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第2部 パネルディスカッション
「幸福な最期」を選び取るために


 過去12年間で健康寿命は2年近く延びたんです。では、健康寿命が2年延びた分、平均寿命と健康寿命のギャップが2年間縮まったのかというと、残念ながら、そうは問屋が卸さないんです。健康寿命が2年延びると、平均寿命も2年延びます。ということは、「人生の最後の10年は不健康な状態で生きている」という状況は、健康寿命を幾ら延ばしても実は変わらないということなんです。




 要介護になりたくないからといって筋トレをするのは結構ですが、筋トレをして5年健康寿命が延びたら、寿命は5年延びます。認知症予防といって、皆さん頑張っていますが、どんなに頑張っても、長生きすれば、いつか必ず認知症になるんです。残念ながら、認知症になりたくなければ、認知症になる前に死ぬしかないんですね。






 見ていただいたらわかる通り、95歳を超えたら80%が認知症、100歳を超えたら95%が認知症です。
 だから、こういうものを避けようという努力は、もちろん、やったほうがいいですが、それは避けているのではなくて「先送りをしている」ということですね。しかし、決して先送りできないのが、この最後の10年間。この時期をどう過ごすかということが、今、私たちには問われているのだと思います。
 皆さんは身体の機能が弱ってくれば、救急車を呼んで病院に来ます。そうしたら、もとのレベルに戻してくれますよね。しかし、これが死ぬまでできるかというと、そうではない。いつか必ず私たちの身体的機能はゼロになります。ゼロになるポイントで病院に行っても、病院でやれることは何もないのです。
 でも、よく見てください。延ばせる部分が残っていますよね。「社会的機能」は延ばせるのです。「社会的機能」と書くと難しいですが、これは要するに、私たちの「生活」や「人生」そのものですよね。今は、何となく歳をとったり身体が弱ったりすると、この「社会的機能」はどうでもいい、ということになりがちですが、それはむしろ逆でしょう。身体的機能は幾ら頑張っても落ちていくのだから、もうそこにこだわらずに、社会的機能にこだわったらどうですか、というのが私たち在宅医療の考え方なんです。どんなに身体の機能が弱っても、最期までその人が安心できる、納得できる生活や人生を送れるように支援するのが私たち、医療や介護の仕事です。
 しかし、そのために重要なことが二つあります。とはいえ、身体が弱っていくのは心配だし、いろいろ不自由も出てくるので、身体の衰弱にどのように向き合うかというのが一つ。二つ目は、最期まで自分の人生を生き切るということですね。弱っていって要介護になったら、後は私たちに任せなさいと言って、人の手で最後は生かされていくのではなく「いや、最期まで俺はこうやって生きたいんだ」ということをしっかりと意思表示をして、それが実現できる状況をつくっていくということです。



 医療に依存していただくことは、医療を商売にしている私たちにとっては大変ありがたいことですが、それで必ずしも皆さんがハッピーになるわけではありません。元気なうちは外来に通院する。そして、具合が悪くなったら救命救急治療を受ける。それが終わったら、回復期・維持期の治療に移っていく。これが通常の考え方です。
 この間は病院に行けばいいと思うんですが、相応に身体が弱ってくると通院ができなくなります。通院できなくなると何が起こるかというと、健康管理が困難となり、身体が急変するんです。その結果、救急車で何回も病院に行ったり来たりしているうちに病院で亡くなる。
 そうではなくて、通院できなくなったら、在宅医療でしっかりとサポートする。そのうえで、予測できることをきちんと予測して、回避できる急変をできるだけ回避する。そして、最後は自宅で過ごす。こういう状況は、きちんと在宅医療という制度を利用していただければ可能なんですが、多くの方は死ぬまで救急車で病院と自宅を行ったり来たりしています。人生のフェーズに応じた最適な医療を利用していきましょうということです。



