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【その1】テレビの未来を見据え「ながら。」 ~真説・メディアの同時利用論~ 11. 不思議なメディアの国、ニッポン;欧米も個々に特殊。実情を踏まえて比較すべし
2009年06月05日 井上忠靖氏 (電通総研 コミュニケーション・ラボ チーフ・リサーチャー)、倉沢鉄也、、叶内朋則、紅瀬雄太
11. 不思議なメディアの国、ニッポン;欧米も個々に特殊。実情を踏まえて比較すべし
(紅瀬)アメリカのトレンドは日本にどう影響しますか。消費者のテレビ離れが進んでいるという指摘や、TiVoが日本にも上陸するという話が出ていますが、どう捉えますか。
(井上)TiVoという、電子番組表(EPG)を端末ごと課金でサービスする会社の話から先にします。アメリカでのビジネスはそこそこに伸びていますが、伸びた理由は衛星放送のセットトップボックスの中に入りこんで通信回線で番組表を横断的に網羅したから、という見方が正解です。日本ではもう各チューナーに放送回線でEPGが標準装備され、テレビチューナー付きのPCでは通信回線でのEPGで録画予約もできるという状況では、1990年代に議論されたTiVo脅威論的なものはもう消えたと言っていいでしょう。
次に、アメリカの生活者でテレビ離れが起きているかというのは、日米の状況の違いを踏まえた上でならある程度YESと言えますが、その状況の違いをきちんと認識しておく必要があります。アメリカはまさに人種のるつぼで、英語圏とは言いがたい層も2~3割くらいます。また貧富や宗教や生活習慣を含めた社会階層も日本より幅広いです。また購買行動もマスメディアで長らく突き動かされてきた日本人とは大きく異なります。大都市在住の白人の高収入ホワイトカラー層についてテレビ離れの気運は一部に確かにあると思います。しかし現在アメリカでマジョリティーになりつつあるのはスペイン語を母国語とする人たちです。黒人層もまた違う生活文化を持って暮らしています。彼らのマジョリティーは相変わらずテレビ、日本で言う多チャンネル放送で母国語の放送や自分たちの生活文化に即したチャンネルを見ている人たちです。
(倉沢)アメリカの事情について補足しておきます。
アメリカ人は無料広告放送の地上波テレビをほとんど見てないと言っていいです。人気番組でも視聴率3%ぐらいです。ケーブルや衛星の有料放送を見ています。ハリウッドの映画会社が作ったチャンネルのほうが圧倒的に面白く、いま話のあった言語や生活文化でセグメントされた番組を流しているからです。そのマーケットに対して、多チャンネル有料放送の番組表を全部牛耳って、ハードディスクレコーダー内蔵のチューナーを一体にして売っているTiVoは、アメリカでは寡占的な立場にあります。有料放送はお金を払って見ているから、DVDにダビングして残すということも当然できなくて、初めからハードディスクに貯めて、タイムシフト視聴をして、消す、というスタイルが定着しています。
だから、日米の広告市場におけるテレビ広告の割合は大きく違っていて、日本ではテレビが6兆円中の2兆円で1番、アメリカはダイレクトメールやPOP(商品陳列時のディスプレイ)などのセールスプロモーション広告が一番で、テレビは30兆円中の5兆円、新聞と並んでSP広告に次ぐ規模に過ぎません。新聞広告も求人欄のような細かいクラシファイド広告が主で、全15段といった出し方はほとんどありません。つまり日本で言うマス広告のパワーが、アメリカでは元から弱いのです。
日本は世界で一番地上波テレビが面白い国、それを国民みんなして見ている国、これは世界的に稀有な国、非英語圏だから海外メディアの侵略も結局なく、しかしその人口が1.27億人もいるので完結した市場が成立してしまった変な国、という認識を前提にする必要があります。だからこれだけテレビのメディアパワーについてとやかく言う余地があるのです。
面白い地上波テレビを無料でダビングできるVHSやDVDが先に普及して、デジタル放送のコピー制御機能まで入った大容量ハードディスク内蔵のDVRが普及してしまった日本では、有料放送チューナーにハードディスクが入っただけのTiVoに何の魅力もないです。
しかもデジタルテレビやDVRが標準装備で受信できる放送波のEPGというのは、デジタルBSがはじまる少し前からテレビ局全部と電通が番組表送信会社「インタラクティブプログラムガイド」を立ち上げて、一種の公益企業として共同運営しています。スカパー!やケーブル大手も自前の放送波でEPGを提供しています。番組表情報を放送波で流しているのはたぶん世界で日本だけでしょう。この2つの点で、TiVoがいま脅威となる必然性が、日本にはまったくないのです。
(井上)日本のメディア状況は非常に特異ですね。その前提条件を常に確認しながらの議論が必要です。
(宮脇)日本は特殊ですが、アメリカもまた世界の標準とは言えない特殊なメディア事情の国だと思います。いくつか調査をして体感したのは、アメリカがおかしくて、日本は違う方向でおかしくて、ヨーロッパがスタンダードっぽいぐらい、という気がします。某官庁が米国のメディア産業を目指して育成するというのは、ダブルに違っていると思います。
(倉沢)ヨーロッパはヨーロッパでまた、長らくテレビをまったく見なかった人たちなので、今でも地上波民放テレビ局が1つ2つしかない国が多数です。映画産業も「カンヌ」に代表されるように政府の庇護を受けて芸術作品に走ってきました。それでここ15年はマードックの衛星多チャンネル放送ですっかりハリウッドコンテンツに染められました。
(井上)韓国も似た歴史ですね。地上波テレビは国営チャンネルが中心、日本人の感覚から言うと明らかにつまらないだろうと思われる番組が多く、しかも24時間放送していないというところに、突然ブロードバンドで面白い映画や投稿の動画が流通するようになったので、テレビ局としてもブロードバンド上に番組を流さざるを得なかった、それで市場が形成された、という経緯です。それで某官庁は韓国がうらやましい、韓国を見習え、というのですが、日本でも問題視されているような権利者間の利益配分に関してはいまだに大揉めに揉めています。俳優連盟にあたる組織がストライキを起こしていたりします。市場はできたがゴタゴタは相変わらずです。
アメリカでもご承知のとおり、ハリウッドの脚本家組合のストライキがあり、今度は俳優連盟、ということで、ネット向けの番組の利益配分は今もうまくいきません。映画産業は労働組合が強いですから、こういう状態が当分続くでしょうね。
(倉沢)韓国の映画産業というのは、ハリウッドのように面白いテレビ番組を育てる土壌にはならなかったのですか?日本は1953年の「五社協定」のとおり、映画会社がテレビをライバル視してコンテンツづくりに手を貸さないという手を打ったがために、テレビ局は自前で番組を作らざるを得なくなって、10年かけて自前で面白い番組を作れるようになったら、映画との力関係が逆転して今日に至りました。韓国はどうだったんですか。
大木)韓国は1987年ごろまで言論統制が厳しかったので、テレビも映画も娯楽産業として発展してきたのは1990年近くなってからです。だからテレビの成長という点では日本に近い状態だと思います。俳優の組合が作られたのも最近のことで、これこそブロードバンド対応としての動きだと思います。
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