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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第16回「なぜ今ADSLか?――Yahoo!BBを分析する(上)」

新保 豊

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2002年11月22日

(1)ソフトバンクの中間決算とYahoo!BBの躍進。なぜ今ADSLなのか?

 ソフトバンクおよびビー・ビー・テクノロジー(BBテクノロジー)の孫社長自らによる中間決算発表が、東京のホテルオークラで2002年11月13日に行われた。筆者はその時、IT投資に関する講演の最中で、残念ながら直接その熱気を感じることはできなかった。プレスリリースの雰囲気については、マスコミやアナリスト、金融機関からの大勢の出席もあり立ち見が出るほどであったようだ。

 2002年10月末には、業界最大の120万超の顧客(回線数)をもち、IP電話のBBフォンも77万を超えたという。関係市場でも久しくこのように躍進・発展している商品・サービスは、今の日本には見当たらない。盛況ぶりもうなずける。

 熱気という意味では、2000年春のIT・ネットバブル崩壊後だったろうか、東京目黒の雅叙園で、今はすっかり影を潜めた、インターネット・データセンターのセミナーが開催された時にも同様のものがあった。バブル崩壊後の新ビジネスの切り札として、当時のゼネコンなどの建設事業者や自治体などの関係者らが熱心に本場米国のアグレッシブな動き・取組みについて聴き入ったそうである。

 何だか両者は似たような話であるが、果たしてそうだろうか?

 ソフトバンクといえば、いろいろな意味で世間に注目される企業である。設立時のソフトウェア流通に始まり、IT・ネットバブル頃の2000年2月には、時価総額で20兆円を超える企業であった。以前にYahoo!Japanを起し、あるいは最近では米Yahoo!株を一部売却するなどの投資会社的な顔ももつ。そして、今回のADSL事業にはグループのリソースを結集している。

 しかし、なぜ今ADSLなのか?

(2)DSLは米国では失敗したのではないか?

 ADSLとはDSL(デジタル加入者線)に「A」すなわち「Asymmetric:非対称」を付けて、通信速度が行きと帰りで異なる意味を表すものだ。ユーザー数などの規模の観点から、DSLではADSLが主役となる。

 米国ではこのDSLサービスを提供する事業者が特に地域通信キャリアに分類されるため、彼らをDLEC(DSL系のLEC:Local Exchange Carrier)と呼んでいる。わが国では、Yahoo!BBのBBテクノロジーやイー・アクセスやアッカなどが、ほぼそれに当たる。

 しかし、DSL事業者はIT・ネットバブルでほぼ壊滅状態に追いやられ、債権者からの11億ドルの借金免除を受け、再建計画を実施中のCovadのみが、DSL市場にどうにか残っている状態である。

 米国DSL事業者の凋落には、次のような要因があった。



実力不相応な借金で設備投資を行い、キャッシュフローを悪化させたこと
   ◇ DELCに限ったことではないが、当時の高株価に基づく信用を背景に簡単に資金調達が行えたことが、事業に対する感覚を麻痺させた。

 ● 取引先や顧客の業績が低下し、資金繰りにも困窮したこと
   ◇ サービス提供先のISP(インターネット・サービスプロバイダー)、CLEC(競争的地域電話会社)の収支の悪化により、DLECは売り掛け金の回収ができなくなった。
   ◇ また、金融機関はおおむねDLECへの貸出しを中止した。アナリストやらウォールストリートの見方も冷ややかだった。

 ● COVAD考案の「DSLのリース・再販方式」モデルは、米国ではうまく機能しなかったこと
   ◇ 地域電話会社からDSLをリースしてこれを再版するという業務の仕方が、当時注目されたが、一般的に新興企業の不得意とする折衝・コミュニケーションが不十分で、DLECの架設の大幅な遅れがユーザーへの信用を失墜させ、ブランドを大きく傷つけた。
 ●  結果、地域通信市場が、RHC(Regional Holding Company)の独占的状態に回帰するかっこうとなり、ますます新興企業が入る隙がなくなってしまったこと
   ◇  同市場はエンドユーザーにじかに接しブロードバンド普及の鍵を握るものであるにもかかわらず、1996年米通信改革法の目玉であった、長距離市場と地域市場の相互参入もほとんどないことに加え、期待のDSL市場においても、RHC 4社(Verizon、SBC Communications、BellSouth、Qwest Communications)が支配することで、新興企業ははじき出された。

