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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第17回「なぜ今ADSLか?――Yahoo!BBを分析する(下)」

新保 豊

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2002年11月29日

(1)海外でもADSLはブロードバンドの戦略市場

 前回取上げたDSLサービスが、主だった国々では、実は軒並みならぬ力を入れている、市場期待の戦略商品であることは意外と知られていない。「イノベーションのジレンマ」と呼べる、安価で手軽に導入・利用できる利便性とそのシンプルさが市場を動かす。

 ところが米国では、前述のコロケーションによるADSLの開放がRHCには重荷になり、韓国や日本のように加入者の増加やサービスの拡大が思うように進んでいない。

 そこで、2002年の2月から3月にかけてブロードバンドの中核をなすDSLとケーブルインターネットの両サービス自由化に向け、米FCC(連邦通信委員会)パウエル委員長は調査告示を出した。しかしながら同告示では、ケナード前委員長時代が目指した、新規事業者の市場への参入活性化が制約され、RHCや大手ケーブル事業者(TimeWarner、AT&T Broadband、Comcast等)が規制緩和の恩恵を受けるような可能性が出された。時代を逆行するのではないかとの懸念もあり注目されている。

 もはやRHCがDSL市場のドミナント的な位置付けにあるにもかかわらず、この調査告示を出した背景には、現状では、IT推進の最大の牽引役であるブロードバンド分野において、米国が国際競争で遅れをとるという強い危機感があるからのようだ。そして、今やDSLはブロードバンドと同義ともなっている。

 一方、ドイツではDT(ドイツテレコム)が、2001年に精力的にDSLによるブロードバンドインターネットのアクセスサービスを推進し、DSL加入者数は契約ベースであるが、同年末には220万(市場シェアは98%)を獲得している。

 2002年初めにドイツは、韓国、米国に次いで、一挙に世界第3位のDSLインターネットアクセス国に踊り出たかっこうになる。しかし、市場はあきらかに独占的な状況にある。欧州委員会や規制機関RegTPは、DTのDSL料金水準の不当に思える低さ、あるいは競合他社DSLの卸売りサービスの水準を問題視しているようだ。

(2)勝負は「垂直統合的ARPU増大モデル」

 以上、アンバンドリングやコロケーションの問題は、有効競争レビューのためには不可欠な基本要件といえよう。しかしながら、米国も英国、そしてドイツも、これらの点で日本のようなより有効な競争環境の整備には至っていない。

 ただ問題はここからだ。競争が進み、価格競争に陥り市場が縮小するようでは何もならない。2002年9月から始まった総務省の「IP化等に対応した電気通信分野の競争評価手法に関する研究会」の行方も注目したいが、当事者の事業戦略やビジネスモデルとその総合的な実行力が今後、各社の勝敗を分けよう。

 ブロードバンドやADSLなどのIT・通信市場で、定額制やら通信料金の低下により、採算がとれないような状況を打開できるのは、「垂直統合型ARPU上乗せモデル」をいかに志向できるかであろう。これが収益基盤安定化の早道となる。但し、すべての事業者が実現できる条件を持ち合わせている訳ではない。とくに「上乗せ」できるためのネットワークインフラ、しかも低コストで柔軟性に富むフルIP網ベースのものがポイントとなる。ブロードバンド時代の「設備ベースの競争」とは、このことを指すともいえる。
(注)ARPU:Average Revenue Per Userの略でユーザー1人当りの平均収入のこと。

 現在のNTTの既存インフラや、あるいは自前でインフラを持ち合わせていないイー・アクセスやアッカに比べ、自前のギガビット・フルIP網を持つソフトバンクグループは1歩も2歩も進んでいるように思われる。同グループは、2002年10月にビー・ビー・ケーブル(有線役務利用放送事業者の第1号を以前に取得)から発表のあった「BBケーブルTV」やYahoo!などでのリソース(コンテンツ等の資源)を利用しながら、BBテクノロジーの「Yahoo!BB」をブロードバンド推進のビークル(駆動媒体)と位置付け、目下、強力な垂直統合的な仕組みを実現しつつある。

 次の図表はあくまで想定ごとであるが、投資・競争パターンに沿ったブロードバンド市場戦略について、ゲームの理論や、「垂直統合型ARPU上乗せ」可能なネットワークインフラがもたらす経営上のリアルオプションの価値をイメージして示したものである。こうした武器を持った新興企業は、時のドミナント企業と真っ向から本当に勝負できるようになるのかも知れない。


(注)CF:キャッシュフロー。A社の例:ドミナント企業、B社の例:ギガビット級IP網などの新しいネットワークインフラを手にした新興企業 
(出所)日本総合研究所 ICT経営戦略クラスター(新保2002) 

 

欧州の携帯電話会社が自分たちの約2倍のARPU(月間8,000円台)を今なお維持しているNTTドコモを羨望のまなざしで見ているように、わが国携帯電話会社は、携帯端末からプラットフォーム(課金・決済)、そしてiモ―ドを介したインターネット・コンテンツに広がる垂直統合的な仕組み、すなわち自前網に「上乗せ」するモデルを完成させた。これと類似している(または凌駕する可能性を秘める)動きがADSLでも起こりつつある。

 同様の動きは、欧州でも起こっている。

 ドミナントのDTが、国内最大のISPである子会社T-Online(加入者数880万、市場シェア82%)を通じ、ユーザーに端末からインターネットアクセスまでの一貫サービス路線を推進しようとしている。加入者数を今の勢いで増やし、ブロードバンドDSLによってやり取りできるコンテンツをよりリッチ化していくことだろう。DTはまさに、映像・高速データ配送の潜在性を十分に生かしたコンテンツの提供分野にも進出するなどの「垂直統合型ARPU上乗せモデル」を目指しているように思える。

 実際、すでに情報システム子会社のT-Systemでは、DSL用インターネットのソフトの作成を企画している模様である。

 但し、ボトルネック設備を所有するドミナント企業がここまで垂直統合的な動きを顕著にした場合、アングロサクソンの米英あるいはわが国では、この動きは競争問題に起因した独占禁止法などの観点から、一筋縄では決して行かない。まさに、新しいマーケットでのドミナント性の定義や範囲が問われることとなってきた。


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