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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第15回「IP・ブロードバンド市場の競争に不可欠な視点」

新保 豊

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2002年10月10日

(1)競争がブロードバンド市場を発展させる

 情報通信審議会は2000年12月の第一次答申において「IT時代の競争促進プログラム」を取りまとめ、これを受けた政府は、電気通信事業法及びNTT法の大幅な改正を行い、非対称規制の整備、卸電気通信役務制度の整備、ユニバーサルサービス基金の設置、電気通信事業紛争処理委員会の設置等、多岐にわたる競争環境整備のための措置を講じた。

 また、2002年2月の第二次答申後、同審議会は2002年8月に「IT革命を推進するための電気通信事業における競争革命の在り方についての最終答申」を行った。特にブロードバンド化やIP化の進展によるネットワークの構造や市場構造の変化に対応した「新たな競争モデルの構築」に向け引き続き検討を行ってきた。

 そして、2002年9月から「IP化等に対応した電気通信分野の競争評価手法に関する研究会」が始まった。

 わが国電気通信市場は、IP技術の進展により、ADSLや光ファイバー、無線LANなどサービスが矢継ぎ早に登場し、今やブロードバンド時代を迎えている。

 電気通信市場に限らず、競争が市場を活性化する。特にIP・ブロードバンド市場では、技術進展のスピード、電気通信を超えた領域におけるサービスやコンテンツなど、従来の枠組みが混在した競争が現在スタートアップ期にあり、基本的には無用な規制を課さないこと、さらに競争市場をウォッチする程度に留め、事業者にも規制当局にも余計なコスト負担にならないようなシンプルな方策を持つことが重要だ。

 人為的かつ早計な政策を打てば、それが結局、消費者のコスト負担のかたちで回って来ることを、私たちは経験的に知っている。

 今回は競争政策の観点から、IP・ブロードバンド革命をより推進させ、ひいてはわが国のIT産業強化につなげるための術を概観したい。

(2)IP・ブロードバンド市場競争の直近の問題

 1984年の米AT&Tの分割モデルをも視野に入れつつ、わが国では1999年7月にNTTの再編(分離・分割)が行われた。この再編を機に市場の競争状況は総じて一層活発になったといえよう。しかしながら、ボトルネック(不可欠)設備の支配力を巡って、今日においてもNTT東西の電話回線交換設備等に関する問題は後を立たない。

 ただ相互接続問題では、プライスキャップ制の導入をはかるなど、有効公正競争が促進されつつあるように見える。一方で、最近にわかに注目を集めブロードバンドの主役の座に着いたADSL接続サービスなどでは、アクセス系設備のうちメタル加入者網を利用するため、NTT東西の有するボトルネック設備が問題となっている。

 この状況を、他のサービスと一緒に図表に整理する。

【図表】 IP・ブロードバンド市場の競争状況を測る指標とその実態

(注)【○】競争的、【×】非競争的、【△】判別しがたい、【?】要観察。「市場支配力」: 上記に加え、競争事業者の供給の価格弾力性、需要の価格弾力性の要因がある。「FTTH」:Fiber To The Home、 「FTTO」:Fiber To The Office。 
(出所)日本総合研究所 ICT経営戦略クラスター(新保2002)

 この場合、2001年末にかけて紛争解決を見たコロケーション問題(接続事業者が接続に必要な装置類を指定電気通信設備が設置される事業者の建物、管路、とう道、電柱等に設置すること)のうち、特に、(1)局舎スペース、(2)MDF(主配線盤)、(3)電源、といったNTT局舎リソース(資源)についての公正な活用機会の是非が、この1年間大きな問題となってきた。

 直近(2002年8月)の月間シェアで今やNo.1となったYahoo!BB(ソフトバンク系)、そしてイーアクセスやアッカなどの新興事業者からの強い要請もあり、コロケーション問題は大きな進展を見せている。加えて、NTT東西のダークファイバーの開放(規制緩和)も手伝って、ADSL市場は競争的になってきた。

 この当時から今日までの関係者のやり取りに関する公開情報(総務省ウェブサイトのパブリックコメント等)を見ると、その攻防ぶりの凄さが伝わってくる。これらリソースがIP時代の鍵を握ることが予感される。

 しかし、全国規模のネットワークを自前で持つADSL事業者はNTT東西のほかはYahoo!BBしかなく、規模の経済性を活かした競争事業者数としては十分とは言えない。先のイーアクセスやアッカなどの事業者は、この3社とは異なり、あくまでADSLアクセス回線の接続サービスを行う者であり、インターネット接続を行うISP事業者とは異なる。ホールセール(卸)型だけのビジネスモデルを持つ市場参入者であるからだ。

 これは全国規模のIP網の整備がいかに大変であるかを示す証左ともいえよう。他国の類似事例としては、韓国のKTやハナロ通信(ADSLが主)やイタリアのeBiscomとFastweb(FTTHが基本)あたりが注目される。

