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【その1】テレビの未来を見据え「ながら。」 ~真説・メディアの同時利用論~ 2. テレビ視聴率という「通貨」の「信用危機」こそ重大問題
2009年03月30日 井上忠靖氏 (電通総研 コミュニケーション・ラボ チーフ・リサーチャー)、倉沢鉄也、、叶内朋則、紅瀬雄太
2. テレビ視聴率という「通貨」の「信用危機」こそ重大問題
(井上)視聴時間とともに、視聴率の測定方法の問題も取り上げる必要がありますね。
いま日本でテレビの視聴率調査をしている会社はビデオリサーチただ1社だけで、調査方法は各世帯のテレビのスイッチがオンかオフか、どのチャンネルか、を機械的に調べるというだけですので、「実際に誰が見ているかわからないし、ついているだけで見ているかどうかわからないじゃないか」という物言いで、長らく批判があるわけです。
とはいえ、ピープルメーター(個人視聴率データ)の推移を見ても、実はそんなに数字の変化はないのです。こういうことをデータを見せて言っても、「ビデオリサーチの親会社である電通とテレビ局が数字をいじっているんではないか」という話になってしまいがちなのですが。
(倉沢)そこは正しく理解する必要があることですね。視聴率というのは取引条件、いわば通貨のレートですからね。真実を調査することが目的なのではなくて、取引条件として取引の両者が(視聴率でなく)取引額を妥当と認識することが目的なのです。経産省やいくつかの広告主が独自に調査したりしていますが、「視聴率が真に13.7%かどうか」が取引条件として重要なのではなく、広告主と代理店と媒体社、特にお金を払っている広告主側で、「それはビデオリサーチの数字では15%と読むんだ、だから○○円のお金を払うのだ。ビデオリサーチの15%と他社の10%ではこれだけ違って当然」、という合意がなされていれば、それが真実として13.7%なのか15.0%なのかは実は重要ではないのです。
だからこそ、ビデオリサーチのデータが客観的かつ継続的であることが重要で、某局のようにインチキをしてしまうと、取引そのものの信用が壊れてしまう、それが最大の危機だ、ということなのです。
(井上)電通総研が対外的に視聴率を説明するときも、通貨のメタファーを使うことは多いですね。議論の前提としてですが、視聴率の%そのものよりも、視聴率×CM露出回数という概念のGRP(延べ視聴率)を共通言語とすることが多いです。例えば今回のキャンペーンを3000GRPで計画したが、それにいくらかかるか、予算内に収まる組み合わせはどれか、その効果はどうだったか、という交渉になっていきます。
(倉沢)それを視聴側から見たときに、メディア接触時間だけで媒体のパワーを考えるべきでない、ということですね。
(井上)視聴率が共通通貨である以上は、信用という名の幻想に支えられていることが大前提です。その信用が下落すれば、当然通貨価値も落ちます。そのことが実はテレビビジネスの一番の危機と言えます。広告主に芽生えてしまったテレビ視聴率という通貨に対する信用不安をどう取り除いていくのか、これが放送業界や広告業界が取り組むべき最重要課題の1つになっています。
(倉沢)いまテレビ視聴率の調査会社が日本に1社しかないからそうなるんですね。ニールセンが日本から撤退した理由は、ようするに儲からないからで、視聴率調査が儲かるのだったらみんな参入するわけです。それをテレビの調査ですらできない、他の媒体の調査はもっと辛くなるので参入しないのに、それで残った1社のデータを不正だと言われたら、違いますと言っても信用してもらえないのは当然です。
それでビデオリサーチは長らく「自分は不正をやっていない」と言うために、統計学的にちゃんと調査できているかどうかを強く追求するというくせがついてしまいました。それだけでは公明正大さを証明できてない中で、もういい加減違うアプローチで自分たちの信用を確保する方法を実践しないと、広告主と媒体者の取引そのものが壊れていくばかりか、広告によって支えられてきた、GDPの6割を占める個人消費経済が壊れていく危険をはらんでいると言えます。
(井上)そういう意味でビデオリサーチの現状は、かわいそうというか、気の毒と言えます。ニールセンの都合で一方的に撤退されて、自分だけが一人悪者扱いされているわけです。一方で、メディア視聴の状況を正しく計ろうとしても、その瞬間瞬間で視聴者がどのメディアに気をとられているかを把握しないといけなくて、これ自体は正確性をいくら追究しても信用を回復できる性質のことではないです。そうした部分に、ビデオリサーチという立ち位置での難しさが残っていると思います。
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