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子ども向けの商品は「子どもの最善の利益」にかなっているか(第6回)

2012年06月25日 村上芽


・はじめに
 子ども向けの商品が「子どもの最善の利益」にかなっているかという観点から、紙おむつ、おもちゃ/キャラクター商品、衣服、靴、食品を取り上げてそのあり方を検証してきた。共通して指摘したのは次の2点だ。まず、企業と消費者の双方が、おとなの都合や短期的な嗜好を優先した結果、長期的または本質的な「子どもの最善の利益」にかなっているとは言いがたい状況が生まれている点である。次に、子ども向けの商品を提供する企業には、短期的な消費者ニーズに応えることとは別に、自社商品が子ども自身に与える影響を突き詰めて考えるという重要な社会的責任があるという点であった。
 取り上げた5種類の他にも同様の課題を抱える商品は存在するが、個別の領域での検証はいったん終了し、なぜこのような課題が生じてしまうのかという背景を考えみたい。今回は子どもの権利に関する国際条約と日本の基本的な政策状況を比較する。

・子どもの権利条約
 子どもの権利について、おとなはどのように考え、それを保護するための約束を自らに課しているのだろうか。その最高峰にある「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」は、子どもの基本的人権を国際的に保障するために定められた条約である。1989年に採択、90年に発効し、日本は94年に批准している 。子ども、ここでは18歳未満の者にもおとなと同様の人権享有主体としての地位を保障しようとしており、麻薬や性的搾取・虐待からの保護など、子どもであるために特に必要な保護規定が多く設けられている。
 条文の中で注目したいのは、第3条と第12条である(下線は筆者による。以下同様)。
第3条 1 児童に関するすべての措置をとるに当たっては、公的若しくは私的な社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする

第12条 1 締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において、児童の意見は、その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする。
2 このため、児童は、特に、自己に影響を及ぼすあらゆる司法上及び行政上の手続において、国内法の手続規則に合致する方法により直接に又は代理人若しくは適当な団体を通じて聴取される機会を与えられる

 お読みいただくと、子どもという将来世代が、ずいぶんはっきりと「おとなの世界」に対して自己主張しているように感じられないだろうか。「まるで大人社会に“殴り込みをかける”かのような画期的なもの」とも評されている※2
 2002年に開催された「国連子ども特別総会」で採択された「子どもたちにふさわしい世界」※3という文書でも、10項目にわたる原則の1番目に「子ども最優先」として、「子どもに関係するすべての行動において、子どもの最善の利益が第一義的に考慮されなければならない」と謳われている。

・国内法の状況
 日本は、条約の批准にあたっては特に国内法の整備を行っていない※4。現在、子どもの権利条約の理念に言及した法律は、2009年(平成21年)施行された「子ども・若者育成支援推進法」である。ここでは次のように定められている。
(基本理念)第2条 子ども・若者育成支援は、次に掲げる事項を基本理念として行わなければならない。
 2 子ども・若者について、個人としての尊厳が重んぜられ、不当な差別的取扱いを受けることがないようにするとともに、その意見を十分に尊重しつつ、その最善の利益を考慮すること
(意見の反映)第12条 国は、子ども・若者育成支援施策の策定及び実施に関して、子ども・若者を含めた国民の意見をその施策に反映させるために必要な措置を講ずるものとする。