(3)設備ベースの競争とボトルネック設備管理のゼロ種事業

 以上は、旧来電話アクセス系設備が、依然不可欠設備となっている場合であり、規模の経済性あるいはネットワークの外部性を発揮するためには、同設備は重要なポジションを占めよう。

 しかし、本格的なIP・ブロードバンド市場では、即ち、市場参入事業者の設備が全国規模でオール・フルIP網システム(コロケーション設備からモデムまで)になった場合には、旧来電話アクセス系設備はドミナント事業者の重荷になって来よう。もちろん、同設備以外の要素のコスト削減(人員を含む)を通じた経営効率化の達成度合いに拠ろうが、IP・ブロードバンド市場での競争には不利に転ずる可能性がある。

 その時の市場は、本物の「設備ベースの競争」が行われている状況にあるかも知れない。加えて、範囲の経済性の観点から、ネットワーク層の上のプラットフォーム層やコンテンツ層に属するサービスとの抱き合わせ(バンドリング)は、場合によっては競争上問題があるかも知れないが、第14回の指摘の通り、電話設備網上のこれらサービスの実現は技術的かつ商業的に無理(意味がない)と言ってよかろう。つまり、NTT東西が現有の設備を引きずったままでは、新しい市場ではNTTドコモ型の垂直統合的なサービスは望めないだろう。

 将来のブロードバンド市場において、IPテレビやIP網上のコンテンツ(ネットゲーム、映画など)を消費者が楽しめるようにするためには、十分な帯域の確保が必要であり、現在の最大12MbpsのADSLサービスでは、大概のコンテンツはストレス無しに受取れても、ハイビジョンレベルとなると、アクセス系領域ではFTTH(光ファイバー)がどうしても要る。そして、IP電話のトラフィックが増加してくることも手伝い、中継網(幹線系)のバックボーン領域では、ギガビットクラスの光ファイバー網が必要となる。

 メタル網設備の運営事業者は、将来、光ファイバー設備の運営事業者とは切り離されるべきかもしれない。

 前者はNTT東西のメタル部門を引き継ぎ、いわゆるゼロ種事業者となる、そして、後者は光ファイバー部門として存続する(または現行のNTTコムと統合する?)といった案も考えられる。ADSL接続サービスが本格的にFTTHサービスに切り替わるまでの経過的な時限的公社形態の措置を講ずることも考えられよう。

 これは時代の逆行との批判もあろうが、IP技術革命下、わが国の市場全体を俯瞰した場合、有効な資産・資源の戦略的活用の観点から不可避な流れのように思える。

(4)地域IPインフラの整備と有効公正競争の在り方

 

一昔は、アクセス系のラストワンマイルがボトルネックであったが、今日はむしろバックボーンや中継系領域が問題であることが指摘されている。

 まず、(1)電力系が所有する光ファイバーは第一種電気通信事業者しか借りることができないこと、また、(2)1Gbpsのトランジットで月額3,000万円程度もし高価であること、などが挙げられる。

 これでは、地域IX(Internet eXchange:異なるプロバイダと契約している利用者が相互に情報を交換することができるための接続点)運営事業者では仲々手が出ない。

 さらに、(3)こうしたIX運営事業者や地方自治体において県境での相互接続コストをどう負担するか、加えて、地元企業のIP通信ニーズがあるにもかかわらず、その近辺にダークファイバーが整備されていない、ようだ。

 特に最後の点は、地元企業の戦略的強化をはかるうえでも、自治体主導で地域イントラネット網を敷設したり、現行の「情報ハイウェイ」の活用などが十分はかれるような徹底したオープン化方策が望まれる。その際、全国規模のネットワークを構築する事業者の設備との迅速かつ円滑な連携があれば、地元企業のビジネスの範囲も一気に拡がり、ユーザー企業自ら低コストの情報システムを組むこともできよう。

 図表中で「地域インフラの活用度」では非競争的としているのはこのためである。

 地域のIP・ブロードバンドの競争の評価には、地元自治体などの税金投入といった側面があるため、通常の有効公正競争の観点からは、評価指標を別に設ける必要があるか、地域単位の競争は除外して考えることが現実的であろう。

 本稿では、競争評価の具体的な事項や考え方には触れず、それは次回以降に譲りたい。今回は、次のようなIP・ブロードバンド市場の競争に不可欠な視点のポイントを列挙するに留める。



 ● 同市場における「ボトルネック設備の支配力」の明確化
 ● 市場支配力の主要因である「需要の価格弾力性」などの価格動向の見極め

 この2点を中心に、ドミナント的な事業者のボトルネック設備以外の経営資源(図表中のOSSのような顧客情報・同情報活用システム、販売力、ブランド)と、それらの組み合わせ(範囲の経済性、抱き合わせ販売、ロックインなど)に関する、定性的かつ定量的な分析を加えることが有効な方法となろう。


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