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【その2】紙はいつまでも芳しいか ~新聞の今、これから~ 5. ネット広告の悲哀に耐えて、報道に見合う収益を得る、ということ

2009年04月17日 前田純弘氏 (朝日新聞社 グループ戦略本部 電波セクション 主査)、倉沢鉄也、、紅瀬雄太、西窪洋平


5. ネット広告の悲哀に耐えて、報道に見合う収益を得る、ということ

(倉沢)新聞広告に視聴率的な指標をつくるべきだというような話が、浮かんでは消えます。証明するのも難しいですが、でもおそらく視聴率やページビューという数字で比較したときにテレビやインターネットと比べて不利になる、つまり相対的に単価が高すぎることが証明されてしまう可能性があるのではないかと思っています。もちろん紙媒体広告側でも双方向性やクリック実績をつくるためにQRコードやURLでケータイに移ってもらうということを工夫はして、広く告知する新聞媒体としての強みを出そうとはしているのですが。

(前田)それはケース・バイ・ケースではないでしょうか?例えば、ほとんどの新聞で最終面にあるテレビ番組欄ですが、そこにテレビ番組の広告を出すと「視聴率が○%上がる」などという話もあります。また、少し古いテレビの話ですが、米国で多チャンネル化が進む過程で、3大ネットワークの広告収入が下がりましたが、ある時点で「全国一斉に効率的に周知を図るには、やはりテレビのネットワーク」と再認識された、という話もあります。現状は、PCや携帯サイト上に広告を配信してその効果を測る技術が精緻化された結果、いわゆるコンバージョンレートのような細かい究極の数字が相対的に安いコストで見えてしまうことになり、それに振り回されている面はないでしょうか?広い意味での広告の役割や効果という観点からは、非常に尖った部分の仕組みや議論が全体を支配してしまわないか、と危惧します。

(倉沢)それは一方でネット広告が安く売り出した歴史を引きずって、なかなか単価を上げることができていない側面もあります。中央紙のインターネット事業では、紙との組み合わせも含めて上手にプランニングされていると思いますが、私はネット広告の悲哀とも言うべき話を、別のところで聞いています。
ブロードバンドインフラを持って、いわゆるトリプルプレイ(多チャンネル放送、インターネット、固定電話)のビジネスをしている、比較的大手と言っていい某企業の例です。広告営業部門の実務としては、例えば「セットトップボックスをスイッチオンしたときにテレビに最初に出る画面に動画広告を15秒ずつ入れられます、これはテレビ広告同然で強制的に見せられます」と説明しても、広告主からは「あなたブロードバンド媒体なんだから、広告価格はネット広告ベースでしょ」と言われてネット広告ベースの単価で買い叩かれて、加入者何十万世帯というオーダーではその広告価格では事業が成り立たないというのです。そして「セットトップボックスがあるのなら効果測定もできるでしょ?」と言われ、技術的にはできても細かく効果を計測して報告するコストはかけられないという状況になっています。インターネット立ち上げ時に強制的に出せるトップページのバナーを抱き合わせても状況は同じです。
そこでやっていることは、全加入世帯に毎月の番組表を郵送していますから、「毎月数十万部のポスティングができる紙媒体がありますので、この番組表冊子や同封の企画ものの冊子に出稿して下さい、宅配の月刊誌としては立派な規模じゃないですか、それは紙媒体の単価で受け付けます、そこに映像もバナーもセットでつけます」という売り方しかできていないというのです。そうすれば広告効果を機械的に測定せずとも済み、実は零細の広告主もそこまで細かく効果を説明されてもうまく使えないので出稿する側としての社内説明も紙媒体の説明だけで済む、ネット広告は媒体側も広告主側も実はつらい、という状態がある、と聞いています。
電子電波メディアとの絡みで言うと、紙の発行部数という一見説明能力の低いものも、やりようによっては役に立っているという実態もあります。

(前田)説明能力低いですかねえ。ただ、「細かく効果を説明されても」という話は、わかるような気がします。すべての広告主や媒体が、「AIDMA」や「AISAS」にのっとって広告展開を考え、フィードバックされてきた細かい数字を検証したい訳ではない、ということですよね。別のルール、言い方であっても両者が納得すれば、商売成立、ということですね。

(倉沢)数百万部からの宅配部数に広告スペースを増やそうとすると、それは日本ではチラシがその役割を果たしてきたのですが、チラシ広告自体は販売店マターですから新聞社は直接さわれないですね。まあでも、有料放送の番組表冊子のようにいろんな広告が同封されてくるのは世の趨勢なのだから、チラシ広告の広告主とかぶらないようなナショナルスポンサーのものなら、紙面に入った全15段や半7段の広告ではなくて、新聞社自身がチラシ広告を同封してくるのでも、受け取る側はぎりぎり許すのではないかとも思うのです。もちろん大規模な広告企画特集みたいなものはありましたが、テレビで言うと全国ネットのスポット広告みたいなものもあっていいのではないかというのは、素人考えなんでしょうか。

(前田)朝日で言えば、毎朝全国に800万部、間違いなく配っていますということの対価として、広告主にとって納得できる価格というのがあるはずですよね。とりあえず全国に知らせるのだったら、新聞の紙面に載せるなり、もっとドーンと全国に知らせるなら、単価は高いけれどよりインパクトのあるテレビのスポットで、ということなど、いろんな手法、組み合わせはあるはずです。
もし全国紙の新聞広告というものがなくなったら、効率のよさとか詳細に伝えられるとか、について完全に代替できる手段がまだないと思っています。

(倉沢)広告の話が深くなってしまったので、報道のコストの話に少し戻しますね。
ネット広告がニュースでのページビューで成立している場合に、その広告収入がニュースの調達コストに還元されないという構造がおかしいということになって、つまり現在大規模サイトに卸売りしているニュースの価格が、本気で報道組織を支えるコストを捻出する価格になっていない、安すぎる、というのが問題の本質と考えざるを得なくなるのです。一方で新聞広告を営業する立場からは内部事情を口には出せないという歴史を100年続けているということですよね。報道を課金で持たせるような金額でやっていきます、ニュース通信社並みに課金します、一般読者にも課金です、ということにもしなったら、ニュースを知りたい読者はもちろん、知る権利を保障されている日本の社会も、それから広告主も、そして広告で消費を刺激されている日本経済も、みんな困るんですよね。それをうまく言ってみんなにわかってもらうメッセージがないものかと思います。なんでしょう、学校教育でしょうか?

(前田)報道の担い手が正当な報酬を受け取っていいのだというメッセージは、個人的にも望むところです。ですが、とても難しい話で、「税金」のように受け取られたり、「施しが欲しいのか」と思われたり、想定される反応を考えると、広告営業の立場からは言えないでしょうし、報道から言ったとしても単純にOKとはならないでしょう。難しいですね。

(倉沢)広告営業の現場では、そんなことは言えないですね。一方で新聞社の社内でも、報道のコストダウンという物言いはタブーだったりしないですか。緊急に取材するのに、ヘリコプターに乗らないで車で行ってください、それでも間に合うでしょう、という物言いをするわけにもいきませんしね。

(前田)それは極端としても、今はもう「絶対に手をつけない聖域」のようなものはないと思います。

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