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子ども向けの商品は「子どもの最善の利益」にかなっているか(第4回)

2012年05月24日 村上芽


・子ども向けスニーカーのヒット商品
 第4回の今回は、子ども向けの靴、なかでも子どもが最もよく履くスニーカーを取り上げる。子ども向けのスニーカーメーカーといえばアシックス、ミズノ、アキレスなどの国内ブランドと、海外ブランド(ナイキ、アディダス、ニューバランス、プーマなど)が主要プレイヤーとして挙げられる。
 このうち、幼児から小学生を中心に子どもの心を捉えたヒット商品には、アキレスの「瞬足」シリーズが挙げられる。保育園や幼稚園で靴箱を眺めていると、年少(3歳児)から徐々に目に付き始め、年中(4歳児)以降の特に男児には大きな人気があるようにみえる。実際、2003年に発売された「瞬足」シリーズは、2010年までの7年間にシリーズ累計2,000万足を超える※1大ヒットとなった。2010年に4歳から12歳までの子どもの人口は1,019万人※2だから、ざっとひとり2足近く、特に男児に人気があるとすれば、何サイズか継続して履いた子どもがいることが想像できる。
 「瞬足」がなぜ子どもの心を捉えたかといえば、「早く走れる靴」を目指したからだ。左右非対称なソール(靴の底の部分)により、運動会のトラックの左カーブで転ばずに走れる、というものである。人気が出て「みんなが履いている」状態になれば、「男だったら瞬足だろ!」という雰囲気が醸成され、年少の子どもは年長の子どもの足もとを見て「あれが欲しい」という思いが強くなる。親からしても、靴を選ぶことで子どもが体育や運動会に積極的に臨むのであればうれしいし、走るのが苦手なゆえにからかわれたりいじめられたりする心配が減るのならば歓迎すべきことであろう。さらに、海外ブランドや国内の他のブランドスニーカーと比べて安い価格帯に位置することもヒットの要因だろう。

・ポジティブな情報に偏る情報発信
 確かに、靴を履いて走り回る子どもの視点からすれば、カーブでも転ばずに早く走れることは、非常に重要な要素であり訴求力抜群であることは間違いない。しかし、親の立場で直感的に「瞬足」に対して抱くのは、「子どもはいつも左カーブだけ走っているのか」という素朴な疑問である。果たして、このデザインはまっすぐ歩くときに害にはならないのか。それに対する答えはアキレスの瞬足に特化したホームページ※3を読む限りすぐには見つけられない。また、カーブでの走り以外にも様々なよい機能が搭載されているとのことではあるが、あくまでも同社からの情報発信にとどまっている。
 他方、どちらかといえば子どもよりも親に人気のあるのは、アシックスの「スクスク」シリーズかもしれない。こちらは、子どもの身体や足、運動能力に関する情報を提供しつつ、成長を阻害しない靴選びを提案している。「瞬足」のように明確な機能アピールを行っていないため、直感的な疑問は抱きにくい製品特性だといえよう。ただ、やはりホームページ※4を見る限りでは、どのように素晴らしいか、という情報が豊富な反面、どのような場合に「お子様の足に合わないか」といった情報は見当たらない。
 このように、メーカー側による研究成果は豊富に発信されていても、多様な角度から靴を選ぼうとする消費者にとって、プラス面もマイナス面も含めてよく理解できるような情報が提供されているとは、残念ながら言い難い。子どものニーズに総合的に合った靴(足に合う、歩きやすい、走りやすい、着脱しやすい、汚れにくい、擦り切れにくいなど)を履かせてやろうとすると、結局はたまたま利用している販売店の品揃えや、シューフィッターなど専門性と中立性のある店員の知識に依存して商品選択をするしかない。よいアドバイスを得られないとすると、子どもの靴選びにかけられる時間も限られているから、「ポジティブな情報」「かっこよさ」につられがちな買い物に終始してしまう。「合わない靴」のつらさを覚えていたとしても。
 靴は一人ひとり異なる足で履かれてはじめて役割を果たすものだから、家電製品の省エネ性能のように、性能や効果の横比較をして客観的に表示するのは難しい。それでも、業界で共通の一定の基準をもって、アピールポイントや購入にあたり留意すべき情報を整理していくのも一考ではないだろうか。

