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これからの地域公共交通の在り方② ~地域公共交通の共同経営~

2022年09月13日 武藤一浩


 前回のコラム これからの地域公共交通の在り方① ~事業活動から地域社会資本への変革~では、地域公共交通が事業活動から地域社会資本への変革が進むことを述べさせていただいた。今回は、変革の具体的テーマのひとつとして各地で検討が進む地域内交通事業者の共同経営について述べたい。

 全国各地のバス事業者は厳しい経営環境にあり、利用者数の減少や運転士不足等に伴う公共交通サービスの縮小が進んでいるのは前回のコラムでも述べたとおりである。その実態を鑑み、国は2018年頃から未来投資会議等で地域のバス事業者の経営統合や共同経営を後押しするようなルールの透明化を検討し始めた。「ルールの透明化」が必要な背景は、「同じ地域で事業展開する複数のバス事業者が、話し合って路線の再編や運行時刻の設定、運賃の設定などを決定する行為」が独占禁止法によるカルテル規制の対象となっていたからである。
 コロナ禍のなか、より厳しい経営に陥った乗合バス事業者の実態を踏まえ、国は2020年11月に、企業間の一定の共同行為について認める「独占禁止法特例法」を施行した。これにより、これまでカルテル規制の対象となっていた地域の複数バス事業者によるサービス調整などが実施可能となっている。
 この特例法にいち早く反応し、バス事業共同経営にむけた活動が推進されているのが熊本だ。熊本は、5つのバス事業者が熊本市の中心部から5つの違う方向の地域にそれぞれ営業区域を展開しているため、中心部で複数事業者が運行する重複エリアが多数存在し、その重複エリアでは、同時刻に同停留所から同方向行き(終点も同じ停留所になる)バスが複数運行されるなど非効率な運営かつ、利用者にも不便(ある時刻には多数のバスがあるが、ある時刻には全くないなど)なサービス実態となっていた。
 そのような状況はすでに問題視され、国がルール透明化の検討に動く前から、地域バス交通のあり方について、行政とバス事業者が主体的に検討を始めていた背景はあった。2019年3月には県、市、バス事業者がフラットな検討ができる体制として「あり方検討会」を発足させ、特例法の施行前の2020年1月には、同検討会が共同経営型事業形態へ移行すべきとする提言を表明。また、2020年4月にはバス事業者5社と熊本県、熊本市の担当者で組織する共同経営推進準備室を熊本都市バス内に設置し、特例法施行直後の2021年3月には名称を共同経営推進室に改称するという迅速な対応で、共同経営を推進してきた。
 この推進室には、地域の5つのバス事業者それぞれと市、県から1名以上、計10名の職員が派遣されている。運営にあたっては、職員による毎週の会議から各自が会議で決めたことの実行、月に一度の社長会・部長級会議での共有、3か月に一度市長、県部長への報告、といったきめ細やかさであり、ひとつの事業体として機能している。現在のコロナ禍においても、共同経営として目指す以下の6つの方向性が着実に推進されていることは注目すべきと思う。

① 重複区間等の最適化:バス同士や鉄軌道との重複区間等で、需給バランスの最適化
② 新規路線等の拡充:分かりやすく利用しやすい新規路線やニーズに沿った増便を推進
③ コミュニティ交通等と連携したネットワーク維持:需給に応じてバスと他のコミュニティ交通が役割分担し、
  ネットワーク全体を維持
④ バスレーンを伴う階層化:バスレーンの導入とともに、バス路線の幹線支線化を推進
⑤ 利用促進策の拡充:共通定期券、乗り継ぎ割引の拡充、均一運賃制などの検討推進
⑥ 経営資源の最適化:5社の垣根にとらわれず、常に運転士や車両の最適配置を検討

 特に、①はすでに実施が進み、重複区間において時間的に均等なダイヤ設定がなされ、利用者の待ち時間が短縮されるなど効果をあげている。また、⑤の共通定期券も2022年4月から実施され、ある重複区間で利用者が乗れる便数が一日105便から153便に増え、今後の利用者増が期待できる状況だ。

 ながらくのカルテル規制で事業者間の調整を禁止されてきたにもかかわらず、特例法ができてすぐに、1つの事業体のような組織が実現し、着実に施策が推進されているのは、打ち手の速さが理由だと言えよう。また、派遣された個々の職員における実行力の高さも見逃せない成功の要因であろう。
 筆者はつい先日熊本に赴き、この推進室で施策を進める担当者とお会いした。その方は、経営推進室への派遣を自ら名乗り出た方であり、日々忙しく各関係者との調整に奔走されながらも、主体的かつ誇りを持って業務にあたられていたのが、強く印象に残っている。
 ただ、そんな使命感をもって共同経営の実践にあたっておられても、「県内の運行系統の8割が赤字である現状を考えると、共同経営は経営の健全化にはつながるが、民間企業のみで産業として地域公共交通を担うのは相当困難である」という認識も持たれていた。日本総研が掲げている「地域公共交通の事業活動から地域社会資本への変革」スローガンも常に念頭にあると述べられてもいた。
 今では、同推進室に全国各地から問い合わせがあり、同じ課題に真摯に向き合っている同志が数多くいるとの気づきも得たとのことで、その面談では「今後の在り方の模索とその在り方の実行・実現にむけご一緒して行こう」と筆者とも意気投合した次第である。この先数年かけての変革になることと思うが、この新たな目標を実りあるものにしていきたい。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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