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子ども向けの商品は「子どもの最善の利益」にかなっているか(第7回)

2012年07月25日 村上芽


・はじめに
 子ども向けの商品が本当に「子どもの最善の利益」にかなっているか。本稿では、こうした観点から、紙おむつ、おもちゃ/キャラクター商品、衣服、靴、食品を具体例にそのあり方を検証してきた。さらに、前回は子どもの権利に関する国際条約と日本の基本的な政策状況の比較を行った。筆者が指摘したかったのは、まず、企業と消費者の双方が、おとなの都合や短期的な嗜好を優先する結果、長期的または本質的な「子どもの最善の利益」にかなっているとは言い難い状況を生んでいることである。そして、子ども向けの商品を提供する企業には、短期的な消費者ニーズに応えることとは別に、自社商品が子ども自身に与える影響を突き詰めて考えるという重要な社会的責任があるということである。今回は最終回として、現状を再確認するためにアメリカの先行研究を紹介する。さらに、企業の社会的責任の果たし方について、社会的責任に関する手引であるISO26000における取扱いを紹介し、日本企業や政府の行動を提案したいと考える。

・今の子どもに生まれたら
 マイケル・サンデル(2012)『それをお金で買いますか 市場主義の限界』やジュリエット・B・ショア(2005)『子どもを狙え!キッズ・マーケットの危険な罠』を読むと、本稿で取り上げてきた問題などは氷山の一角に過ぎず、子どもの衣食住や学びの環境がいかに無防備に市場経済に取り込まれ、消費文化に浸かってしまっているか、子ども向けの商品の売り込みに、いかに多大な資源が割かれているか、暗たんたる気持ちになる。
 筆者は市場経済や消費文化をすべて否定するわけではないが、「子ども」でさえも、利益の対象として分析・利用され尽くされてしまうブレーキの利かない社会では、「健やかな成長」は期待できそうにない。そこから一定の距離を置き、自律性を保とうとしても、もはやそれは不可能に近いようにさえ感じられるほどである。
 『子どもを狙え!キッズ・マーケットの危険な罠』では、ジャンクフードと肥満、テレビ番組の暴力と子どもの攻撃性などの特定の消費体験や製品に焦点を当てるのではなく、「消費環境が全体としてどのような影響を子どもに及ぼしているのか」を取り上げている。消費環境とは、具体的には、子どもの親の買い物に対する発言権の拡大、ブランドの刷り込み、子ども市場の寡占化による政治・司法・規制分野での企業の影響力の拡大、物質市場主義的な価値観の増加、低年齢層に広がる市場、友人関係に入り込むコマーシャル戦略、公立学校の営利化などが挙げられている。こうした環境が子どもの生活に入り込むことによって消費文化と切り離せない状況が生まれ、結果的に、不安や自己評価の低下など、心理的なひずみまでもたらすと分析している。多くの企業が子どもの利益よりも、子どもを使って儲けることを優先していると非難し、「企業が形づくる子どもの世界を排すること」が必要と主張する。また、おとな自身、消費文化から子どもと同じような影響を受けていることを認める必要性も指摘している。
 
・ISO26000が子どもとマーケティングをどう見ているか
 それでは、世界の99カ国※1が作成過程に加わったISO26000では、この課題はどのように触れられているのだろうか。ISO26000は、2010年に発効した社会的責任の国際規格である。国際規格ではあるが、審査や認証を前提とせず、世界中のあらゆる組織が社会的責任を実践するために作られた手引書(ガイダンス)である。そこでは、児童を社会的弱者※2の一部ととらえ、次のように定義している。
6.3.7.2 児童 特に弱い存在であり、これは依存的な立場にあることも一因となっている。児童に影響を及ぼす可能性のある行動をとる場合は、児童にとって最善の利益をもたらすことを中心に考慮すべきである。差別の禁止、生存、発達、自由な表現に対する児童の権利などを含んだ、子どもの権利条約の原則を常に尊重し、考慮すべきである。


 そして、消費者とコミュニケーションを取る組織※3に対し、次の行動を求めている。
6.7.3.2 広告及びマーケティングを行う際には、児童を含む社会的弱者の最善の利益を第一に考え、社会的弱者の利益を害する活動に関与しない。

