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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第11回「IP電話でNTT東西が消える?(上):経済活性化戦略に実効性を!」

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2002年6月14日

(1)NTT地域会社が消えるなんて馬鹿げている?

 現下のデフレ経済のなか、価格下落の代表はマクドナルドのハンバーガーや吉野家の牛丼だけではない。私たちの家庭にある普通の電話機からかけられるIP電話が、価格破壊の流れをさらに後押ししようとしている。これは声をインターネットの信号方式(IP:インターネット・プロトコル)に変換して送るものだ。

 2001年4月フュージョン・コミュニケーションズから本格的なIP電話サービスが開始されてから、ちょうど1年後の今年4月、ヤフー「BBフォン」が登場した。

 IP電話とは、「ネットワークの一部又は全部においてIPネットワーク技術を利用して提供する音声電話サービス」(総務省)のように定義され、次の2つのタイプに分類できる。

■帯域保証型:独自の通話サービス用専用IP網を構築し、応答遅延や音声品質の面で既存の固定電話と変わらない品質を維持しようとするサービス

■ベストエフォート型:インターネットをネットワークの一部として使用してコストダウンを図ったサービス

 主に前者を指すIP電話が牛丼のように単なる安いだけの商品であれば、本稿で取上げるほどのものではない。IP電話が、NTTだけでも固定(東西とコムで約5.7兆円)と携帯(ドコモ9社で約9.7兆円)の約15兆円の両市場に大きな波風を起す要因をはらんでいるからだ。

 特にNTT東西の地域電話会社にとっては、頭の痛い存在になりつつある。

 向こう10年以内の通信市場を見通すと、いろいろな条件があるので少々単純かつセンセーショナルな物言いだが、NTT東西は今の会社としては消滅してしまっているに違いない。本稿では、上下の2回に分け、なぜそのような可能性があるのか、あるいは現在の固定電話に替わるサービスはどのようなものか、そして、そのための解決すべき課題は何かなどについて見てみたい。

(2)なぜIP電話が注目されるのか?

 安いこと、身近である(操作性がよい)ことは、大変インパクトがある。IP電話の最大の売りである。

 ただ安いだけなら、同じ区間の通信を行う場合、発信地により通信料金が異なることを利用した「コールバック」や、専用線への両端を一般公衆回線に接続しコストを下げる「公専公」などのサービスは以前からあった。しかし、操作が面倒であったため、NTTの牙城を崩す影響力をもつには至らなかった。

 【図表】を参照していただきたい。IP電話は、携帯電話以上の品質が確保され、しかも従来のパソコンからに加え、一般電話機からの発信もできる。今年中には一般加入電話への着信もできるようになるようだ。

【図表】 IP電話の特徴

(出所)日本総合研究所 ICT経営戦略クラスター

 現在のIP電話もよいことばかりではない。例えば、IP電話の現在でのぜい弱性をつけこんだ悪意ある第三者によるサービス拒否攻撃(米eBayなどの人気サイトへの集中的なサーバーへの負荷増大を通じたユーザーのアクセス不可を行う行為)や、ライフライン(110番、119番など)機能の不備、相互接続問題(番号ルーティング、携帯電話会社が持つ料金設定権ほか)などの課題はある。

 これらについての詳細は、重要な問題であるがここでは割愛したい。楽観的かも知れないが、これら問題はIP電話の実用化とその本格的な普及を妨げる要因にはならないだろう。

 その根拠を一言だけで表現すれば、IP技術革新のスピードとその汎用性(広範性)ということになる。わずか10年程度で100年の歴史をもつ電話市場に甚大な影響をもたらすことになろう。

 実際、ITU(国際電気通信連合会)が2001年3月、スイスのジュネーブで開催した「第3回世界電気通信政策フォーラム」では、IP電話サービスの世界的な普及を目指す宣言が採択された。同サービスの発展が世界的な経済活動の原動力になると位置付け、次のような点を強調している。

・インフラ整備にかかるコストやユーザーの利用料金での優位性
・発展途上国でのインフラ整備での活用の可能性
・既存の電話網との相互接続などへの取組み

 一部の新興企業のサービスで始まったIP電話は、単なる新商品・サービスの域を超えた扱いまでに至っている。

(3)企業のTCO削減と政府諮問会議「経済活性化戦略」

 多くの企業はITについての取り組みに余念がない。主だったものとして、SCM、CRM、ERPなどの企業システムの改革が挙げられる。現段階ではコスト意識の徹底が主な経営課題となっているケースが多く、コスト削減という効率化軸を超えた動きは一部企業を除き少ない。

 バリュー増加軸を明確にした上で企業バリューを高める処方については、主に本連載の第10回で言及したが、次回でもIPコミュニケーション革命として触れたい。

 今回はIP電話、すなわち通信コストに絞ると、企業の関心事としてTCO(Total Cost of Ownership)が挙げられる。ソフトバンク・グループのBBテクノロジーによる、前代未聞の法人向け定額制サービスが今春導入され、TCO削減にはこれも朗報だ。

 先の企業システムも今やIP技術やIP網が基礎になっている。IP電話とIP網ベースのIP-VPN、広域イーサネットといった新ブロードバンド・データ通信網(高速大容量の仮想的な専用線→第6回)を利用することで、その効果は絶大となろう。

