同タイトルでシリーズ化(① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧)して執筆してきた本稿の第9回は、完全キャッシュレスバスの事例から、地域の足である路線バスの維持について述べたい。
国土交通省支援の下、2024年度に「完全キャッシュレスバス」の実証が全国18事業者29路線にて実施された。これは、路線バス利用時に運賃を支払う際、現金を原則使用できず、Suica等の交通系ICカードやクレジットカード、QRコードといったキャッシュレスな手段でのみ決済が可能なバスのことをいう。実証を支援した国土交通省は別途、一般乗合旅客自動車運送事業標準運送約款を改正し、バス運賃の決済手段をキャッシュレス決済のみに指定できるようにする等、完全キャッシュレスバス実装に向けた準備が進められている。
国がバスのキャッシュレス化を推進する背景の一つとして、多くのバス事業者が赤字経営、人手不足であることが挙げられる。一般路線バス事業者の87.1%が赤字(※1)、有効求人倍率も全職業平均の2倍程度の水準で推移する(※2)など、多くのバス事業者には厳しい経営状況が続く。バス事業者にとって完全キャッシュレスバスのメリットとして、現金の管理コスト削減(現金の用意や管理に掛かる人件費等)や乗務員の負担削減(乗客からの正確な運賃授受、決済に時間がかかった後も定時性を維持することへの負担等)が期待でき、完全キャッシュレスバス実現により経営改善が期待される。主要なバス事業者で完全キャッシュレスバスが実現した際の経営改善効果は年間約86.3億円という試算もあり、これは令和5年度時点で1万人不足している運転手1,900人分の年収に匹敵する(※3)。
一方、路線バスを取り巻く社会問題として、前述のバス事業者の経営面の問題、運転手確保の問題など、路線バス維持に課題が多いことから、路線バスの減便・廃線が多くの地域で発生している。完全キャッシュレスバスにより決済が効率化しても、運転手が従来の倍以上の本数のバスを運行できる訳ではないため、運転手不足解消まではいかず、路線バス維持の問題解決には不十分である。
路線バスは、自家用車やタクシーに比べ輸送能力が高く、道路の混雑緩和にも効果的な移動手段である。運転手不足を解消し、路線バスという地域の足を維持するには、1人の人間がバス複数台を監視しながら、自動運転で運行させるところまでの変革が必要であると考えられる。その際、事業としてバスを運行させるには、バスを安全かつ定時性を持って走らせることに加え、遠隔から乗客の決済を監視する業務が発生する。バスの完全キャッシュレス化は、この監視を容易にすることに加え、短時間での決済による運行時間の短縮、両替目的のバス運行中の立ち歩き発生抑止(車内安全の向上)に寄与する。そのため、完全キャッシュレスバスの推進は、遠隔からバス運行を監視する形での自動運転バスの実現・定着、ひいては地域の路線バス維持の一助になると考えられる。
バス業界では2022年度時点で決済の88.4%でキャッシュレスが選択されていて(※4)、キャッシュレス決済利用率は既に高い水準にある。ここから完全キャッシュレスバスを実現させるためには、バス業界として、利用者に完全キャッシュレスバスが受け容れられるよう働きかけることはもちろん重要である。このとき、バス業界以外を含む多くの業種において、人々が普段の生活の中で、キャッシュレス決済の利用率を高めることも有効だと考える。2024年時点の日本国内でのキャッシュレス決済利用率は42.8%(※5)と、バス業界と比べると低く、将来の更なる利用率向上が期待できる。普段の生活の中でのキャッシュレス決済がより浸透すれば、完全キャッシュレスバス、ひいては地域の足である路線バスの維持につながると考えられる。
(※1) 国土交通省、令和6年度版交通政策白書

(※2) 厚生労働省、職業安定業務統計

(※3) 日本バス協会、2023/2024年度版日本のバス事業

(※4) 国土交通省、令和6年度完全キャッシュレスバス実証運行報告書

(※5) 経済産業省、2024年のキャッシュレス決済比率を算出しました

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