1.自由に考えよといきなり言われても
「子どもの声を聴いて動いた研究員のココロ」シリーズ4人目の八幡は、ずいぶん前から「僕は、文化祭みたいに仕事をしたい」と公言してきた。大きなイベントを企画運営するというよりも、教室単位でお化け屋敷を作るような意味合いである。現在、「未来デザイン・ラボ」というコンサルティングチームを率いつつ、「かちっとしたリサーチ・コンサルティングをやっていない」とも話す。
ではいったいどんな仕事をしているのかというと、企業のマネジメント層に向けて、幅広い未来の可能性を考えるためのワークショップを中心としたコンサルティングを提供している。未来デザイン・ラボの特徴は、未来を考えるにあたり、「変化の兆し」と思われる情報を山ほど集め、それらを丹念に読み解き、複数の未来シナリオを自由に構想するところにある(詳細はこちらを参照されたい)。何か1つの来るべき将来像を推奨したり評価したりするわけではないため、確かに「かちっと」はしていない。
さまざまなクライアント企業のビジネスパーソンと対話するなかで、「みんながみんな自由に発想する経験を持っているわけではない」と八幡は感じている。特に、企業経営と日々の実務を両方みているような管理職層にとって、自由に未来を考えるという心の持ちようや動き方は、日常的ではない。「自由に考えよ」といきなり言われても、経験のないことをにわかに始めるのは難しい。
2.お祭り、遊びには身体的な楽しさがある
そこで、子どものころから自由に発想する経験ができていると、大人になってからも楽になるのでは、という考えに至り、子どもたちにフューチャーズ・リテラシーと銘打ったプログラムを提供するようになった(詳細はこちら
を参照されたい)。また、自由に発想する経験があることによって、子どもたちにとって、今の世の中がもう少し生きやすくなるのではないか、生きづらさが緩和されるのではないかという思いがあった。未来よりも手前の現在を自由に生きるために、未来を自由に考えるためのリテラシーを身に付けておく。逆回りのようにも見えるが、あえて未来から考えることで、現在の「こうじゃなくちゃだめだ」という思い込みを減らし、子どもが大人に忖度してしまう場面を減らせるのではないかという思いが根っこにあったという。そのため、考える内容は「なんでもよい」。こんなことも、あんなこともあるかもしれない、やってみたいな、という思いが生まれるための仕込みにあたり、八幡はお祭りや、遊びを重視している。文化祭好きの真骨頂、行動原理のようなものかもしれない。
たとえば、「おみくじ」や「魚釣りゲーム」のように、誰でもすぐに分かり、手を伸ばせるような仕掛けを用いて、場を自然に盛り上げていく。おみくじを引いたり、磁石で魚を釣ったりしたときに、「えー!?」と声が出るような、意外な未来の絵が出てくる。学校の授業や幼稚園・保育園の生活のリズムと離れ、身体的な楽しさのなかに未来の兆しを埋め込めないかという工夫を凝らしている。
こうした活動のことを知り、八幡らに声をかけてくれる人のなかには教員の方もいて、高校でのワークショップもいくつか実施してきた。中には、知らない人がいないような進学校
もあるが、世の中のスタンダードでみれば生徒全員が優秀と思うような学校でも、子どもたち自身にとっては重要な差が生まれる社会でもある。進学先を文系としたクラスで、未来への変化の兆しについて大量に触れ合った授業の感想に、「理系には進めなかった私としてもやりたいことが見つかった」とか、「こういう私でいいんだな」といった内容が含まれてきたこともあるという。授業の主眼は生きづらさの解消ではないものの、こうした反応があると、お互いに感覚を共有できた気がするという。3.「なんだかヘンテコで楽しい」という文脈の体験を大事にする
八幡の話のなかによく出てくる言葉は「ヘンテコ」と「めちゃくちゃ」である。自由さとはそういうものだと言い換えているのかもしれない。大人も子どもも、日常生活のなかで見えている世界はさほど広くない。その外側、世の中で起こっていることが「ヘンテコ」で「めちゃくちゃ」だという体験、体感を追求しているのである。
「体験」というと、最近では子どもの「体験格差」という言葉をよく聞くようになった。育つ家庭の所得水準や環境によって、スポーツや習い事、旅行や自然との触れ合いなどを体験できるかどうかに大きな差が付くという問題である。格差は問題だが、八幡の話を聞いていると、「体験させるために習い事をさせよう」という発想を大人がしてしまうと、それはそれで画一的で均質的になってしまうのかもしれない、と感じた。重要なのは、「ヘンテコで楽しい」という文脈の体験であって、みんなが出かける場所に行く必要は特にない。
大人の話に戻ると、せっかく未来を考えるためのワークショップを開催しても「なんで自分が参加するのか分からない」という雰囲気の人もたまにいる。それは仕方がないとしても、変化の兆し情報に触れた後に、自分の知っていることを追認するような情報を拾ってしまう人に出会うと、「それを外してほしかった、既存の知識から自由になろう」と感じるそうだ。せっかくなのだから、もう少し柔らかくやった方が、企業としての競争力が高まりそうでもあるし、個人としての仕事を楽しそうにできるのではないかという思いが強くなる。ビジネスパーソンのなかで差を感じるのは、男女差もあるが、職種の差が大きい。「へんなこと」を言い出すのはデザイン職の人が多いという。加えて、デザイン職の人の仕事の範囲が、バリューチェーンの上流の方(研究開発など)なのか、下流だけ(製品の意匠のみ)なのかという違いがある。前者の方が、ワークショップの議論が盛り上がりやすい。子どものいるビジネスパーソンに向けて、家庭でも「変化の兆し」を話題にして、親子で話してほしい、という思いも抱いている。
今後、八幡にとって大きな脅威かつ機会になるのは、AIかもしれない。なぜなら、学生が書くレポートや就職活動時のエントリーシートでどんどんと生成AIが活用され、「つるんつるんした」コンテンツが増えていく。学生を含む子どもを取り巻く、かつ、子ども自身が作り出す環境や情報の没個性が進むなかで、どうやって「めちゃくちゃ」を伝えるのか。
「ヘンテコ」な突起物を均していくようなことを、AIはしているのではないか。そんな疑念を抱きつつ、「めちゃくちゃ」について伝える力をコンサルタントとしてどう養うのか。八幡の場合は、毎月、数を決めて「変化の兆し」を集め続けるノルマを課している。今月も、世界はこんなことであふれている、という発見を繰り返している。それをやり続けることは、剣道や柔道でいう「道」のようなものだという。未来から始まり、自由を感じるために「道」に至る。求道したくなった人は、ぜひ、note記事
もご覧いただきたい。※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
関連リンク
連載:子どもの声を聴いて動いた研究員のココロ
・【第1回】 導入
・【第2回】 学ぶ目的を意識すること
・【第3回】 自分の感じ方を大事にできる環境づくり
・【第4回】 子どものリズムに耳を傾け、時間を共に過ごす
・【第5回】 ヘンテコに触れて自由になる

