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Project 2024年度調査部シンポジウム「脱炭素社会への『公正な移行』に向けた企業の役割」

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インタビュー内容、役職、所属は取材当時のものです。

H.Oshima の写真

H.Oshima

2008年三井住友銀行入行。2020年より日本総研調査部
理学部

調査部 上席主任研究員 / 環境エネルギープロジェクトリーダー。調査テーマは、国内外の環境・エネルギー政策、企業・金融機関の環境対応など。調査テーマに関するレポート執筆(当社HPで公開)やグループ各社への情報提供、官公庁・企業等へのレク、メディア等への取材対応・寄稿、外部での講演などに取り組む。2024年にはシンポジウムを主催。

脱炭素社会への「公正な移行」を社会実装へ。調査部ならではの視点で挑んだ、大規模シンポジウムの舞台裏

イントロダクション

2024年度調査部シンポジウムのテーマに選ばれたのは、脱炭素社会に向けた「公正な移行(Just Transition)」。欧州などでは具体的な政策枠組みが動き出している一方、国内では政策文書での言及こそ増えてきたものの、実務レベルでは取り組みが十分とは言えず、概念としても抽象度が高い。このチャレンジングなテーマを、調査部の持ち味であるマクロ視点で整理し、産業横断的に社会へ発信していく役割を担ったのが、2023年に新設したばかりの環境・エネルギープロジェクトチームだ。企画からシンポジウム開催当日に至るまでの多岐にわたる工程を、大嶋がメインとなり手探りで積み上げていく。このプロジェクトの全過程──着任の背景、論点設定の知的格闘、当日の議論の実態、そしてその後の社会的広がりを振り返る。

着任

「公正な移行」を社会政策として再定義し、調査部から発信する必然性が生まれた瞬間

「公正な移行」とは、脱炭素社会への移行に向けた産業構造の転換において、労働者や地域、中小企業などが変化に取り残されないよう支援するための概念です。環境政策の領域で語られることが多い用語ですが、雇用の再配置、技能転換、地域産業の再構築、金融・投資の支援枠組み といった広範な領域と連携する、きわめて社会政策的なテーマです。欧州などでは具体的な政策枠組みが動き出している一方、日本では政策文書での言及が増えつつある段階で、実務面での理解や制度的な受け皿が十分とは言えません。だからこそ、このテーマを「調査部」が扱う意義は大きい。マクロの視点で再整理し、産業横断・地域横断で影響を捉え、制度設計や政策パッケージとして論点を組み立てられるのは調査部ならではです。

こうした背景のもと、2023年12月に部長から「来年度のシンポジウムは環境・エネルギープロジェクトチームで主催してみないか」と持ちかけられました。環境・エネルギープロジェクトチームは当時まだ発足したばかりの中堅・若手中心のチームで、イベント運営経験も人脈も十分ではなく戸惑いもありました。しかし、環境テーマはリサーチ、インキュベーション、コンサルティングが連携しやすく、中堅・若手が主導して企画をつくり上げるには格好のテーマです。そしてシンポジウムを「公正な移行」の議論を社会に届ける好機であると捉えたことから主催を引き受けることとし、本プロジェクトは間もなくスタートしました。

構想と試行

論点を磨き上げ、議論の舞台を整える試行錯誤の日々

最初に着手したのは、「調査部がこのテーマを扱う意味」を言語化することです。脱炭素への移行をテーマにしたシンポジウムやセミナーは世の中に多数ありますが、特定の産業や技術、規制・ルールなどにフォーカスしたものが多く、マクロの視点から、労働移動や地域経済への影響、さらに産業全体の構造調整まで踏み込んで議論する場は多くありません。調査部が扱うのであれば、脱炭素への移行で生じ得る「負の影響」にどう向き合い、どのような政策パッケージが必要になるのかを議論の中心に据えるべきだと考えました。まずは日本固有の条件を踏まえながら論点を「脱炭素社会への移行がもたらす構造変化」「労働市場への影響と必要な支援」「地域経済に生じる変化」「中小企業の事業転換と金融支援」「政策として目指すべき全体像」といった形に整理し、議題を提示する方向性を固めていきました。