 具体的には、加入電話の基本料金を削減できる点(後述)、そして、現行専用線から同データ通信網へのリプレースによりコストは5分の1程度となる。この時の広帯域(高速大容量)性を考慮に入れれば、そのコスト・パフォーマンスはトータルで数十倍となるはずだ。今年になってからIP電話では積水ホームテクノ、新データ通信網では東京三菱銀行や三井住友銀行などの大規模な導入が相次いでいる。

 政府諮問会議が今年6月に発表した「経済活性化戦略(6つの戦略)」でも、あらためて言及している「ブロードバンド・IT」による21世紀の新たな需要創造は、その主役たる企業の足元のコスト削減と経営の効率化にかかっている。

 現在のIP電話の安さは、必ずしもIP技術によるものではない。政府の進める規制緩和策(接続料金の値下げ、ダークファイバーの利用促進)が寄与していることは大きい。

 ただ、同「戦略」の文言を見る限り、産業力強化のためにIT化推進(IT投資促進税制措置見直し)、高コスト構造の是正、光ファイバーの開放など重要事項が盛り込まれているが、IT化とはとりもなおさずIP革命(インターネット革命)を実行することと再認識すべきである。

 革命遂行は最大限、市場原理に委ね民間企業の活力を引き出すことだ。わが国の政治家や官僚は、米欧と比較しても、このIP革命の本質がどうもお分かりになっていないようだ。「戦略」の要旨だけでは、目指す経済活性化のシナリオの中身が映し出されたものに感じられないのは筆者だけであろうか。

(4)IP電話は通信業界を震撼させるポテンシャルを内包

 上述の専用線市場はNTT東西会社の収入約5兆円の14%弱(約7,000億円)であり、両社のコア事業が現在も加入電話サービスであることに変わりない。従って、IP電話の与えるインパクトは大きい。

 最近では会員間のサービスにおいては無料電話が使え、TV画像などの付いたチャットや映像の交換なども同時に行えるなどの新しいコミュニケーション形態が普及すればするほど、つまり、ユーザーが多くなることで得られる利便性が高くなるほどそのサービスの価値が高まる(ネットワークの外部性)。そのサービスのユーザー数Nが増えるに従い、Nの二乗に比例してユーザーの便益が増加する。したがって、先じて多くのユーザーを集めた方が圧倒的に有利な立場に立つ。

 このような通信市場を決定付ける特徴を認識した上で、NTTをはじめとする既存電話会社の現行事業のかく乱につながるケースを、次のように整理する。 

 法人企業ユーザーにおける一部回線の解約と基本料金の減収
 ◇
NTT東西にしてみれば、約5,000万の加入電話契約数のうち約25%を占める業務用の1,250万の大半が、ゆくゆく加入者回線を解約する動きに直面することだろう。
 ◇最近のIP電話は目下急増中のADSL(非対称デジタル加入者線)サービスの付帯的サービスとして提供されており、特に中小企業で一般加入電話やISDNあるいは携帯電話など複数の回線を契約している場合、その一部をIP電話に乗り換える動きも本格的に始まる恐れがある。
 ◇そうなるとNTTグループでは、NTTコムよりもNTT東西が解約に伴う基本料金の差額分が減収要因となる。これは決して少なくはなく、計算の仮定にもよるが、数百億円規模の減収の可能性も出てくる。

加入電話ユーザーがIP電話にシフトすることの減収
 ◇
5年後を考えると、加入電話とISDNの契約者数がブロードバンドIP電話加入者数と拮抗(きっこう)するほどの広がりをIP電話が持ちえるシナリオが描ける。会員同士の無料電話のネットワークは、1994年の端末売り切り制導入で普及の弾みが付いた携帯電話や、1993年以降の商用インターネットサービスの普及状況をほうふつさせる。
 ◇携帯電話の加入者数が急増し6,000万を超え、頭打ちになりつつある。固定電話の契約者数の減少要因に、新たにIP電話が加わった。その影響はNTT東西に加え、NTT以外の長距離電話会社(KDDIなど)にとっても、距離に依存しない料金体系をとるIP電話は脅威となる。
 ◇過去のネットワークサービスの経験則から、固定電話5,000万加入の約10%が、FTTHユーザー増加とIP電話シフトが重複する要因ゆえ解約する場合には要注意だ。その後、なだれ打って減少していき、うまい代替を見出せなければ数兆円単位の減収の可能性も出てくる。もちろん減収額算定には、FTTHサービスの増加分を考慮すべきであるが。


 現在はNTT東西も他電話会社も、ほとんど影響を被るほどの動きにはなっていない。ただ、ハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授の「イノベーションのジレンマ」を持ち出さないまでも、一見取るに足らない安価でシンプルではあるが「破壊的な技術」とその動きが加速され、既存市場を根底から覆すケースは、幾つも散見される。

 次の第12回では、こうしたネガティブな動きのことを言い放しにはせず、少し踏み込んだ内容に触れたい。すなわち、特殊法人(特殊会社)扱いに依然されているNTT東西会社を中心に、一方で未だ変革の蚊帳の外にあるかのように扱われている特殊法人問題と、それでもIP技術により今日以上のイノベーションを経験することとなるIT・通信(ICT=InfoCommunications Technology)市場の一端(見通しや処方箋など)について触れてみたい。


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