1.学生の関心に気づく、関心を呼び起こす
「子どもの声を聴いて動いた研究員のココロ」シリーズで今回は、関西大学の「SDGs入門」(※1)という講座を担当している大嶋、古賀、野田の3名に話を聞いた。
「SDGs入門」では、入門と言いつつも、既に基礎的な知識は高校などで学んでいる学生が多いため、今後就職活動を経て社会に出ていく学生が仕事を通じてSDGsに貢献できることと、ポストSDGsを意識した構成としている。オンラインでの全15回のうち、大嶋と古賀が、それぞれ気候変動と生物多様性を軸とした環境分野、野田がジェンダー平等や働き方、技術と倫理などの人権分野を担当してきた。加えて、村上が金融や組織、インパクト評価などの経営的な分野を担当し、5年目を終えたところである。
毎年、テーマは変わらないが異なる学生向けに、時事的な新しさを盛り込んで授業の内容を考える。その繰り返しのなかで、毎回出題する小レポートを通じて返ってくる学生の反応から紹介したい。
例えば大嶋は、毎年、この科目を選択した学生がSDGsの17の目標のうちどれに関心があるかという手元の情報と、国内の経営者の傾向を読み比べる。企業が関心を寄せるのはビジネスにつながる取り組みやすい観点が多い一方、学生は、学校で学んだりアルバイトで経験したりした内容を素直に反映しているように感じるという。
気候変動を専門にする大嶋にとって、意外なほど反響が大きかったのが、「少子・高齢化が気候変動対応に及ぼす影響をどうみるか」というレポートを元にした講義だった。日本総研社内で議論したポイントを少し紹介するつもりで取り上げたところ、講義の内容を踏まえたレポートでこのテーマに触れる学生の割合が3割程度はあったという印象だ。
家族の介護を身近でみている学生も一定数いるなかで、学生が関心をもつことと、気候変動のような地球規模の環境問題とがフィットするポイントがあることを実感し、翌年からはそれを厚めに説明した。反応してくれると、のちのち反映できる点が面白い。
2.大学での学びの意味、教える意義
大学生は、さらに進学する人もいるとはいえ、一般にいう入試が終わって、自由に学ぶことができる時期である。高校までにSDGsを学んだ経験のある人が多いものの、入試の主要科目でSDGsに向き合うことはおそらく少ない。「教科書に書いてあるか」「入試で必要か」を考えずに勉強できるのは大学ならではともいえる。
このような「自由な」大学生に何を伝えるかということに加えて、「SDGs入門」は全学部共通の教養科目であり、専門分野も学年も多様であるという特徴がある。興味や専門知識のレベルがまちまちな学生を相手に、各分野の基礎的なところから整理して、産業界の状況も含めて体系的に伝えることは、日常的な仕事のなかでは実はあまりない。日本総研の研究員が日常的な仕事でやり取りする相手の多くは、行政や企業、メディアである。こうした「大人」の関心はある程度絞られていてその前提で対話することがほとんどである。「教えることが一番勉強になる」とはよく言われることだが、それを実感する。
メーカーで製品開発等に携わってから日本総研に転じた野田は、大学生という「消費側から生産側にまわる、立場が転換するタイミング」「これからの仕事を選ぶタイミング」において、何かの指針になるような内容を心がけた。SDGsには、国際社会で合意された正解のように思われてしまう性格もあるが、「唯一の正しいもの」のように受け止めない思考が求められる。そうしたトレーニングが、のちにビジネスの立場になっても、問いかけや疑いを忘れないことにつながるのではないか、という思いがあった。
同時に、大学生にとって重要なことは、現実には単位である。そして、就活に向けては、上記のような視点の育成が重要とはいえ、「とりあえず知っておきたい」ニーズも底堅くある。そこで、ジェンダー平等や多様性という政策やビジネスでは一般的に使われる用語についても、学生にとって切実で身近な(言い換えれば、俗っぽい)問題と引き付けて語れるように、ルッキズムやムダ毛といった切り口を使った。野田自身が専門的に研究してきた領域であり、手ごたえも得られたという。
3.オンライン限定での授業とAIとの付き合い方
オンライン、かつフルオンデマンドの授業形態であるため、学生の反応は、小レポートの内容に加え、視聴率や小テストの出来具合で推しはかることができるが、いずれも、デジタル上の文字のみのコミュニケーションで、リアルタイムのやり取りを前提としない。リアルで話したいという気持ちが生まれないわけではないが、この形式だからこそ、かなりの人数の学生が選択することができるため、各学生が、それぞれの専門分野で取り組むゼミなどでの濃い学びにつなげてもらえればよいと思っている。
また、いかに「単に生成AIにレポートを書かせないか」という工夫も行っている。生成AIがなかったころには、「○○について調べて考えたことをまとめる」といったお題もあったが、今となっては、生成させて終われるような課題設定はあり得ない。小レポートを個人の実体験に基づいて書くように、出題の仕方を工夫するようになった。
生物多様性や自然資本を専門とし、食品やアパレルなどの産業を中心に取り上げた古賀の場合、学校行事やボランティアなどを通じて自然に触れる体験をしたことがあるという回答が「結構多かった」というちょっとした驚きもあった。レポートの提出は毎回の義務ではないため、すっと書けるような経験があるからこそ提出してきた学生が多いとは思われるものの、内容には、清掃から林業ボランティア、購買時の環境に配慮した商品選択まで広がりがあった。食品や衣服は日常的に取り組みやすいテーマでもあるため、大学に入るまでのどこかのタイミングでそれらにつながるような経験作りもしてきている可能性を感じたという。
SDGsや環境問題について、今の大学生は小学生の時から学んできている。一方、その経験がないことの多い企業の現在のマネジメント層に対しては、「なぜ、取り組まなくてはいけないか」を納得してもらうことは簡単なことではない。古賀のように長年、ビジネスで生物多様性に取り組んできた立場からすると、その「なぜ」の部分を「すっ飛ばせる」世代がもうすぐそこにいるのかもしれないと感じられた。実体験も含めた学びの蓄積効果は大きい。
生成AIとレポートとの関わり方という点でいえば、使う前に一度、自分の中にある、深い部分に触れる機会を作れるかどうかが、これからの「書かせ方」に必要な技術になるのかもしれない。
実体験に基づく感覚値を落とし込めた文章が、読み手に与えるインパクトは大きい。村上にとっていまだに忘れられないレポートは、「大学で社会のためになることを勉強しているのに、自社の利益しか考えていない会社でアルバイトをしていることが嫌になり辞めた」という主旨のものだ。従業員による自社の評価を気にする企業は多いが、そこで念頭にあるのは正社員にとどまることが多い。けれども、学生アルバイトも間違いなく、勤務先の企業をみている。しかも、SDGsを何度も学んできている。彼らが労働人口の主たる部分を占める時ももう間もなく来ることに、現在の組織は備えられているか、それが学生から得られた重要な問いかけである。
(※1) 関西大学では「SDGsラーニングプログラム」を設け、教養科目や正課外での実践活動を含めた認定制度を有するほか、産官学の連携を推進する「SDGsパートナー制度」などがある。
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
関連リンク
連載:子どもの声を聴いて動いた研究員のココロ
・【第1回】 導入
・【第2回】 学ぶ目的を意識すること
・【第3回】 自分の感じ方を大事にできる環境づくり
・【第4回】 子どものリズムに耳を傾け、時間を共に過ごす
・【第5回】 ヘンテコに触れて自由になる
・【第6回】 大学生に教えて、学ぶこと

