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【その1】テレビの未来を見据え「ながら。」 ~真説・メディアの同時利用論~ 8. DVRのCM飛ばしは、正確な知識の上に、体験と切り離して議論すべし

2009年05月15日 井上忠靖氏 (電通総研 コミュニケーション・ラボ チーフ・リサーチャー)、倉沢鉄也、、叶内朋則、紅瀬雄太


8. DVRのCM飛ばしは、正確な知識の上に、体験と切り離して議論すべし

(井上)録画再生時のCM飛ばしの話をしましょうか。
基本的なデータをおさらいします。所有機器に関しては、まだVHSのデッキの所有者が8割近い中、ここ数年でハードディスク内蔵のDVRが急速に普及していて、じわじわといろいろなインパクトを与えていることは事実です。ただしそれは、巷で言われているのとやや違う性質のインパクトだということを正しく知る必要があります。
 DVRの1週間の録画頻度は、週に1時間もとらないという方が多数派ですが、一方で週に3時間以上録るという「ヘビー録画ユーザー」が4割ぐらいいます。その人たちは、実はITに強い男性20代ではなくて、女性の40代以上が最大派閥だったりします。

(倉沢)何を貯めているんですかね?

(井上)ドラマ、映画です。韓流もそうです。とにかく番組表(EPG)を見て、片っ端からワンタッチで録画していきます。

(大木)キーワードで関連するものを検索したりしていますか。その層のブログを見ていると、その使い方は多く見受けられますが。

(井上)それは情報リテラシーが非常に高い方のすることです。ブログを書くということ自体がすでに情報リテラシーが高い証拠です。VHSのときは、番組表と予約操作の間にたくさんの手間を必要とすることが一番のネックだったのです。

ワンタッチになって、旦那さんや息子たちに聞かなくても録画できるようになったので、少しでも自分が気に入ったものを貯め込む、という層が増えています。

(倉沢)その層がそのやり方で録画すると、間違いなく全国民的に再生率は落ちますよね。

(井上)そうです。実際にVHSのユーザーとDVRのユーザーを比較したデータがあります。DVRユーザーは録画時間がすごく多いけれども、再生率で見るとざっくり2~3割。残りの7割は死蔵または消去です。平日中心に週8時間録って、週末に3、4時間分見る、というイメージです。VHSの場合は、週に3~4時間録って、再生時間は100%を超える数字になります。100%以上というのは、2回見る、または所有している昔の映像ソフトを見ているという意味です。つまりVHSで録画されたものはほぼ確実に再生されるということです。

(倉沢)DVRの内蔵HDDの容量増による影響も大きいと思います。2005年度にNHK文研が発表したところだと、この時点ではDVRのほうが録画再生率が高いというデータがあります。録り方が同じだったのでしょう。HDDがテラバイトの単位に達し、インターフェースも改善されて、一生貯め込んでもいいくらいのことが、普通のテレビ視聴者でもわかってきたんでしょう。今に至って、再生時間は変わらないのに録画時間だけが増えて、著しく再生率が落ちた、という構造でしょう。

(井上)そうですね。この1、2年で急に40代女性がヘビーユーザーになったことと相関していると思います。VHSもDVRも全部ならして平均で見ると、録画再生率は約7割、再生時間は週4時間弱、という数字が出ます。再生時間は、男性が長くて、録画時間は女性が長い、という具合です。

(倉沢)7、8年くらい前にビデオリサーチの方に見せていただいた数字で、視聴率20%前後の番組に対して、録画している世帯が5%分くらいいて、そのうち再生する人が3%分いる、だからタイムシフトも入れた最終的な視聴者は23%前後、という数え方ができて、この3%のうちの何割かがCM飛ばしをしているという実態だと聞きました。何年か前に聞いた話ですが、そのへんはたぶん今もそんなに変わってないでしょう。

(井上)それについては電通での調査が過去5年くらい蓄積されていて、リアルタイム(ライブ)の視聴と録画再生視聴は、「85対15」が黄金比だということになっています。
ヨーロッパとアメリカでは、録画再生視聴がもっと進んでいる事情があって、それはいま省略しますが、それでも80対20から85対15という数字になっています。

(倉沢)私のいまの話で言えば、20%に対して3%だから80対12。そう外れてないですね。

(井上)録画再生市場のテーマというのは、広告業界周辺では5年ぐらい前からホットイシューではありましたが、現在ある程度収束して、下火というか、その問題から私自身の関心も薄くなりつつあります。なぜホットイシューになったかという話もしておきましょうか。

(倉沢)野村総研のレポートの話ですね。勘所は、録画している世帯ははじめから視聴率にカウントされていないので、その層がCMを飛ばすことは、視聴率を絶対的な指標として広告媒体を取引する場には直接影響しない、広告主の経済損失という概念はもともとおかしい、という話ですね。

