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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第21回「垂直統合型ブロードバンド事業モデルを規制するな」

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2003年1月23日

(1) AOL-TWのスティーブ・ケース会長の解任とその遠因とは?

 今回の原稿で、第17回の「垂直統合的ARPU増大モデル」を若干補足すべく、何か適当な事例はないものかと思っていた。

 すると偶然にも、1月13日のNIKKEI NETに同12日、米メディア最大手のAOLタイム・ワーナー(AOL-TW)のスティーブ・ケース会長が今年5月の株主総会で退任するというニュースが飛び込んできた。

 2000年12月にAOLとTWの合併で誕生した同社では、その後の相乗効果が発揮できず、経営の混乱が続いるなかでの引責辞任ということである。今後、業績が低迷するAOL部門の分離を検討する可能性があるという。

 なぜ、こうなってしまったか?

 インターネットもブロードバンドIP技術も十分実用化されていなかった時代、AOLのケース会長は、通信分野特有の「ネットワークの外部性」(注)を追求することで、B2C型のパソコン通信ビジネスの業容と収益の拡大をはかってきた。

(注)
  「ネットワークの外部性」:ユーザーが多くなることで得られる利便性が高くなるほどそのサービスの価値が高まること。(第11回参照


 そして、インターネットの普及につれ、クローズドなパソコン通信型の事業モデルを、オープンなインターネットの仕組みに合わせ時代の潮流に乗った。パソコン通信事業では、会員どうしの個人情報に関するセキュリティーや膨大な会員課金情報の管理など、プラットフォーム層と呼ばれる領域でのノウハウを武器に躍進し、高株価に支えられた経営を繰り広げてきた。

 その絶頂期には、コンテンツ分野の雄であるTWに接近、合併となり、昨晩に至ったわけだ。

 ケース会長の事業の軌跡をたどると、「ネットワーク」、「プラットフォーム」、「コンテンツ」分野に至る『垂直統合型モデル』完成への野望が見て取れる。このモデルにより、経済学でいう「範囲の経済性」(注)を訴求できることになる。時代は、「規模の経済性」からシフトしつつある。

(注)
  「範囲の経済性」:複数のサービスや事業を同時に、多角化した企業の内部で行う場合のコストの方が、それら事業を別々の企業が担当した場合にかかるコストの総和よりも低くなる現象などのこと。(第15回参照

【図表】 AOL-TWの不振と垂直統合型モデル


(注) 「B2C」:Business To Consumer、「B2B」:Business To Business、 「FTTH」:Fiber To The Home「e.Biscom」:イタリア新興の総合型通信メディア企業、「MDU」:Multi Dwelling Unit(集合住宅)のこと

(出所)日本総合研究所 ICT経営戦略クラスター

 この垂直統合型モデルの完成には、【1】ブロードバンドIP系技術、【2】規制当局の政策と戦略、【3】競合他社の存在(敵の出方)、【4】企業文化などの要素を、自社にうまく機能させられるかどうかがポイントとなる。これにケース会長は失敗した。

 実はこのモデル、多少規模はまだ小さいかも知れないが、米国市場よりもイタリアやわが国に、明らかにその攻防の真っ只中に突入しようととする事例がある。その事例において両国は、米国よりも本格的な幕開けを世界に先駆けて実現する可能性が出てきた。

(2) 日本はブロードバンド分野では「パッシング」なのか?

 まずわが国に目を転じてみよう。

 2003年2月にフィンランド政府訪問団TEKESがイノベーションのケーススタディに、わが国文科省機関や経産省機関のほか、日本総研を訪ねることになっている。どうやら日本への滞在期間は3日間ほどであり、その後は韓国と中国を訪問するらしい。

 一昨年の日本の同滞在期間と往訪機関・企業はもっと多かったので、どうやらわが国は「パッシング(passing)」、つまり、北欧のこのIT先進国にとって、それほどのプレゼンスが無い国なのだろうか。

 しかし、そんなことはない。日本はIT・ブロードバンド分野で、世界で最も激烈な競争を行っている国である。韓国よりも進んでいると筆者は思う。ただ市場競争が激しいことが、もちろん手放しで歓迎されることではなく、市場の縮小均衡になっては意味がない。

 最近、巷では「通信崩壊」などという言葉も登場し、通信規制当局にとってはどうにも収集のつかない、またNTTグループなどのレガシーキャリアにおいては、将来の収益基盤の見通しをつけにくい現実が広がりつつある。

 最大のドライバー(影響因子)は、「Yahoo!ショック」に始まる価格破壊と、新生「ソフトバンクBB」の登場だろう。新たなオールフルIP網をインフラとし、元々得意領域であったコンテンツ分野やプラットフォーム分野でのノウハウを引っさげ、横綱のNTTグループに真正面から対抗しようとする。このような大胆な試みは、かつての通信市場にはなかったことだ。

(3) NTTの「再再編」とはむしろグループ求心力を高めることなのか?

 一方NTT東は、昨年末フレッツサービスの勉強会にて近日中に、Yahoo!BBに対抗すべくIP電話(第16回第17回)についての発表を行うとしている。

 両者の通信分野における関係は半年前まで(少なくとも1年前)、巨像NTTにとまる小鳥ぐらいの力関係であった。しかし今や、かつての超優良企業であったNTTには、さまざまな難題が立ちはだかっている。この舵取りを行う、グループのエース和田社長の力量が問われるところだ。

 目下、NTTグループは総務省当局への折衝も行いつつ、NTTドコモがほぼ完成させた垂直統合型モデルを、グループの中で実現しようとしているのだろうか。ただ、わが国政府がNTTの株式を一定部分所有し経営権を握っている間は、同折衝にもこれまでの通り限界はあろう。

 地方市場においてドミナント(独占的)であるNTTが、このモデルを直接目指し「新生NTT」を誕生させることは難しいかも知れない。しかし、新たな競争プレイヤーの登場で、あるいは外資の参入により、わが国通信市場の横綱が倒れても大きな問題だ。その意味では、1999年7月以降の「再編」以降の「NTT再再編問題」とは、従来のようなNTTの求心力を弱めることではなく、むしろ強める方向にさえあるといえる。

 つまり、AOL-TWが目指した垂直統合型モデルこそ、旧来のネットワーク分野における交換機ビジネス(固定電話事業)の収益の柱に代わるものであり、現在の技術革新の潮流からここへ向かうこと必至であると考えるからだ。

 では米国や日本以外では、この動きはどうか?

 次の第21回では、市場プレイヤーがブロードバンド時代の競争に勝ち抜くための条件、また、垂直統合型ブロードバンド事業モデルを無闇に当局が規制してはならない点などについて言及したい。


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