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子ども向けの商品は「子どもの最善の利益」にかなっているか(第3回)

2012年05月12日 村上芽


・子ども向け衣料と安全対策ガイドライン
 第3回の今回は、衣服を取り上げる。子ども向け衣料について、上場企業で専業またはそれを主要事業としているという製造・小売企業は少なく、婦人服に付随的に子ども服ブランドを展開する大手アパレル、ファーストリテイリングや良品計画といった製造小売企業、ミキハウスやファミリアといった非上場メーカー、スーパーや通販などの流通業が有力プレイヤーである。
 子どもと衣服をめぐって、「子ども最優先」に関係することですぐに想起できるのは、服についているフードや紐がひっかかることなどによる事故である。平成20年6月に、全日本婦人子供服工業組合連合会、日本織物中央卸商業組合連合会、協同組合関西ファッション連合の三団体が連名で、「子供衣類の設計に関する安全対策ガイドライン」を策定し、平成22年2月に改訂版を出している。このガイドラインは、消費者基本法第5条、第6条の事業者および事業者団体の責務に関する規定に基づき策定されたもので、「子供用衣類に起因する潜在的事故を未然に防止し、安心、安全を確保すること」を目的としている。策定のきっかけには東京都からの要請があったが、事業者に対して拘束的・罰則的な規定はなく、あくまでも業界の指針として公表している。
 子どもが巻き込まれる事故の発生によりこのようなガイドラインが出来たわけであるが、そもそも、衣服またはより広い用語として被服の機能について振り返ってみると、①身体の清潔と保護(皮膚を清潔に保ち、外部の危険性から身を守るなど)、②自然環境への適応(体表付近の湿温度の調整など)、③社会環境への適応(身分・職業の表示、社会的慣習、個性の表現など)があるとされる※1
 これらの機能の分類からすれば、本来、「服を着る」ことの第一目標であったはずの身を守る機能が、おしゃれをしたいという欲求に増大によって、三番目の目標に負けてしまった結果、フードやファスナーや紐(服のみではなく鞄などでも事故例がある)が身の回りにひっかかるなどによって怪我をしたり、命を落としてしまったりする子どもの事故が毎年のように発生するという構造になってしまったわけである。ガイドラインが対象とするような12歳までの年齢の子ども服は当然、保護者が選ぶことから考えると、(一定の年齢上では子どもの好みが反映されている可能性はあるものの)フードもファスナーも紐も、「こんな服を子どもに着せたい」というおとなのニーズに応えるためにメーカーがつけているものだ。保護者がどれほど意識的だったかはともかくとして、おとなの「おしゃれ優先」によって子どもが悪影響を被ったと言っても過言ではないだろう。おとなであれば、自分の責任として着るものを選び、それで怪我をしても好みを反映させた結果として納得せざるを得ない。しかし、買う段階で着るものを選べない子どもの立場になれば、安全かどうかという判断もできないうえ、「これ、かわいいよ」「かっこいいよ」と言われれば気分がよくなって「かわいいのがいい」「かっこいいのがいい」という気持ちは増えることがあっても消えていくことはないだろう。子どもは服を着てかわいらしく座っている人形のような存在ではなく、力いっぱい遊んで運動して走り回る存在である。それを忘れてしまっては、おとなが責任を果たせていないことになる。

・「子ども最優先」から期待される企業の配慮
 しかし、おとなにとっても、どれだけの選択肢が用意されているだろうか。実際に、「登園時の服にフードは禁止」とする保育所もある。それにしたがって買い物をしようとすると、フードが潜在的な危険要因であることがこれほど知られても、フード付きの上着は本当に多いことが分かる。むしろ、防寒着でそうではないものを探すのに苦労することもある。子どもがプレゼントでもらった服にフードが付いているがために、仕方なくフード部分を切り落としてフードなしにした経験のある方もいるだろう。確かにフードを被った子どもには独特のかわいらしさがあるし、フードそのものが防寒や雨よけの役目を果たすことがないこともない。それでも実感として、子どもが秋や冬にはおる上着を選ぶときの感覚は、フードなしを基準に絞り込めばあっというまに買い物の候補がなくなるというものである。つまり、おとなにとっても、実は安全性を優先して服を選ぶことは簡単ではない。ガイドラインよりも踏み込んで、「いっそのことフードなしにする」「無駄な紐はつけない」に近い自主基準を持っている企業があれば、大いに応援したい。
 次に、「安心・安全」の範囲を少し広げて検討する。上述の「子供衣類の設計に関する安全対策ガイドライン」にも、「昨今では消費者(母親)のベビー、子供服に対する「安心・安全」を求める意識が高まっており……」と記載されている。しかし、消費者も企業も、起こってしまった事故に対して後追いで対応するだけで、子どもの「安心・安全」について十分考慮しているといえるだろうか。
 「子どもの最善の利益」を考えるという立場からみれば、起こってしまった事故にとどまることなく、あらゆる危険から子どもを守り、子どもの人権も守るという姿勢とそのための検討も必要であろう。子どもの人権というと、発展途上国での児童労働であるとか、教育が受けられないことであるとか、とりわけ海外の問題であるようなイメージを持つ人も多い。しかも、子ども向け衣料を製造、販売する行為とどのような関連性を有するのか明確なイメージを持てる人は少ない。