(井上)はい。野村総研さんが2005年に「DVRの普及によりCMが飛ばされて、広告主が540億円損失をこうむっている」というレポートを発表しました。それに電通ほか広告代理店やテレビ放送局の人たちが脊髄反射的に反応したわけです。ただしご指摘のとおり、広告主と媒体社の取引条件になっている視聴率という数字には、リアルタイムで視聴している分しかカウントされていない、言い換えればCMを飛ばす母集団ははじめからカウントされていないという点をそのレポートは説明していませんでした。
後日野村総研もその点を修正して補足説明を加えたのですが、少なくとも「損失」という表現とは絶対に相容れないです。そもそも540億円という数字の算出方法も、DVR所有者の中でCMをスキップしていると答えた人の率を、日本のテレビ広告費約2兆円に掛け算して算出するというロジックを使っていて、その点でも信憑性としてどうなのか、と個人的には思いましたが。

(倉沢)同業の人間として、最終的に言いたかった「広告主への提言と媒体側への警告」といった趣旨は、賛否はともかく、わからないではないのです。だったら追加説明も含めてもっと穏便かつ丁重に表現すればよかったのになあと、正直思いました。野村総研自身もこのことでずいぶん損をしたと聞いていますが、シンクタンクとして正確な知識を踏まえて提言することの大事さを感じた一件でした。
アメリカではもう録画再生もいれた視聴率を算出して使っていますね。有料放送をHDD内蔵(DVD等の出力装置なし)のセットトップボックス経由で見るという、日本と大きく異なる視聴形態がかなりメジャーな状況では、録画再生中に飛ばされることを前提に広告を出さねばならないですからね。

(井上)だからこそ欧米のほうがDVRの研究が進んでいます。アメリカでは視聴率は録画視聴者も入れて広告主に情報提供しています。最近ではさらに単に録画再生だけではなくて、IPTV向けとモバイル向けを加えた、新しい視聴率の指標を計測していて、実際に一部広告取引で運用していると聞いています。日本ではまだその動きはありません。いまだに、その意味では原始的な計測方法をとっているという事情もあります。

(倉沢)視聴率調査の方法については、日米「どっちもどっち」ですよ。アメリカでは、ビデオリサーチのようにちゃんとテレビの裏にスイッチつけてチャンネルを機械的に把握していたりしないでしょう。この数年で、HDD入りSTBでようやくそれができるようになったと聞きます。それまでは、「何時何分に何を見た」という日記を書かせる方法が主、と聞いています。だから日本が優れているのではまったくなくて、日記形式の調査でも、その数字が広告主と媒体社の取引条件として、関係者全員が信用するのなら、それが真実の視聴率でないとしてもいいんですよね。科学的に正しいかどうかはその信用をつくる条件のひとつでしかないということです。

(井上)CM飛ばしも、早送りだったら認知はしているので、完全スキップとは事情が違うという議論もあります。10回見せても1回見せても認知率が変わらないならGRP(総視聴率。たとえば視聴率15%の媒体に100回露出する出稿量を1500 GRP、と勘定する)という広告取引の単位が変わってくるのではないか、という物言いも理論的にありえます。
しかしDVRを積極的に利用している層がまずボリュームとしてまだそんなに大きくないこと、その人たちがいくら増えても、視聴率のとり方が変わったとしても、少なくとも今までのテレビ広告取引のマイナス要因にはならないということは言えます。
なぜそこまで強く言えるかというと、録画再生している人たちはもともとテレビを長い時間見る層だからです。逆にテレビをあまり見ていない層は、録画もあまりしないのです。タイムシフト視聴によってCMをまったく見なくなることがあるとしても、その人たちはそれを補うほどすでにリアルタイムにテレビを見ているということなんです。

(倉沢)ながら視聴でリアルタイムに見ないと友達とのコミュニケーションができない番組はリアルタイムで見る、そうしなくて済む番組は録画再生で見る、そうしないと「ドラマのネタばれ」をメールで送りつけられて困る、ということですね。

(井上)ようするに録画再生している人の多くは、忙しい合間にもともとテレビをよく見ている人で、もっと見たいと思ってやっている行動だ、ということです。そういう人たちは、ニュースとしてのCMも認識はしたい、ただし何度も見せられたくはない、キャンペーンの認識はした、ということなのではないかと思います。
録画再生によるタイムシフト視聴、CM飛ばし、テレビ広告市場の減退、の3つがそれぞれ進んでいることは事実ですが、その3つには十分な相関性はないのです。この3つが連鎖しているという説明は、非常にボリュームの小さい論点と言わざるを得ません。問題の本質ではないのです。テレビCMの本質的な危機があるとすれば、それはもっと別のところにあります。しかし「CMスキップはテレビCMを崩壊させる」という論者は、正直なところ妄信的というか、ほかの視点を考えることをしないで、どうやってテレビCMというおいしいビジネスを独占している企業をこらしめるかということ先にありきの議論をしたがっていて、らちがあかないなあと思っています。

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