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【その1】テレビの未来を見据え「ながら。」 ~真説・メディアの同時利用論~  1. テレビ視聴時間の減少が本質的な問題なのか?

2009年03月19日 井上忠靖氏 (電通総研 コミュニケーション・ラボ チーフ・リサーチャー)、倉沢鉄也、、叶内朋則、紅瀬雄太


メディアビジネスの新・未来地図
【その1】
テレビの未来を見据え「ながら。」 ~真説・メディアの同時利用論~

※08年8月に行われた討論会を編集・連載したものです。


<目次> クリックで項目の先頭に飛べます。週1回ずつ更新していきます。

1. テレビ視聴時間の減少が本質的な問題なのか?
2. テレビ視聴率という「通貨」の「信用危機」こそ重大問題
3. 「メディアバトルロイヤル」という現実と向き合う議論があまりにも少ない
4. 立ち位置先にありきの議論は、ビジネスの今後を見失う
5. 極限のコストカットと「面白さが命」の狭間に、コンテンツ二次利用の現実を見よ
6. 番組の質の低下?それは視聴者とビジネスの必然
7. 真剣に見ない、見せない、社会の雰囲気を浴びる、というビジネスの重さ
8. DVRのCM飛ばしは、正確な知識の上に、体験と切り離して議論すべし
9. インターネット広告をいかに見せるか、の工夫は続く
10. テレビを見ない女性、は依然マイノリティー。自己体験を消してデータを見よ
11. 不思議なメディアの国、ニッポン;欧米も個々に特殊。実情を踏まえて比較すべし
12. 制作費削減の煽りは、いずれローカル局問題へ
13. 広告主だって、そう簡単にテレビから離れられない
14. 見逃し視聴はユーザーが望むが、ビジネスにできるかが問題



1. テレビ視聴時間の減少が本質的な問題なのか?

(倉沢)さっそくはじめましょう。
 「テレビがネットに食われて、もう融合の時代だ云々」という虚像を分解するために、まずとっかかりやすいところの、「ながら利用」とか「同時利用」とか呼んできているものから取り上げたいと思います。
 ケータイを握りしめてないとテレビを見られない人が結構多くなってきたこと、ステーションブレイク(番組の途中に入っているコマーシャル)の90秒の最中に立ち上がってパソコンを触って戻ってくる人、というところが、もうデータでも存分に出てきています。

 でもそのことでテレビがパワーダウンしたとも言えないし、インターネットやケータイがすごいとも言えません。「見ながら」「しながら」でないといられない、というのが現在のメディア接触の実態です。そのことを広告や課金のビジネスの取引としてきちんと位置づけてもいないまま、取引基準としての視聴率も、ページビューも、いっしょくたに語られているのが現状でしょう。
 メディアのパワーと収益源を語るときに、日本人は1日17時間起きていて、テレビ視聴が4時間で、ネット利用が自宅で20分屋外で30分、という数字自体に本質的な意味はないのだということを、もういい加減ビジネスの取引の中でも明らかにしないといけない時期に来ています。
 そのへんのものの見方をきちんと数字で固めてきた電通総研の井上さんと、議論をしていきます。メディア視聴時間という数字の本来の読み方、というところからはじめましょうか。

(井上)一連のこの話は、論点の整理がとても大事です。




 「テレビのメディアパワー、最近落ちていますね」という議論はそこらじゅうにあるわけですが、その根拠としてテレビ視聴時間のデータを引っ張り出してきて、「ほら、ここの年齢層で数字が落ちています」とか「全体が1%落ちました」といった話が出がちです。またここ最近、HUT(総世帯視聴率。同じ時刻の各局視聴率の各局全部足したもの。イコール「全世帯の何%でテレビがついているか」)が落ちている、イコールテレビのパワーの減退だ、という物言いがあります。
 それらは正直言って、結論先にありきで重箱の隅をつついているのと同じで、いま起こっている問題の本質とはまったくずれている議論だと思います。総合的にパワーが落ちていること自体は確かで、そのことは後述しますが、まずテレビの視聴時間については、いろいろな事柄との相関を取ってみると、結局は外出時間との相関でほぼ説明できてしまうのです。データを見ている限り、テレビの視聴時間は過去20年、ほとんどぶれがなく在宅時間に比例しているのです。その年によって多少の増減はありますので、1年2年で切って「ほら下がっています」という説明をする人がいるのはこのためです。
 だから、テレビのパワーが落ちている根拠としてメディア接触「時間」という尺度を持ちこむ議論をする人は、私、基本的に信用していないです。新しいパラダイムについての議論をしようとしているのに、なぜわざわざ古い議論を構成するのか、と思う場面に多々遭遇します。
 在宅時間に比例しているだけですから、テレビの視聴時間は、長いスパンで見ると落ちていないのです。若い世代は昔から視聴時間は少なくて、年を取った世代は昔から多いのです。

