1. 全国にいる知り合いとの共通の関心
「子どもの声を聴いて動いた研究員のココロ」シリーズ3人目の井上は、2022年に日本総研が武蔵野美術大学と共同研究拠点「自律協生スタジオ(コンヴィヴィ)」を開設して以来、共同研究をけん引してきた研究員である。また、一般社団法人NO YOUTH NO JAPANとともに、若い世代が希望を持てる社会の実現に向けて必要な政策等を考え発信するためのプロジェクト「YOUTH THINKTANK」を続けてきている。中高生、大学生や大学院生との接点が豊富で、同時に北海道森町、熊本県天草市をはじめ日本全国の地域とのつながりを多く持っている。
自身が記事「親をやめる」で書いたように、自身の子育てを通じて感じたことを表現してきた研究員のひとりでもある。
個人として引き受けている活動のなかには、一般財団法人私立新留小学校設立準備財団
コロナ禍以前は、地域のことは地域に行かないと聞けない、という不文律があったが、コロナ禍によって地域で活動している人たちがオンラインで交流するようになり、井上も全国に知り合いが増えたあとに現地へ足を運び、やがて芋づる式に、子どもや若者世代と関わる人との交流が増えていったという。そこで、井上が知り合いとの交流のなかで共感したりお手本にしたりしている、さまざまな大人の工夫を交えながら本稿をお届けしたい。
2.正解を教えようとしない
井上の話は、自身の経験に加え、子ども向けのアートスクール「アトリエe.f.t.」を20年以上経営し、最近では2022年度のグッドデザイン大賞を受賞した「まほうのだがしやチロル堂」
美術でもバスケでも、通常、子どもたちは大人たちから教えられる存在だ。子どもたちも、うまくなるための方法を教えてもらえると思っているかもしれない。そこであえて、正面から正解を教えないし、できないことを叱りもしない(一般のスポーツチームでは大人が子どもを叱ることが常態化している)。ただ、取り組む姿勢やその中に表れる個性を褒めることを繰り返す。そうすることで、子どもは練習方法を自分たちで考えたり、試行錯誤をしたりという主体性を発揮するようになるという。
大人にとっては、相手が子どもだ、と思うと、「教えてあげよう」「答えを示そう」「手助けしよう」と構えてしまいがちなところがある。しかし、「大人―子ども」という関係性以前に、一人ひとりの人間どうしだと考えられるかどうかで関係性は変わる。「教えるー教えられる」という上下関係をかぎ取った瞬間に子どもたちはやる気を失ってしまうため、アトリエe.f.t.では、「教えようとしていることを子どもたちに悟られないように全力で気を付けている」という。
本シリーズでは「子どもの声を聴いた研究員がどう感じたか」に着目しているが、井上に言わせれば、聴く側が暗に聞きたいと考えている声を、子どもたちのほうが察し、先回りして発してしまうこともある。「子どもたちの本心の声」と思っていることが、実は、「自分が聞きたい子どもたちの声」に過ぎないという事態が起きやすいのである。ただでさえ、今の子どもたちは大人に忖度することに慣れている。井上は東京大学の学生に、今の高校受験や大学受験ではかなりの割合が指定校推薦で進学するが、そういう子たちは内申書をよくしたいから、先生たちの前では自分が本当に思っていることは言わず、大人(先生)が好みそうなことばかりを言うのが当たり前になっていると言われたそうだ。その学生自身、中高時代に教室で自分の思っていることなんて言わなかったという。本当にそれがどこでも起きていることなのかは不明だが、自分の意見を言うことを怖がっている学生が多いことは、井上は学生たちとの付き合いのなかで感じていることだという。子どもの声を聴くと言いながら、子どもたちに本当に言いたいことを言わせない構造や関係性に子どもたちは取り巻かれてしまっているのかもしれない。
この話は、コンサルタントがさまざまな現場でヒアリング調査をするときに、こちらが言ってほしいことを答えられてしまうと、調査の本質的な目的は達成できないことと似ている。同時に、管理せずに、相手を信頼することで相手の主体性を引き出す手法は、マス向けのビジネスでは難しいかもしれないが、顔の見える範囲のスモールビジネスならば可能性があると井上は考えている。
3.リズムを意識し、時間を共に過ごす
加えて「声を聴く」というと、どうしても口に出す言葉のことを考えてしまいがちだが、井上が考える大事なポイントはリズムである。
例えば、両親とも企業でバリバリ活躍している家庭においては、仕事中に発揮される経済合理的な考え方が、家庭にもどうしてもしみ出しやすいのではないだろうか。親としても限られた時間のなかで、仕事も子育ても効率を最大化し成果を出そうと頑張ってしまう。親が悪いわけではなくても、ビジネスを知らない子どものリズムと合うとは限らない。むしろ、合わない可能性が高い。
親子でぎくしゃくしてしまったり、子どもが学校に行きたくなくなったりする背景・事情はさまざまだが、リズムが合わないのに無理をして歌うのが難しいように、話すことも難しくなる。親が仕事モードから子どものリズムに切り替えられることが、子どもの感覚や感性を理解する手がかりになるのかもしれない。あわせて、職場がどこまで個人の状況を理解しようとするかという姿勢も、どのような職種でも重要だろう。
また、子どもの表現方法は、言葉だけとは限らないし、上述のように、子どもは大人の欲しい答えを先回りして言葉にしてくる可能性がある。そう考えると、家庭内であっても、地域や仕事のなかであっても、大人が子どもと共にじっくり過ごす時間を作っていくことが必要だという。
井上が関わったプロジェクトのなかの一例として、北海道の森町では、中学生が自分の好きな場所の写真を撮ってきてそれについて説明するワークショップを実施した(※1)。4回のワークショップを通じて、参加した中学生それぞれができるだけ丁寧に写真のことを説明できるように、説明に使う言葉を選んでいく。思っていることや感じていることをちゃんと出してよい場なのだと、まず理解してもらうことが重要だという。
そうしたことには時間がかかる。しかし、一人ひとりの人間が個人として尊重され、生命や自由、幸福を追求する権利があることをふまえるならば、強い立場になりがちな大人がその重要性に気が付いて、自分にとって身近なところにある場づくりに生かす意思がないといけないのだろう。
(※1) 詳細は 武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所「新町誕生20周年記念事業 事業実施報告書」P8
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません

