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これからの地域公共交通の在り方⑦ ~全国交通系ICカード廃止事例から地域公共交通の利便性と事業継続について考える~

2024年09月10日 西本恒


 同タイトルでシリーズ化( )して執筆してきた本稿の第7回は、熊本県における事例から、地域公共交通における利便性と事業継続について述べたい。

 2024年5月27日、熊本県内で鉄道・バスを運行する5社(※1)が、全国で利用可能な交通系ICカード(以下、全国交通系ICカード)による運賃決済を2024年度内に取りやめることを発表した。全国交通系ICカード決済のシステム導入後に離脱するのは全国初である。廃止理由として、全国交通系ICカードによる決済機器の更新時期が迫っていること、その更新コストが高額であることが挙げられており、代わりの決済手段としてクレジットカードによるタッチ決済やQRコード認証の導入が進められる(なお、地域限定で利用可能なICカード「くまモンのICカード」は引続き利用可能)。また、熊本市電も翌28日に2026年の全国交通系ICカードによる運賃決済の取りやめを発表している。

 全国交通系ICカードは、東日本旅客鉄道株式会社のSuicaなど、11団体が発行する10種類のカードを指し、2013年に交通系ICカード全国相互利用サービスが開始されてからは、どの全国交通系ICカードを持っていても、ほかのICカードのエリアで乗車カードとして利用が可能である(一部の例外を除く)。利用者数が最も多いSuicaは累計発行枚数が1億を超えるなど、全国交通系ICカードは、日本に暮らす多くの人の生活に入り込んでいる。上述の熊本県内の交通事業者による全国交通系ICカードによる決済の廃止に対しても、株式会社熊本日日新聞社が実施したアンケート調査では、回答者全体の約7割、全国交通系ICカードの利用者に限定すると約8割が廃止に反対の意見であり、反対理由の多くは、全国交通系ICカードが使えなくなることによる利便性低下を危惧したものであった。

 一方、地域社会を維持させるためには、いかにして住民の足である公共交通を地域に残していくかが重要な課題となっている。国土交通省の報告(※2)では、乗合バス事業者の94%は赤字であり、鉄道事業者においても、鉄道事業単独では89%が赤字である。赤字事業者にとって、人件費を上げることは難しく、その結果、運転手が不足して、公共交通の減便や廃止に繋がってしまう。日本では高齢化が進行し、自動車免許を返納する人が増える中、交通事業者に移動ニーズの増加に対応する体力が残っておらず、その結果、自由に移動することが難しい移動弱者が増加することになる。住民やまちへの往訪者の移動や活動を維持させるためにも、公共交通を地域社会に残していくことが必要である。

 熊本県内の交通事業者5社による全国交通系ICカード決済の廃止事例では、全国交通ICカード対応の決済機器の更新費は12.1億円かかる一方、クレジットカードのタッチ決済などに対応した機器は、半額程度の6.7億円で導入可能であるという。2022年度における5社合計での路線バス事業の経常収入が52億円であること、5社のバス利用者のうち全国交通系ICカード決済の利用は24%であること(51%がくまモンのICカード、24%が現金で決済)から、全国交通系ICカード決済を取りやめ、地域社会の足を残し続ける事業者の判断は評価できると筆者は考える。

 前述の通り、全国交通系ICカードは多くの人の生活に入り込んでおり、特に出張や旅行の時には、その利便性の恩恵にあずかることも多い。一方、地域社会の足を残す(地域社会における移動手段を残す)という観点においては、その利便性が重荷になることが顕在化しつつある。日本では高齢化の進行により、公共交通に求められる役割が大きくなっている中、その地域に合った形で公共交通を残していく視点が必要である。

(※1) 九州産交バス、産交バス、熊本電鉄、熊本バス、熊本都市バス
(※2) 国土交通省、令和6年版国土交通白書


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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