オピニオン メディアビジネスの新・未来地図 その3
【デジタルヲ読ム、読マセル、ト謂フコト~プリントメディアの近未来を語る~】
大手出版社の活路と市場が、ほんとうにあるのか
2010年08月02日 美和晃(電通 電通総研 コミュニケーションラボ チーフリサーチャー)、倉沢鉄也、浅川秀之、山浦康史、今井孝之、紅瀬雄太

(美和)まず、シナリオの手前にある出発点としての現状の解釈には、2つのポイントがあるかもしれません。
1つは、今の携帯電話端末を前提とした電子コミック配信では、市場のイニシアチブは大手のコンテンツホルダーよりはニッチコンテンツをやっているコンテンツホルダーにあると思います。そこではメガコンテンツを配信できるポテンシャルを持ったプレイヤーこそが逆にややマイノリティーとも言える存在になっています。それは、これまでは紙メディアに対してデジタル出版市場全体がマイノリティーだからそれでよかったわけです。
もう一つは、「どんなコンテンツでもありのプラットフォーム」になってしまっていて、早く細かく小刻みに儲けるにはいいですが、プラットフォーム自体のブランドも含めて、すでに紙も含めたデジタル以外のメディアで成功してきたプレイヤーに対して十分な収益の機会と時間を与えるプラットフォームになってこなかった、ということが重要だと思います。
電子出版市場の中でこれから取り組んでいくべきは、大先生が描いている漫画、大先生が書いている小説、といったコンテンツがちゃんと流通できて、そのブランド力すなわち客層や収益の安定性を大先生が認めてくれるようなプラットフォームを用意すること、だと思っています。そういう意味では、コンテンツを出しやすいところからスタートした供給側のハードルをあえて上げることが必要です。力のあるコンテンツ、あるいはそうしたコンテンツの原作者との良好な関係を持っているプレイヤーにとっての電子書籍の市場機会は、むしろこれからだという認識です。
メガコンテンツホルダーにとっての基本的な戦略は、紙以外にも流通のチャネルを広げ、あらゆるチャネルから回収していくことですが、それだけではたぶん今まで紙で築き上げてきた売上のカバーは当面できないので、主軸となるような事業を立ち上げて、それをしっかり見せた上で周りにいろいろなマルチプラットフォーム、すなわちゲーム機であったり、既存の携帯電話でも競い合ったり、そういった展開もしましょう、という構造になっていきます。いつまでもどちらかといえばニッチなチャネルが多数あるという状況を、ある主軸を定めることによって変えなければいけないという認識です。

(美和)まさにエコシステムという言葉どおり、持続的に作品を提供し続けるに足るプラットフォームだと大作家側に思ってもらえるような協調路線の打ち出しが必要で、それはいままで人間関係を培ってきた出版社こそがやりやすい環境だと思うのです。制作と回収が共存共栄してはじめて成り立ってきた関係ですからね。
(倉沢)インターネットにビジネスを移そうとしたときに、どうしても古いビジネスの人間関係が否定されて、ビジネスライクな関係になるような雰囲気がありますね。出版社の編集担当と作家が24時間一緒にいる、という古臭い姿も大事に残します、ぎりぎりまで待ちますよ、という感じをエコシステムとしてうまく出せると、そのプラットフォームの話はよい方向に進むと思います。AppleがかつてiPodスタート前に、メジャー音楽レーベルをジョブスが一所懸命回った、それでうまく立ち上がった、という話を踏まえると、AppleはiPad発売準備として出版社を回っていると思われますし、ひょっとしたら大作家回りもしているかもしれません。そうした、顔が見える営業、根回し、ネゴ、というべきものを丁寧にやっておくとうまく立ち上がるし、それをぞんざいにすると、テレビ関係の一連の事件のように、日本のネット風雲児第1世代のしくじりのようなことになるのだと思います。
(美和)同感です。プラットフォームのブランドすなわち客層と収益の安定性について、もう少し肥料を与えるというか、植えればすくすく育ちます、と言って回れる人材なり資本なりを投じないと、紙メディアと並ぶデジタルプリントメディアの市場は立ち上がらないでしょう。そういう意味では、大手出版社が主導すべき領域、役割が大きいと思います。
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