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【グリーン・マーケティングの現場から】
第3回 真面目に取り組み、遊び心を忘れがちな現場
「きっかけは理屈じゃない。ロジックだけでは人は動かない。ワクワクとトキメキも大事?」
~触れる・学ぶ・取り組むのプロセスを考える~

2024年05月31日 グリーン・マーケティング・ラボ(GML)、佐々木努、前田もと子、穐津健太


 さて、読者の皆さんは「気候変動」の話題について、どれくらいの頻度で情報に接触しているだろうか。TVや新聞・雑誌・ウェブ・SNSなどのメディアだけでなく家族や知人との会話を通じた接触でも構わない。
 ●毎日触れる:気候変動・脱炭素の業界人です
 ●2~3日に1回:相当、気候変動に関心ある人です
 ●週1回:気候変動の基本的な素養がある人です
 ●月1回:言葉としては知っているという初級者です
 ●ほぼない:もう少し地球のことを考えましょう
 筆者らはこの仕事をしているので当然「毎日触れる」に当てはまるが、皆さんはどの程度だろうか。これと同じことを全世界で実施した「Yale Program on Climate Change Communication」による調査結果を図表1に示した。

図表1 少なくとも週に1度はTV・新聞・SNS・会話で気候変動の話題に触れた人の割合[%](※1)



 少なくとも週に1度はTV・新聞・SNS・家族や知人との会話で気候変動を見聞きした人の割合は、ドイツ66%、米国41%、ジャマイカ22%、日本21%、インド20%という結果である。先進国の中で最も気候変動の情報に日常的に触れていないのが日本(※2)ということになる。
 行動変容のプロセスは「触れる・学ぶ・取り組む」であり、それを体感した人が増えることで社会全体の行動が変わっていく。最初の入り口となる情報に触れる機会が少なければ、意識や行動や社会が変わりようもない。日本の脱炭素社会構築には「触れる」が圧倒的に足りていないのである。

図表2 GMLが考える行動変容と社会変化のプロセス概念図



 気候変動に触れる機会が少ないのは、①発信量・頻度がそもそも小さい、②発信量・頻度は足りているが届いていない、のいずれかに原因があるはずだ。GMLが考える仮説はこうだ。気候変動の情報を発信する側が、責任感や使命感を持って真面目に取り組むばかり、発信の内容や媒体が玄人向けになる。その結果、情報の受け手の生活者は難しい情報を敬遠して自分とは無関係と思いがちになる。そうした受け手の状況を見て、情報の出し方がますます玄人向けを志向するようになる。こうして、いつまでたっても生活者は脱炭素に触れる機会を得られず、その後の意識・行動変容につながらない。
 GMLにおいても、日本総研自体が、「玄人向けの難しい内容の詰め込み発信」を実践してきた張本人であることを反省し、生活者行動変容の文脈においては、まず多くの方に興味を持ってもらい、動機は「不純」でも構わないので体験して触れてもらうことを優先した発信を心がけるようにしている。例えば、ニャートラル・ギャートラル・ゲンコツさんというGMLのキャラクターを活用したり、CO2削減を「減CO2(ゲンコツ)」と称したり、CO2を出してしまう無駄行動を「地球温暖化・煩悩108(イチマルハチ)」という言葉遊びも含めてネーミングしたりして、面白さや違和感などを通じて目にとまり、耳に残る表現を心がけている。また、子ども向けの体験では、カードやシールなどを渡すなどの工夫を施している。これらの活動やアイディアの具現化においては、行動変容の学術的な知見として大阪大学の仕掛学、アートや遊びの視点として芸術系の大学の協力を得て進めている。

図表3 興味のない方にも触れて体験してもらうための工夫の一例



 このように、GMLでは「ロジックだけでなく、ワクワクとトキメキを」という考え方を大切にして、脱炭素に向けた生活者行動変容に取り組んでいる。かわいい、好き、楽しそう、何あれ、やってみたい、面白い、という感情は、損得勘定を超えて人々の心に届き、触れる機会の創出に役立つ。真面目さやロジックは環境問題におけるインテグリティの観点からもちろん必要だが、それらは表に出さず裏側できちんと用意しておき、必要があれば対応する、というくらいの塩梅がちょうどいい。その実践例での反応を紹介する。

