的な性質でもあります。広告ビジネスというのは、枠という概念を使って取引内容を画一化し、業務単位あたりの取引量を大きくすることで、大規模な投資を支える収益を実現する、という仕組みで成り立ってきているものです。広告ビジネスとは一定以上の売り上げを取り扱わないと成り立たない一方で、商品ごとのOne to Oneを追って効果の有無を見るのは、それ自体は広告主の売り上げにはたしかに直結するけれども、広告主にとってトータルで手間すなわちコストのかかる手法になってしまっていて、規模を得るためのより効率のいい手法になっていないことを、広告主企業が経営の視点で判断すべき性質のことでしょう。宣伝部や販売促進部という権限の範囲では、手間のコストと売り上げの規模とのバランスを最適化するというミッションが与えられていないことが多いのです。

(倉沢)これをデジタルプリントメディアの広告市場でどう回避するかというと、少なくともインターネット広告の実態としては紙の発行部数と同じように、ページビュー数で解決してきています。要するに、そのほうが広告主も媒体もお互い楽になる部分があるのです。最終目標は商品がたくさん売れることであって、広告主の社内説明のためにデータをとることではないのです。サーバーがデータを取りまくればいいわけではなく、広告主が次のマーケティング戦略を立案するときに、データを受け取って分析することが企業全体から見た利益確保にとって有用か有用でないかを、広告主企業側でちゃんと判断したときに、実はOne to One で小さく売るよりも効率のいい売り方がありそうだ、という判断が、意外に冷静に行われているケースもあるようです。
脱線しましたが、電子書籍で出す広告では、ネット広告のようにデータを追求していくと広告主こそが辛いことになるから、雑誌として見せましょう、だから雑誌のように出稿してください、ということをどこまで言い切れるのかが、広告代理店の課題なのかもしれません。
(美和)それは広告主の性質によって大きく違ってきますね。
(倉沢)なるほど。ディスプレイでじっくり読ませる付加価値の有料コンテンツが載っているからこそ、その横でブランディングをしましょう、というのは、これまでマス広告で大きな売り上げを得てきた広告主なのでしょう。一方で雑誌広告でも細かいお店の広告もたくさん扱ってきたわけですが、お店ベースの広告だとお客が来たか、いくら買ったか、だけが大事になってくるので、それは細かいデータが必要だ、ネット広告のロジックで行きましょう、ということですね。
(美和)有料メディアだからこそ単価水準の高いディスプレイ広告が成立する、という世界観を示すべく挑戦することは、必要だと思います。
(宮脇)SNSやツイッターのようなネットコミュニケーションツールがこれだけ規模を獲得してきた現在、One to Oneの行動を把握するよりは、ソーシャル・アドのレイヤーができるかもしれません。デジタルで雑誌を読んで、コミュニティーをつくっている人たちが、そこに話題を提供し、いいブランドの雰囲気をかもし出してくれる広告主の存在を喜んでくれる、という構造を見てとることができます。マスとOne to Oneの中間に位置する広告市場が今後成立してくると思います。そういう意味では、デジタルプリントメディアのディスプレイ広告は、ひと頃よりは取り組みやすい、売りやすい物件になるかもしれませんね。
(紅瀬)一方で、インターネット広告の中でモバイル広告というのは、持ち歩ける媒体であるがゆえに極端に販売促進の方に振れてきました。モバイル広告の実務家の方々から話を聞くと、どうしてもナショナルクライアントが少ない、有象無象の中小事業者の広告が氾濫しモバイル広告のブランドがますます下がってしまう、という認識のようです。
一方で、デジタルプリントメディアとその端末のブランドイメージはまだ十分に高い状態ですし、いまiPhoneやKindleを手に入れているのは比較的購買力のある層ですので、広告メディアとしても高いブランド力を維持すべきだし、維持するには今からそう仕掛けていくしかないのではないかと感じています。

(倉沢)個別広告主がそういう存在の広告媒体を許容するか、そういう認識が広がるまでにどのぐらい時間とお金がかかるのか、という論点でしょうね。それは、つい数年前までのネット広告の売り方と違うアプローチをする必要がある、ということだと思います。かつて新聞社で言えば、紙の新聞の広告を売ります、ネットのバナーも安くつけて、まとめておいくらです、ということをやった結果、ネット広告というものの本来的な値付けが今になってしづらくなってしまっているところがあります。そのニの轍を踏まないように、紙媒体同様の高いブランディングでスタートしていく必要があって、つまりアクセス数が増えるまでは広告収入を我慢してコンテンツ課金、契約課金、での運営計画を立てていく必要があるでしょう。幸いにして新聞も雑誌ももともと課金ビジネスを持っているのですから、電子書籍事業部門がいつか独立採算を取っていくためにも、広告ビジネスを始めるタイミングを慎重に計っていく必要があります。
(美和)消費景気低迷による広告市場の落ち込みの中で、電子書籍事業の成長シナリオとしては茨の道という側面もあるとは思うのですが、あえてコンテンツ課金で始めるということの意味合いは、おっしゃるとおり重要です。成長のタイムスパンも近年のインターネットビジネスと比べて長く考える性質の事業だと思います。
(倉沢)その茨の道について、端末メーカーが生産計画面でちゃんとロードマップを責任もってまっとうしてくれるのか、成長のタイムスパンの間、広告主には我慢して見守って育ててくださいと説明できるのか、といった課題は、正直言って難しいそうですね。そしてそもそも、出版業界の本社社員としてこの電子書籍事業のプロデュースに賭けられる人材の発掘、育成、あるいは採用、というところが、独立採算事業に向けた最初の課題であろうと思います。
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