オピニオン
【グリーン・マーケティングの現場から】
第5回 小さい成功事例と仲間づくりを求める現場
「みんなでやれば怖くない。競争と協創。言うは易く行うは難し。」
~身近な人、従業員から始める。企業による啓発・教育の勧め~
2024年05月31日 グリーン・マーケティング・ラボ(GML)、佐々木努、前田もと子、穐津健太
脱炭素に向けて企業はいろんな取り組みを推進するが、生活者にはその努力は届いていない。届いていないだけならまだしも、それが仇となって悲しい結果になることも多い。また、生活者は経済合理的な選択をするとも限らない。気まぐれな私たち生活者は、脱炭素に取り組む企業を悩ませる。
●メーカーA:脱プラ・脱炭素に向けて包装材やラベルを小さくしたところ、「いつもと違う商品だと思った」「中身が減ったのではないか」などと言われ、売場で目立たず売上が減ってしまった
●メーカーB:脱炭素に向けてこだわって実施している活動を商品パッケージにラベルと説明を載せたが、消費者調査をするとまったく読まれていないことが分かり、ラベル取得とパッケージ変更にかけたお金と労力が報われない
●メーカーC:省エネ・環境性を訴求するハイブリッド車や最上位機種エアコンなどは、標準機種よりも数十万円も高く、自身の利用頻度を考慮すると元が取れないにもかかわらず多くの人が積極的に購入するのに、日用品の分野ではいくら環境性を謳っても数十円の値引きには勝てない
●メーカーD:1回のすすぎで十分汚れが取れ、省エネ・節水に役立つ商品を研究開発してパッケージやCMでも訴求しているが、「何となく残っていそうで気持ち悪い」「YouTubeで2回すすぎが大事と見た」ということで機能を発揮する機会がない
と、企業の嘆き節(※1)はこのような具合である。ここで「生活者の意識を高めるのは難しいから仕方ない」と諦めてしまえば、いつまでたっても生活者のリテラシーは高まらず、企業はずっと苦しいままである。本来は、環境価値に対して適切な対価(有り体に言えば高い価格)で購買いただかねば、環境対応はどこかで行き詰まる。そこで商売をしようとする全ての企業にとって、環境価値を生活者に理解いてもらうための啓発・教育が必要なのである。
こうした課題認識のもと、GMLでは「買い物」や「教育」の切り口から生活者の環境配慮型の行動変容の実現を目指し、自治体やメーカー、小売流通などと連携して行動変容の方法論を開発・実践する「みんなで減CO2(ゲンコツ)プロジェクト」を進めている。自治体・学校・メーカー・小売流通など関係する主体を結びつけることで、机上での学習と普段の買い物や家庭でのくらしを連動させる活動である。
その中で、ファミリー層(子どもとその保護者)を対象とした啓発・教育コンテンツを開発している。各コンテンツでは“遊び”の要素を多分に盛り込み、脱炭素に触れて・学び・取り組む障壁を下げつつ、商品購買につなげるような工夫を施している。本稿では、「エコラベル研究所」「CO2モンスター」「減CO2ナゾトキ/減CO2クイズ」を紹介し、ビジネス起点で見た啓発・教育を考察する。
<エコラベル研究所>
「エコラベル研究所」は、さまざまな団体・企業が発行するエコラベルを買い物時に確認しながら商品選択する習慣を促し、環境負荷の低い商品・企業を購買で応援する行動変容を図るコンテンツである。今後普及が見込まれるカーボンフットプリント(CFP)の実効性を高めるために、生活者が商品に付記されたラベルや環境性に関する解説を閲覧する土壌を構築することも狙う。
具体的には、ワークショップやスマートフォンアプリ、紙の学習キットなどを通じて、①身の回りの普段親しみのある商品に貼付・印字されたエコラベルを観察する、②クイズと解説によりエコラベルの意味を学習する、③家や店の中でエコラベルを実際に探して収集する、という手順で進める。
当該コンテンツを利用した生活者は、宝探し的な遊びの要素で楽しみながら脱炭素への関心が高まる。利用後のアンケート調査では、エコラベル研究所を利用した生活者の68%が脱炭素への関心が高まり、利用後も普段の買い物の際に確認する習慣が継続することが分かっている。また、レアなエコラベルの収集のために目的買いをしたり、エコラベルが貼付された企業・商品への愛着と好感が高まったりもする。
“エコラベルを探して買う”という点が分かりやすく行動に移しやすいこともありエコ行動の実践度が高くない層では78%の生活者の関心向上に寄与することが分かっており、行動変容の裾野を広げる効果も期待できる。
<CO2モンスター>