 それから、もう一つ重要なこととして、私たちは、人生の進行に伴ってリスク要因が変化するということがあります。例えば皆さんのような現役世代の方にとって1番の敵は何かというと、恐らく、心筋梗塞、脳梗塞、癌です。心筋梗塞と脳梗塞は動脈硬化やメタボリック症候群からきますから、病院のお医者さんたちは、「太っちゃだめだよ、血圧はちゃんと治療しなきゃだめだよ、血糖値下げなきゃだめだよ」と言うと思います。
 しかし、歳をとってくると、逆なんですね。例えばお年寄りに関して言うと、男性だと肥満体と言われている体重よりもちょっと太い人たちのほうが要介護になりにくく、死亡率も低いということがわかっています。女性も、実は、ぽっちゃりしている人たちのほうが長生きなんですね。実は血圧も、ちょっと高めの人のほうが長生きです。血糖値は、糖尿病をちゃんと治療している人たちのほうが死亡率が高い。コレステロールをちゃんと治療している人たちのほうが死亡率が高いんです。動脈硬化をターゲットにしなければいけないのは現役世代です。歳をとったら、血糖値もコレステロールも、これは全部栄養なのです。栄養状態が悪くなるということが、実は、その人の抵抗力を低下させて、転倒や骨折や寝たきりや認知症のリスクになり得ます。
 若い人たちとお年寄りでは全くリスクが逆転するんですが、日本では歳をとっても、若い人と同じ治療をするので、それによって要介護になっている人たちが結構いるのです。何のための医療なのでしょうか。
 ここにいらっしゃる皆さんは、できるだけ健康な状態で、できればもっともっと働いていただきたい。そのためには、食べ過ぎない、太らない、たばこやお酒はできればやめる。血圧も血糖もコレステロールもちゃんと下げる、薬はちゃんと飲んでくださいとなります。健康寿命が終わってきていると思われる人たちにはその状態でできるだけ楽しく過ごしていただくよう、しっかり食べて体重を増やす。たばこは吸っても、お酒は飲んでも、残りの寿命は変わりません。血圧は高いほうがいいし、血糖は低くないほうがいいし、コレステロールも高いほうが長生きです。そして、薬はたくさん飲むと転んだり誤嚥したりするので、できるだけ少なくしたほうがよいでしょう。
 フレイルという言葉があるんですが、ちょっと身体がヨタヨタしてきたな、ちょっと物覚えが悪くなってきたなと思ったら、「健康な人生をより長く」から「残る人生をより楽しく」にシフトしていく。果たしてどこで切り替わるのか、このシフトのタイミングをずらすと悲劇が待っています。



 人生の最終段階では、「できるだけ楽しく」といっても、死にどんどん近づいていきますから、あとどれぐらいでこの人は着地かなというのが見えてきた段階で準備をします。その準備が、私たちが「看取り」と呼んでいるものです。
 この「人生の最終段階」というのはどこからなんだというと、定義は非常に難しいです。「これ以上積極的に治療しても、このおじいちゃんの残りの余生はそんなに変わらないぞ。がんがん治療しても、しなくても、そんな何カ月も変わらないんだったら、面倒くさい治療はやめて、生きたいように生かせていただきます」というのが、人生の最終段階の始まりです。つまり、優先順位が「より長く生きる」から「より楽しく生きる」に切り替わるときです。
 そうなってきたら、僕らはたばこを禁止する理由がなくなりますよね。この人にとって「よりよく生きる」とはどういうことなのかを「個別に」考えていくということです。これは全然悲劇でも何でもないです。いつか必ず私たちは着陸しなければならない。「下山」というふうに僕たちは呼んでいますが、人生の山を登り切って、これから下山をしていくときに、「あとは私たちに任せて」と言ってソリで落とすのではなく、最後はちゃんと花畑を見ておりたいのか、川を下りたいのか、崖から飛びおりたいのか、個々の希望を聞きながら決めていくということです。




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