 視聴時間は落ちてない代わりに、若年層を中心としてダブルウィンドウ視聴、トリプルウィンドウ視聴ということを一般的にやるようになってきました。
 もしテレビのパワーが落ちて云々という話をしたいのであれば、ダブルウィンドウ、トリプルウィンドウになって、例えばテレビCMの中に出てくる商品の認知率や商品の購買率が劇的に落ちた、というレベルでの立証をする必要があります。メディアパワーとはビジネスの取引なのですから、単に接触時間が増えた減ったと言っている限り、それはメディアビジネスのパワーの本質ではまったくない、とさえ思っています。

(倉沢)さっそく寄り道しますね。
 テレビ、メディアの話をする前に、生活時間の構成というのは、ある程度個人消費の景気に連動していたはずです。景気がいいと外へ出かけて、何か消費して帰ってくる、あるいはお父さんは仕事が多くて労働時間が長いから家に帰ってこられない、ついでに余計なお金を飲み屋で落として帰ってくる、という結果として、物理的に家にいないからテレビを見ていない時間がある、という状態を長らく読み取ることができました。バブルの時期は明らかにそういう数字になっています。
 「失われた10年」以来、現在個人消費のアベレージの層は、遊びに行くお金もエネルギーもないから、家でビデオでも見るかという流れは確かにあります。メディアと関係ないですが、テニスやゴルフやボーリングのように、ファッションの要素もあって、うまくなるのに時間がかかって、プレーするのにそこそこお金がかかる、といった娯楽は、国民の平均としては確実にだめになってきています。一方で、家族で見るビデオソフトの市場は伸び続けています。不景気で家から出ませんので、部屋の大きな場所を占めているテレビが娯楽の主たる道具になっている時間は、確実に増えるのだという見方もできます。

(井上)いま日本の人口のボリュームゾーンは40代より上で、一番多いのが60代の団塊世代ですから、全世代の調査をすれば当然この世代の行動に全体結果が引っ張られがちになります。逆に世代ごとの動静を見ていくと、この中年以上の人たちは「もはや疲れることは嫌だよね」って言って、家にいがちだという傾向はあると思います。
しかも近年までは「昔から若者は(年寄りと比べて)テレビを見ない」ということだったのですが、若年層も疲れたふうにして家にこもっている傾向が、個人的にも明らかに感じられて、ちょっと気になります。10代20代の在宅率が数字ではっきりと上がっているわけではないので、二極化している、つまり元気な人は外に飛び出てちっとも帰ってこないし、そうでない人はひきこもりっぱなし、なのではないかと推測しています。

(倉沢)この10年、20年で、日本人の睡眠時間は確実に減ってきています。睡眠時間が減って外をふらついているという可能性は、少なくとも現代では低くて、自室での夜更かしなのでしょう。自室の夜更かしでやれることってそう何種類もなくて、相当程度メディア接触行動だと言っていいでしょう。このメディアが何なのか、たぶん30代以下はメール使ってコミュニケーションでしょうが、テレビもビデオも動画配信も、この時間帯がボリュームゾーンの一つになる、というのが実態でしょう。

(井上)インターネットとeメールの利用時間は順調に増えていく、というありきたりのデータがあります。当然、インターネットがテレビを食っているという物言いに使われるのですが、先ほどのとおり、この20年で世帯当たりのテレビ視聴時間数は、ほとんど横ばいだと読み取れます。
 倉沢さんの言われるとおり、1980年代にはバブル景気で外出時間が多すぎてテレビがあまり見られていない時期もありましたし、1990年代半ばには、逆にテレビも音楽も映画も特異点的に接触時間の長い時期がありましたが、最近ではそういう激しい変化はありません。それ以外のテレビ接触時間の特異点としては、大事件の報道です。近年では、9.11同時多発テロと、オウム真理教の時などがその一例でしょう。

(倉沢)1980年代と90年代の話は、まず間違いなく景気との連動ですね。バブルで外出して遊んでいてテレビ見てないというのと、行くとこなくてテレビ見ているというのが、一見雑だけど、的を射た見方と言っていいでしょう。


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