(出所)通信事業者、規制機関、競争監視機関、消費者団体、「DRIテレコムウォッチャー」などを参照

 しかしながら、現下のわが国ADSL市場の動きに目を転じると、これら要因を熟知した上で事業展開する、日本のADSL事業者には、どれも殆ど当てはまらないように思われる。

(3)「違い」が依然、分からない市場関係者による評価

 ADSLが米国で振るわないのは、そもそも実質2〜5km程度までのエリア限定というADSLの特性ゆえの問題もあろう。急速に普及した韓国やシンガポールのように、人口集中している都市部ならともかく、広大な州都市部には、ADSLはそもそも馴染まない。また米国では、CATVサービスが人口比で約7割も普及しているなか、CATVインターネット接続サービスが定額制かつ手頃な価格て提供されているため、差別化のつけにくいADSLサービスが苦戦を強いられる構図となる。当然かも知れない。

 日本では次のような有効競争環境の観点で、米国(あるいは欧州)とは大きな違いがある。


NTTのダークファイバー開放
   ◇ 2000年にNTTのダークファイバーが開放され、競争事業者にとっては、それを賃借するなどの形態で、自前のネットワーク・システムを構築・保有することが可能になった。

 ● 加入者回線設備に係る接続料のアンバンドル化、NTT東西の局舎に係るコロケーションルールの整備
   ◇ これらにより新規事業者参入による、非常に活発な競争環境ができた。
   (注) アンバンドル化:地域の通信事業者に対し新規参入事業者向けに、自社のネットワークを安い料金で貸し出すこと。
コロケーション: 接続事業者が接続に必要な装置を、指定電気通信設備を設置する事業者の建物、管路、とう道、電柱等に設置すること。

 欧州では、英国のBT(ブリティッシュ・テレコム)が2002年2月、DSL回線の卸売り方式をとることで、アンバンドリングを無視し、DSLサービスの推進をはかると発表した。この非アンバンドリングの動きは、EUに共通的な現象である。

 このアンバンドリングを忠実に実施している電気通信事業は、世界のなかで日本だけともいえる。わが国のADSLの市場拡大を見るにつけ、これらインパクトは大きく、この点はもっと評価されるべきだ。無論、アンバンドリング等の条件実現は、アッカ、イーアクセスに加え、BBテクノロジー等の事業者からのNTT東西や総務省への強力な働き掛けがあったことの賜物である。

 にもかかわらず、格付け会社や金融機関(あるいはアナリスト)には、どうも日米の違いが分かっていない様子も感じられる。このことが理解できていなければ、ADSLなど米国における「市場の失敗」の象徴にも映ろう。

 実際いきおい、次のような反応となる。

 米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスによると、2002年 9月12日、ソフトバンクの無担保長期債務格付けを「B1」(好ましい投資対象としての適格さに欠ける)から引き下げの方向で見直すと発表された(その後、引き下げはなかったのだが)。見直しは、(1)ADSLのインターネット接続サービスの事業環境が一段と厳しくなっていることから、(2)同社の収益とキャッシュフローが引き続き圧迫されるためとしている。ただでさえ不況で閉塞感が漂う環境下、市場の警戒感が強まった。

 もちろん、2001年6月の月額2,300円前後という世界で最も安価な「Yahoo!BBショック」(ADSLサービス)以来、加入者数は急増(2002年9月末で420万超)しているものの、一方で他に類を見ないほどの価格競争が進み、どの事業者も損益分岐点に達するような収益基盤の確保(キャッシュフロー獲得)において不透明感を依然拭えないこと、あるいは市場の縮小均衡になるのではないか、との根強い懸念がある模様。

 それはそれで理解できる。しかし、本当にそうだろうか?



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