 「広告及びマーケティング」に関して、社会的弱者のなかでも特に児童が明記されているのは、広告宣伝における教育上の配慮が求められるためである※4
 ここでISO26000は、具体的に何を求めているのだろうか。例えば宣伝文句や広告写真に、子どもの差別やいじめにつながりかねないような内容を用いないこと、などは容易に想像できるだろう。さらに熟考を要するのは、外からは一見して分かりにくいマーケティングの仕組みである。上述したアメリカの事例から引用すれば、友人を使った口コミ情報の伝達(子どものパーティーで新製品を使わせ、ホストの子どもに結果を報告させたり、友人がどのような音楽を聴いているか、服装を好むかという情報を流させたりする。結果的に友情が壊れてしまうことは心配しない)などが「子どもの利益を害する活動」に該当しうるという。
 こうしたマーケティング活動のすべてが100%悪いとまでは、現時点では筆者には言い切れない。しかし、どんな活動であっても、それが企業自身にもたらす得失を分析すると同時に、子どもにもたらす負の影響を多角的に検討し、負の影響を減らす努力をする必要がある。これは、ISO26000が求めるデューディリジェンスというプロセスにもつながる基本認識である。

・「子どもの最善の利益」について検討を深めるべき
 日本で、子どもとマーケティングについてどのような情報が得られるか。試しにインターネットで検索してみたところ、めぼしい情報にはヒットしなかった。アメリカではベストセラーにもなった『子どもを狙え!』も、邦訳はたった1刷にとどまっていることから、日本ではこのテーマがあまり盛り上がっていないことが想像できる。しかし、盛り上がっていない=問題がない、のではなく、問題視する人が不足しているだけではないだろうか。
 国の政策でみると、消費者基本計画(平成17年策定)、第21次消費者政策部会(平成19~21年)では、いずれも「子どもの利益」が包括的に議論された形跡はなく、消費者庁のウェブサイトで「子ども」と検索しても上位に並ぶのは子どもを物理的な危険(怪我など)から守るプロジェクト関連である。日本消費者協会でも、消費生活コンサルタント養成や消費者力検定などが目立つものの、子どもというテーマは掲げられていないようである。
 しかし、日本でも、子どもが今欲しがるものを続々と売り出す市場が用意されていることや、長期的に子どものためになると考えにくい商品が幅を利かせていることは、これまで分析してきたとおりである。子どもを物理的な危険から守ることは当然重要だが、子どもの成長過程に影響を及ぼす商品を、どのような視点で開発し販売するのが「子どもの最善の利益」にかなうのか、もっと幅広く研究する価値があるはずであろう。
 大企業を中心に、ISO26000を経営の手引きとしようとする企業も増えてきている。これらの企業が、自らの商品・サービスが子どもに及ぼすプラスの影響、マイナスの影響を、商品そのもの、開発方法、販売方法の様々な側面から分析し、「子どもの最善の利益」を具体的に検討する先導役になることを期待したい。また政府には、子ども政策の一環として、例えば小学生への広告・マーケティングに関する実態調査などを企業と消費者の双方に行うことで、現状把握や必要に応じた予防的取り組みの検討を行う意義があると考える。

・おわりに 子どもからのひとこと
 最後に、筆者が本シリーズを執筆しようとしたきっかけとなった子どものひとことを、紹介することで結びとしたい。発言した子どもは5歳の男児で、今どきの子どもらしくブランドに敏感、デジタル機器も買い物も大好きだが、まだ子ども独自の世界を持っている。彼が、世の中にあふれる商品と自分とを対比させる力を失うことなく、残された子ども時代を過ごしてほしいと感じる。
「ママはプレゼントを買うけど、ぼくは買わないで作ってるで。それと、ぼくは、子どもだから、ほんもののカメラを持ってない。そのかわり、絵を描くねん」
以上


※1 ISOは民間機関であり、その作業グループに99カ国が各国の標準化機関を通して参加した。標準化機関の他、42の国際機関や国際NGOが参加した。
※2 社会的弱者には、女性及び女児、障がい者、児童、先住民族、移民、移民労働者、カーストをはじめとする家系を根拠尾に差別されている人々、人種を根拠に差別されている人々などが含まれる。
※3 ISO26000は対象を企業に限らず、あらゆる組織(政府、非営利法人などを含む)としているため「企業」とはならない。
※4 関正雄(2011)『ISO26000を読む』、日科技連。




※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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