オピニオン これからの地域公共交通の在り方⑩ ~地域交通は“まちづくり”の基盤:DXで支える地域主導の設計力~ 2025年06月24日 武藤一浩 同タイトルでシリーズ化(① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨)して執筆している本テーマについて、第10回は地域交通を「まちづくりの基盤」として再定義し、地域が主体的に交通設計に関与するためのDXツールの活用について述べたい。地域交通は「まちづくりの一環」である これからの地域公共交通は、「移動手段」という役割を超え、「まちづくり」そのものの一環として設計されるべき段階に入っている。たとえば高齢者の移動を支えるという目的ひとつ取っても、それは単なる交通サービスの提供にとどまらず、就業、医療、買い物、社会参加など地域のくらし全体をどう支えるかという視点と切り離せない。 そのためには、地域がまず「自分たちのまちは今何の産業があることで成り立っているのか」「これからどんな生活ができるまちにしていきたいのか」という、産業や生活構造に根ざした将来像を描き、それを前提に、まちとして本当に必要な“行き先”(買い物、福祉、医療、食、娯楽、勤務など)を見極め、そこに人々が確実に行けるようにする交通のあり方を考える必要がある。自治体が自ら交通を設計する難しさ 本シリーズの⑦~全国交通系ICカード廃止事例から地域公共交通の利便性と事業継続について考える~でも言及したが、こうした交通のあり方を地域が自ら設計していくには、自治体にノウハウや人材の継続性が乏しいという構造的な課題がある。地域交通の計画づくりが努力義務化されたのは2020年と比較的最近であり、突然「考えろ」と言われても、経験も知見もない状態で適切に対応することは難しい。さらに、自治体内の担当者の異動が2年程度で発生することも多く、せっかく積み上げられた知識が継承されにくいという問題もある。DXツールによる“素人でもできる交通設計”の支援 この壁を乗り越えるために、筆者は現在、「素人でもある程度は自力で交通設計に関わることができるDXツール」の構築が必要だと考えている。 このツールでは、たとえば「現在のまちの成り立ち(人口、産業、生活圏など)」をもとに、今の交通網がどう構成され、どんな課題を抱えているのかを診断できる。さらに、仮にこのまま推移した場合にどんな問題が生じうるかを予測し、視覚的に示すことが可能だ。 そして最も重要なのは、地域が「これからどうありたいか」という将来像を描いたときに、それを支えるためにどんな交通モード(コミュニティバス、乗合タクシー、オンデマンド交通等)とルートが必要かを、素人にも直感的に理解できるかたちで可視化・提案できる点である。これにより、専門家に頼らずともある程度地域自らが交通計画のイメージを作れるようになる。人材の内製化と持続的なまちづくりの鍵 このDXツールを使った人材育成の取り組みと連携できるのが、国土交通省の「モビリティ人材育成事業」である。これは、交通に関する知見やデータ活用のスキル、多様な関係者とのコーディネート能力などを持ち、地域の交通ビジョンを主体的・継続的に推進できる人材を育てるものであり、その人材が最終的には地域のまちづくりを担う自治体内に内製化されていくことが期待されている。 現在、筆者は国土交通省の同事業を活用し、このDXツールを使った地域における人材育成と交通の内製化に向けた実践に関わっている。自治体職員や住民代表とともに、課題の可視化から将来像の検討、交通サービスの設計に至るまで、データに基づいた意思決定の支援を行っていく予定である。 もちろん、DXツールがすべてを解決するわけではない。鍵は「地域が自分ごととして交通を考える」ことの支援にある。道具はそのための“手助け”にすぎない。 地域交通の未来は、外から得られた情報や手法を取り込み、内なる方々が自律協生しながら共につくりあげていけるものと考えている。そしてそのためには、地域が「まちの未来像を描き、その実現に必要な移動の仕組みを自ら設計する」という一連の過程に関わる力を育むことが、今求められている。本コラムは「創発 Mail Magazine」で配信したものです。メルマガの登録はこちらから 創発 Mail Magazine※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。 関連リンクこれからの地域公共交通の在り方①これからの地域公共交通の在り方②これからの地域公共交通の在り方③これからの地域公共交通の在り方④これからの地域公共交通の在り方⑤これからの地域公共交通の在り方⑥これからの地域公共交通の在り方⑦これからの地域公共交通の在り方⑧これからの地域公共交通の在り方⑨