 第2条に「最善の利益を考慮すること」とあるが、冒頭に「子ども・若者育成支援は」とあるため、「児童に関する全ての措置」を対象としている子どもの権利条約に比べると、かなり範囲が狭められている感が否めない。子どもの権利条約でも、実際の措置をとるのは「公的若しくは私的な社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関」のいずれかと想定されており、私的企業までも直接に言及していないため、実際のカバー範囲は大きく変わらないのかも知れない。それにしても子どもの最善の利益を高らかにうたっているようには感じられず、反抗期の子どもが読めば、「支援なのだから最善の利益を考慮されて当たり前!」という反発が聞こえてきそうなほどである。
 第12条については、一見すると子どもの権利条約第12条に呼応しているように思えるが、内容はまったく異なる。なぜなら、まず、意見の対象は条約のいう子どもに関係のあるすべてのこと、ではなく「子ども・若者育成支援施策の策定及び実施」に限定されている。さらに、条約では子どもが意見を聞いてもらう機会の確保をうたっているのに対し、ここでは子どもと若者は国民の一部としてさらっと扱われ、せいぜい「子どももパブコメに参加してください」と言っているのではないかとさえ思われる。
 以上、国際条約と国内法それぞれ1つずつを比較した限りではあるが、「子どもの権利条約」の、子どもをおとなと同様の人権享有主体とみる特徴的な精神は、国内法の条文には反映されているとは言い難い。なお、「子ども・若者育成支援推進法」は、趣旨・目的を「子ども・若者育成支援施策の総合的推進のための枠組み整備(基本法的性格)」※5とされている。言い換えれば、「基本法」がないということになる。

・子ども・若者ビジョン
 一方、「子ども・若者育成支援推進法」に基づく大綱である「子ども・若者ビジョン」では、次のような項目がある。
第2 基本方針 5つの理念
(1)子ども・若者の最善の利益を尊重
 日本国憲法及び児童の権利に関する条約の理念にのっとり、子ども・若者の個人としての尊厳を重んじ、発達段階に応じてその意見を十分尊重するとともに、その最善の利益が考慮されることが確実に保障されることを目指します。
第3 子ども・若者等に対する施策の基本的方向
(2)①社会形成への参画支援
(子ども・若者の意見表明機会の確保)
 政策形成過程への参画促進のため、各種審議会や懇談会等における委員の公募制の活用、インターネット等を活用した意見の公募等により、子ども・若者の意見表明機会の確保を図ります。
 子ども・若者育成支援施策や世代間合意が不可欠である分野の施策については、子ども・若者の意見も積極的かつ適切に反映されるよう、各種審議会、懇談会等の委員構成に配慮します。

 基本方針を読むと、確かに子どもの権利条約の理念に基づいた考えで施策が実行されるという期待を抱かせる。しかし、よく読むと「子ども・若者の意見表明機会の確保」の内容は、特に「子ども・若者」が対象ではなくてもこのような表現になったのではないかと思うほど、ごく当たり前のことが書いてある。また、「公募」という受け皿さえ設ければ自然と意見が集まるかのような書かれ方であり、「子どもには聴いてもらえる権利がある」という認識はないようだ。さらに、子ども・若者の意見が反映され得るのは、やはり支援施策と世代間合意が不可欠である分野に限定されており、ではどの分野が「世代間合意が不可欠」なのかどうかという定義はなされていない。重要な定義があいまいにされたうえ、子どもの権利条約のいう「児童に影響を及ぼすすべての事項について」と比較すると対象範囲を狭められている印象を受ける。
 「子ども・若者ビジョン」は主に学齢期以降の子どもを対象としている。これに対し、乳幼児とその家庭には、「少子化社会対策基本法」とそれに基づく大綱である「子ども・子育てビジョン」がある。少子化社会対策基本法は子どもの権利条約と直接の関係にないが、「子どもが主人公(チルドレン・ファースト)」という表現が見出しに用いられている。しかし、本文を読むと、早々に「おとなの都合」にぶつかってしまう。以下は、ビジョン冒頭である。
第1 子どもと子育てを応援する社会に向けて
○子どもが主人公(チルドレン・ファースト)
子どもを大切にする社会をつくりたいと思います。それはわたしたち人間すべてが子どもである時代を経て、大人へと成長する存在だからです
 子どもは社会の希望であり、未来の力です。子どもの笑顔があふれる社会は個人の希望や夢を大切にする社会です。だからこそ社会全体で子どもと子育てを応援していきたいと思います。
 子どもにとって安全で安心な社会は、すべての人にとっても安全で安心な社会でもあります。キッズデザインの普及や、質の高い子どもの居場所づくりは、日本経済の活力にもなりえるのです。わたしたちは子どもが社会の主体的な一員であると位置づけ、その子どもと子育てを国、地方、企業(職域)、地域、NPO、家庭、個人など社会全体で応援する姿勢を明確に打ち出すことで、豊かな日本社会をつくり続けていきたいと考えています。