「CO2モンスター」は、くらしの中の無駄行動で排出してしまうCO2を「モンスター」に見立てて、それをキャラクターとして描画・命名することを通じて、無駄行動や改善行動の気づきを得ることを狙う。また、自作の親しみやすいモンスターを介して日常会話に脱炭素の話題が形成されるようにし、自分ゴト化を促すものである。
具体的には、①くらしの中でCO2を発生してしまう無駄行動について考え意見を出す、②無駄行動をキャラクターシートに落とし込み「CO2モンスター」として描画する、③CO2モンスターに名称・特徴などを書き込みモンスター討伐の心得=無駄行動の戒めを自分ゴト化する、というプロセスで意識啓発を図る。
親子でモンスター描画のイベントに参加すると、イラストを描画した子どもの意識が高まるのはもちろんのこと、イラスト描画時の親子間での会話をきっかけに保護者にも気づきが得られる点も大きな特徴である。また、参加者に追跡インタビューをしたところ、参加後もくらしの中で無駄行動が発生した時に、モンスターを話題にして無駄行動を戒める会話がなされ、行動変容の継続と定着が認められる。
イベント後のアンケートでは、CO2モンスターの参加者の約80%が「減CO2行動への意欲が向上する」と回答した。また、子どもや大人の脱炭素に関する着目点の特徴(例:子どもは「電気のつけっぱなし」、大人は「レジ袋使用」が多い、など)を知ることもでき、自分ゴト化しやすい生活者の行動変容の切り口の発見にもつながる。
<減CO2ナゾトキ/減CO2クイズ>
脱炭素をテーマとしたLINE活用型の謎解きや、クイズ集団「クイズノック」とコラボして開発した脱炭素に係るクイズ記事を開発した。これらは、面白さや楽しさを前面に訴求した学習コンテンツで、環境問題や脱炭素に関心の低い生活者への接触を狙うものである。お店の環境配慮商品の特集棚やそこに並ぶ商品をクイズや謎解きの題材にすることで、学びと買い物を連動させることも可能にする。
GMLでの実施事例では、小学校から20代の若い層が特に興味を持って取り組むことが分かっており、謎解きやクイズを題材にすることで多少難しい内容であっても苦にせず関心を持って学ぶことができることも大きな特徴である。終了後にアンケートをとったところ、参加した生活者のほぼ全員(96%)が脱炭素への関心が高まると回答した。また、ユーザー同士のコミュニケーションやSNSを通じた発信も見られ、啓発・教育の裾野を広げる効果も期待できる。
エコラベル研究所もCO2モンスターも減CO2ナゾトキ/減CO2クイズも、どれも画期的なソリューションでもなく、地道な草の根の啓発・教育活動である。そこに少しばかりの工夫として、①デジタルツールを使って広く拡散すること、②学校や集客施設を活用して展開すること、③学習と売場をつないだ実践を促す仕掛けを導入すること、④子どもと保護者の間への会話を誘発すること、⑤収集や継続実施を促すインセンティブや仕掛けを設けること、などを施すと効果を向上できる。
こうした活動を、是非、自社の従業員から始めてみることをお勧めする。冒頭のように生活者の意識の低さを嘆く企業も、その従業員の環境意識は世の中とほとんど同じであることがほとんどだ。日本総研でも社内モニターで調査してみたが、お恥ずかしながら誇れるような高い意識の従業員は(筆者も含めて)稀である。
従業員も会社を出て家に戻れば生活者であり、各企業の顧客・消費者である。環境配慮商品を売りたい企業の従業員の意識が低いのに、生活者の意識を高めるというのは虫のいい話だろう。まずは、自らの意識・行動を変えていくことの方が、顔が見えている分、やりやすいはずだ。GMLが推進するチャレンジ・カーボンニュートラル・コンソーシアム(CCNC)でも、参加企業の従業員への啓発・教育を大事に取り組もうとしているところである。脱炭素市場は、まだまだ企業間で競争する段階にはなく、協創によって市場形成を進めるべきフェーズである。
脱炭素を巡る社内の応援団が形成され、社内で理解を得にくかった脱炭素の活動が進めやすくなり、やがて市場が形成されていく。結局のところ、生活者のリテラシー向上のためには、愚直に取り組むしかないのである。
(※1)会話内容はよく聞かれる声を踏まえ筆者が創作したもの
(※2)GMLがワークショップや催事、小学校配布などを通じて集めたCO2モンスターの一部作品例、現在GMLでは350体ほどのCO2モンスターを有している
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。