・児童買春・児童ポルノと子ども向け衣料との関係
 ただ、日本国内にも、子どもの人権問題として、児童買春・児童ポルノという問題が厳然と存在している。国際的にも大きな問題であるが、インターネットや携帯電話の広まりとともに、日本国内だけでも悲惨な事件が数多く起こっている。平成17年には246人だった被害児童が、平成22年には614人と2.5倍に増加し、平成23年はさらに深刻化しており、犯罪の約54%がインターネット利用によるものとなっている 。保護者であるべき親や、教師による犯罪の例もあとを絶たない。
 一義的には、インターネット関連企業の社会的責任が問われると考えられるが、子ども向け衣料との関連もないとは言い切れない。子育てのセミナーなどで「このごろの子どもは、思春期※3が早まっている」という意見も聞く。実際、子どもたち、特に女児をみて「もうこんなにおとなっぽい格好をしている」と驚くことはないだろうか。婦人服向けの流行とほとんど同じようなデザイン。ショートパンツにハイソックス、襟ぐりの大きいシャツ。ヒールのあるブーツ。子どもなのに、「身体を守る」よりも「身体を見せる」服装をしていて、しばしば母親よりもスタイルもよく着こなしも上手という光景は一般化している。
 普通に考えれば、おしゃれに敏感で楽しそうな女の子、で済む話ではある。しかし、海外旅行などに行く際、知らないところで危険な目に遭いたくなければなるべく、危険な場所に近寄らないことが一番だ、という助言が正しいとすれば、むやみにファッション性を優先して、犯罪者の性的関心を起こさせかねないような服を選ばないことも、犯罪から子どもを守ることにつながるのではないだろうか。
 そして、メーカーや小売企業の側も、売れるからといって必要以上に子どもの肌を露出させる服を世の中に出すことは改めるべきではないだろうか。たとえば衣料品最大手のオンワードの場合、経営の方針を次のように述べている。「当社グループは、「人々の生活に潤いと彩りを与えるおしゃれの世界」を事業領域に定め、「ファッション」を生活文化として提案することによって新しい価値やライフスタイルを創造し、人々の豊かな生活づくりに貢献することを経営理念としております」。この経営方針に代表されるように、衣服の機能のうち三番目の心理的機能に対してより多くの付加価値を提供できる企業が、消費者の心を捉えて大きく成長してきたのがこれまでの定石だったことを否定はしない。ファッションをおとなの世界のものとすれば、それはそれでかまわない。
 ただ、子ども服を手がける以上、子ども服は子どもの身体を物理的に守ることがまず重要であるという基本認識、時代の変化に伴う子どもの心身の発達の変化についての深い理解、さらに子どもの人権に関わり得ることまでを思考の範囲にいれた商品開発・事業開発が、これからの子ども服に関連する企業が果たすべき社会的責任の一つではないだろうか。

・子どもからの「もしもひとこと」:
 「服は着るのも脱ぐのも本当はめんどくさい。でも、着るならきもちよくて、かっこいいのがいい。汚してもおこられたくないなあ。はきやすいズボンばかりはいたらひざに穴があいたけれど、かっこよく治してもらえたらうれしい」
 「ダンスでいっしょのともだちと、新しい服の話をするのがだいすき。服も髪型も、かわいくてかっこよくしたい。でも、手をのばしてもシャツがおなかからはみださないとか、そういうのが本当は着ていても楽だし、いちいち注意されないからうれしい。いつもじゃなくてもいいから、ときどきは自分でえらばせてね」

※1 一橋出版「家庭一般」1991などを参照。
※2 警察庁ホームページ「No!児童ポルノ」検挙情報・被害情報
※3 一般に8~9歳ごろから17~18歳ごろまでで、個人差がある。




※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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