他方、シンポジウムのテーマ・論点などの企画と同時に進めていた実務的な準備は、想像以上に量が多かったです。ロジを担う専任スタッフはいないため、チームメンバーで会場や外部委託業者との契約や社内の法務部との連携などを進める必要がありました。また、登壇者の確保も大変でした。「公正な移行」というテーマは、労働、産業、地域、金融といった領域が交差するため、特定の立場に寄りすぎると議論の幅が失われます。学術的な観点も含め、多様な論点に踏み込みつつ、抽象度の高いテーマでも前向きに議論してくれる方々を集める必要があったのです。しかし、環境・エネルギープロジェクトチームは新設間もない組織で、十分な人脈がありませんでした。そこで、理事長や理事をはじめとした上層部にも相談し、各界のキーパーソンとつながるグループのネットワークを総動員して候補者にアプローチしました。官公庁、産業界、学術界などから、社会・経済を俯瞰して話せるバランス感があり、こちらの無茶振りにも丁寧に向き合ってくださる登壇者の内諾を得ることができました。技術論に寄りすぎることなく、産業横断の実務や政策の論点に触れながら建設的に意見を交わしてくれる登壇者に巡り会えたことで、ようやく今回のシンポジウムの骨格が見えてきました。

成果

交錯する論点を繋ぎ、構造変化の本質に迫る価値のあるシンポジウムを実現

シンポジウム当日は、これまで積み重ねてきた準備が形になる瞬間でした。登壇者には、経済政策、産業政策、労働、地域、金融といった幅広い分野に通じた専門家が揃い、「公正な移行」を多角的に語っていただける布陣が整いました。個別の論点だけを深掘りするのではなく、産業横断・地域横断で起きる変化を一体として捉える姿勢を共有できたことが、議論の質を大きく左右したと思います。

議論は、脱炭素社会への移行がもたらす構造変化を起点に展開しました。そこから労働移動の課題、地域経済への波及、中小企業の事業転換、金融の支援枠組みといった論点が次々と立ち上がっていきました。一見すると独立したテーマのようですが、実際には相互に依存し合う関係にあります。労働者の技能転換が進むかどうかは、事業者の投資判断に左右され、その投資を可能にする金融支援の枠組みも欠かせません。さらに、それらが地域の産業構造にどのような影響を及ぼすのかまで考慮しない限り、移行期に生じる痛みを最小化することはできません。こうした重層的な連動性が、本テーマの難しさであり、同時に議論を深める意義そのものだと感じました。
また、私自身もパネリストとして登壇。主に労働移動や事業転換の負担は労働者よりもむしろ企業側の判断と行動によって左右される部分が大きいこと。誰がどのタイミングで動くことができるのか、その前提となる環境整備こそが移行を支える核心であるという問題意識を共有しました。

今回の議論を通じて浮かび上がったのは、移行を支えるために必要となる条件が単独では成立しないという事実です。構造変化・技術革新の恩恵と負担を公平に配分する制度、労働者・事業者がフォワードルッキングに動くためのリスキリングや事業転換支援、そして各産業・産業横断で起きる変化を支援する金融の仕組み。これらを包括的なパッケージとして設計していく必要性を私個人としてもあらためて実感する機会となりました。

反響・展望

個の研究を越えて部門横断へ。議論づくりの挑戦が導いた反響と、新たな協働への手応え

シンポジウムの成果は想像以上に広がりました。500名を超える参加申し込みが寄せられ、環境分野でありながらマクロ経済の視点から議論を組み立てた点に多くの反響をいただきました。政策、産業構造、労働、市場動向を横断的に扱う今回のアプローチは、他のシンポジウムやセミナーにはない独自性があったと感じています。三部門連携プロジェクトにもつながり、組織としての発信の幅も広がりました。また、個人としても多くの知見を得ることができました。調査部の仕事は基本的に個人で完結する場面が多いのですが、今回は他部門のメンバーと協力し、こうしたイベントを支える契約・社内手続きなども含め、チームとして企画・運営を行う経験を積めたのが特に大きな収穫でした。また、多様な専門家との対話を通じて、自分の問題意識をより深く掘り下げる機会にもなりました。議論の射程を広げ、社会全体の構造変化をどう捉えるかという視点が以前より明確になったと感じています。

今後は、今回の経験を活かし、自身の研究の質を高めるとともに、他部門と連携した政策提言や情報発信の取り組みにも積極的に関わっていきたいと考えています。社会や経済の変化を正面から捉え、政策や実務につながる知見を発信し続ける。それが、調査部として果たすべき役割だと感じています。