<仕掛け>
 大阪大学経済学研究科・松村教授の「シカケラボ」との協業で、脱炭素に興味を持ってもらうための「仕掛け」を考案し実装して生活者の反応を探った。脱炭素行動変容の入り口となる「減CO2(ゲンコツ)」というキーワードを覚えてもらい興味を持つことを意識し、「ゲンコツ」と叫ぶ装置=合言葉マシーン、と「CO2をやっつける」装置=パンチングマシーン、の2つを用意した。大声で「ゲンコツ」と叫ぶと、「パンチングマシーン」の挑戦券を得てパンチができる、という一体装置になる。
 チャレンジ・カーボンニュートラル・コンソーシアム(CCNC)に参画する万代・高槻インター店の協力を得て、店頭スペースにこれら装置を配置して実践したところ、装置や叫び声に惹かれて子どもたちが集まってきて楽しみ、店舗内で連動展開した環境配慮製品の特設棚企画への誘導に役立った。また、子どもたちが遊んでいる間に保護者の方とも脱炭素の取り組みを紹介する時間を確保できた。合言葉マシーンとパンチングマシーンに取り組んでもCO2は減らないが、この仕掛けがあったからこそ店舗での特設棚に興味を持って説明を見聞きする機会を持つことができた。
<煩悩108>
 大阪府との脱炭素に係る生活者の行動変容に係る連携協定に基づき実施した催事においても、ワクワク要素を取り入れた脱炭素啓発ブースを出展した。「脱炭素のために実践できることを考えよう」から入ると、面白くなさそうで勉強させられる感じになってしまので、「ダメだと分かっているけどやめられない“煩悩”を教えて」という切り口で生活者とコミュニケーションした。「それあるよね」「そうそうやめられない」「わかるわかる」という形でブース来場者と会話が弾み、たくさんの煩悩が集まった。また、クオン株式会社が展開するウェブコミュニティで同様に「くらしの煩悩」を集める企画を行ったところ、2週間で1000近い煩悩が集まった。
 実は、色々なところで「煩悩108」を紹介するたびに、くすっと笑いが起こることがある(失笑の可能性もある)。日本総研らしくないと評されることもしばしばだが、その意図を伝えると真面目じゃないやり方の重要性について共感いただけることも多い。

 「煩悩の数は108」と教わったが、筆者も含めて多くの生活者は気候変動に関して「煩悩まみれ」ということも分かった。脱炭素に向けた意識・行動変容の第一歩は、この煩悩まみれの生活者を受け入れ、共感することであろう。共感の先に、理解があり、納得がきて、そしてようやく行動に移る。「あるべき姿」を掲げる啓発型の「説得(納得)」は、生活者との間に共感と理解の土台がなければ成り立たない。GMLでは、この共感から始めるコミュニケーションの手順も重要視している。
 ピカピカの脱炭素生活を実施できる生活者は、ごく一部の意識の高い人たちのみである。多くの生活者にとっては、一歩先に踏み出すのは心理的障壁が高い。まずは、半歩先くらいを提案して進めていくことから始めるのが有効だろう。半歩であろうと動き始めさえすれば、行動に対する摩擦抵抗は減り、あるべき姿に歩を進めることもできるようになる。

図表4  減CO2パンチングマシーン(左)と「煩悩108」で集まったキーワード(右)(※3)



(※1) Yale Program on Climate Change Communication, International Public Opinion On Climate Change 2022
(※2) 全界共通の生活者アンケートでは「とてもそうだ/全く違う」の選択肢を選びにくい日本人の特徴などもあり、平均値比較での分析では額面通り受け止めるのにやや抵抗感がある筆者だが、情報接触頻度については事実ベースに近い回答が得られる設問なので、そのまま受け止めた方が良さそうだ。
(※3) クオン株式会社“絆のコミュニティ”を活用して実施、2024/3/1-3/14、投稿数998件


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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