 最初の文章で、子どもを大切にするのは、子ども自身がおとなと同じように大切な存在だからではなく、いずれおとなになるからだとしている 。少子化社会対策基本法は子どもの権利条約と直接の関係にないとはいえ、条約の批准国がまっさきに挙げる、子どもを大切にする理由として、ふさわしいといえるだろうか。「子どもが主人公」とする理由は、子ども自身の存在を認めているからというよりも、子どもを大切にしておかないと経済活力が失われておとなが困るからだ、という姿勢が感じられて仕方がない。第三段落で、キッズデザインという耳あたりのよい言葉が唐突に出てくる。10ページまで読めば「子ども目線のものづくりの推進(キッズデザインの推進)」という説明が出てくるが、いったいどのようにして「子ども目線」を確保するのか、手続きや方法への言及がないため具体性に欠ける。

・「子ども基本法」で「子どもの意見の聴取」を追求するべき
 以上のように、国内の子どもをめぐる基本的な政策文書からは、子ども自身を主体性のあるステークホルダーと認める姿勢や、意見を聞こうとする具体的な姿勢が見られない。「具体的な姿勢」は、法律レベルでは意見聴取のための細かなルールを定めることではなくてもよい。むしろ、子どもに最も近い公共団体である市町村に、実情に見合った意見聴取の方法を定めることを促すべきではないだろうか。現在の法律と政策の関係では、「子ども・若者育成支援推進法」と「子ども・若者ビジョン」、「少子化社会対策基本法」と「子ども・子育てビジョン」が、それぞれ法律とそれに基づく大綱という関係にある。
 前者は学齢期以降、後者は乳幼児という注釈を付けなくてはいけないぐらいであるので、いっそのこと「子ども基本法」を作り直して、年齢で区切ることなく、子どもが意見を表明する権利についてしっかりと向き合ってはどうだろうか。

・おわりに
 本シリーズでは「子ども向け商品」の提供主体である企業にフォーカスして分析を行ってきた。筆者は当初、国際法や国内法は企業に対して公共の利益を代弁するステークホルダーであり、商品が「子どもの最善の利益」に与える影響について突き詰めて考えるべし、とのメッセージを何らかの形で出していると考えていた。しかし、読み比べてみると、子どもの権利条約と比べて国内法は、「子どもの最善の利益」を掲げつつも、子どもを主体として捉える姿勢が弱く、子どもの意見の聴取に関してあいまいであることが分かった。このことは、次の3つを示唆していると思われる。
① おとなに従属しているのではない主体として子どもを捉え、その長期的または本質的な利益を考える土壌が日本社会に不足している。
② 従って、子どもの権利や利益の確保について議論を深め、具体的に実践することが求められる。
③ 日系企業が海外で事業を展開するにあたっては、国内での常識よりも鋭く、子どもの権利や利益について考える必要がある。

 次回はマーケティングにおける子どもを取り上げて最終回とする。

※1 さらに遡れば1948年に「世界人権宣言」が採択され1976年に「国連人権規約」が発効した。国際法上はその後、個別的な人権を対象とする条約、例えば1951年「難民条約」、1965年「人種差別撤廃条約」、1979年「女子差別撤廃条約」などが作成されている。
※2 桜井智恵子(2012)『子どもの声を社会へ』岩波新書
※3 2002年5月10日国連総会「S-27/2 A world fit for children」。文書名訳は外務省「国連子ども特別総会 概要と評価 平成14年5月30日」。翻訳は平野裕二訳をもとに筆者仮訳。
※4 加藤信之他(1996)『現代国際法講義[第2版]』有斐閣
※5 内閣府「子ども・若者育成支援法について」
※6 同様の表現は「子ども・若者ビジョン」にもある。




※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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