・靴をゆっくり選べる子どもと選べない子ども
 ここまでは、どちらかといえば熱心に、子どもの好みも聞き入れつつ靴を選んでやろうとする親の立場を想定して、価格を考慮に入れずに「子ども最優先」に関連する企業のマーケティング上の課題を指摘した。次に、実際の家計の行動や靴の価格帯から、子どもに関わる社会的課題についてトップメーカーに期待することを考えてみたい。
 総務省の家計調査によれば、1世帯あたりの「履物類」に対する支出は、世帯主が30代の場合で年間23,039円、40代の場合で25,760円である。世帯の人員数は30代で3.62人、40代で3.78人である。「履物類」の内訳をみると、「運動靴」には6,800円(28%)がかけられ、3.2足が購入されている※5。「運動靴」におとなと子どもの別はないため、おとな用を含み平均2,100円程度で、購入数は1人1足より少ない。なお運動靴以外の子ども靴は2,700円(11%)で1.4足が購入されている。子どもの数は1~2人と推測できるが、1足2,000円程度の靴を子ども全員で2~3足購入しているといったところだろう。
 この予算で、どのような靴を買うことができるか。靴のディスカウントストアであれば、1,000円未満でスニーカーを買うことができる。しかしもちろんノーブランドで、上述したような靴の機能についてよく考えられた商品かどうかといえば、少なくともそのような訴求にめったに出会うことはない。百貨店で国内・海外の有名ブランドを選ぶとなると最低4,000円前後(1万数千円のスニーカーもある)、専門店やスーパーで買うと2,000円から3,000円といった相場観だろうか。インターネットの価格比較サイトでは、1,000円台半ばの商品が人気となっている。
 子どもの足は成長が早いうえ、スニーカーで走り回れば靴が小さくなるまえにかかとが磨り減ることも多い。そのため、1年に1人1足では不足する場合もあるだろうし、お下がりもなかなか困難である。このように考えると、いざ購入するにあたっては、安さを優先して選択せざるを得ない。「家計調査」による平均価格を基準としても安さが優先になるとすれば、収入の少ない世帯にとってはいっそう切り詰めた選択が必要であることも容易に想像できる。したがって、ゆっくりと子どもの足を測り、長さと幅にあったものを求めていくつか試着し、さらに好みまで反映させてやろうとするのは、かなりの贅沢に値するといえる。
 成長期の子どもにとって、普段使いの足にあった靴を履かせてもらうのは、贅沢で、優先順位の低いことなのだろうか。日本では、「少なくとも一足のお古でない靴」を、「希望するすべての子どもに絶対に与えられるべきである」と回答したのは一般市民の40.2%にすぎず、「与えられたほうが望ましいが、家の事情(金銭的など)で与えられなくてもしかたがない」が51.2%、「与えられなくてもよい」が6.4%だという※6。他方、イギリスでは「新しく、足にあった靴」を「必要である」とする割合が親の94%となっている※7。回答者と選択肢が異なるため一概に比較できないものの、日本では「子どもは新しい靴を買ってもらえるだけで十分」という空気があり、実際に子どもの靴に支払われているお金はおとなに比べてずいぶん小さい※8。とすれば、現実に金銭的な余裕がない家庭において、子どもが足にあった靴を履かせることは、他の生活必需品への支出に比べてずいぶん後回しにされてしまうことが容易に想像できる。

・メーカーは国内の子どもたちの実態に関心を
 そのような前提で改めて国内外の有名スニーカーメーカーや、スポーツ用品メーカーによる情報発信をみてみた。すると、仮に「子どもにとって足にあった靴を履かせてもらうのは、得てしかるべき権利」という発想があったとしても、結局は「靴をゆっくり選べる子ども」の親をターゲットとした事業展開を行っているように見える。もちろん、営利企業である以上、自社の強みが活かされるセグメントに対して経営資源を投入することは当然であろう。
 しかし、「子どもの成長」に寄り添う事業を行っているのであれば、もう少し足もとの、国内の子どもの現状を見つめる姿勢があってもよいのではないだろうか。顧客満足を高めることには力を注いでいるが、既存顧客の声を拾うだけではなく、「足に合った素晴らしい靴」を選んでもらえない子どもが国内に実はたくさんいるという現実を見ているだろうか。子ども向けのスポーツ教室を開いたり、イベントを開催したりしても、もし参加者は富裕な親に恵まれた子どもばかりという実態であったとすれば、胸をはって社会に貢献しているとは言い切れないのではないか。
 新興国の富裕層や拡大する中間層、あるいは途上国のBOP市場が注目を集めているが、海外に進出する前に、国内でもまだまだやらなければならないことがある。子ども向けの靴メーカーには、そのような熱意で社会の課題を見つめ、より買いやすく、すべての子どもの健やかな成長につながるような製品づくりを通した社会的責任を果たしてほしいと期待する。

・子どもからの「もしもひとこと」:
 「靴はかっこいいのがいいよ。サッカー選手みたいなやつ。早く遊びにいきたいから、急いではけるやつもうれしい。ともだちがどんなのをはいているかも、知っているよ。同じだとまちがえやすいから。こないだは、青色の新しいのをはいてきた子がいたからぼくは黒がいい。今度小さくなったら、黒を買ってね」

※1 「瞬足クラブ」アキレスシューズ公式サイト ホームページ
※2 総務省統計局「日本の統計2012」年齢各歳別人口に基づき算出。
※3 同注釈1
※4 アシックス・キッズクラブ ホームページ
※5 平成22年家計調査年報 2人以上の世帯「1世帯当たり年間の品目別支出金額、購入数量及び平均価格」のうち「履物類」。運動靴には学校用の上履きや体育館シューズも含まれる。
※6 阿部彩『子どもの貧困』、岩波新書、2008年。元データは阿部彩「児童必需品調査」(2008年)
※7 同脚注6。元データはGordon et al., Poverty and Social Exclusion in Britain. (2000)
※8 前掲の家計調査では、おとな用男子靴は4,400円(0.8足)、婦人靴は7,900円(1.8足)となっている。




※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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