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学習塾セクターおよび化粧品セクターにおける子どもの権利を考える
~ビジネスが及ぼす「子どもへの負の影響」アセスメントに国連の指摘を活かす

2023年10月23日 村上芽


1.はじめに
 2023年、わが国における重大な人権問題として明らかになったのは、芸能事務所における長年の性的搾取とそれを放置してきた取引先としてのメディア、被害者を非難するファンなどの存在である。この問題が明らかになる過程では、イギリスの公共放送局BBCの報道や、国連ビジネスと人権の作業部会による訪日調査と記者会見が大きな役割を果たしたことも記憶に新しい。
 性的搾取は人権問題のなかでもひとつの重要なテーマだが、本稿では性的搾取そのものではなく、「国連の関与をビジネスがどう活かすのか」という点に着目してみたい。
 国連がある国の国内人権問題について立ち入ることを是とする背景には、第二次世界大戦を踏まえ、民族浄化等を防ぐためには人権を国際的に普遍的な価値と捉える必要があるとの認識が生まれたことがある。国家に任せておくだけでは足りないという認識である。世界人権宣言、国連人権規約といった包括的な規範を始めとして、人種差別撤廃、女子差別撤廃、児童(子ども)の権利、障害者、難民など、個別の当事者の立場に応じた条約が作られている。
 しかし、人権が国際的に普遍的な価値であるとして国連によって推進され、国民の人権を保護する主体としての各国政府が条約に署名・批准しても、社会的・文化的背景によっては各々の国や地域の人々の気が付かない、あるいは気が付けない人権侵害の実態もある。
 そこで子どもの権利条約(※1)のように、批准国に対し、国内における制度整備など取り組みの進捗状況を国連側が審査するという仕組みが備えられている領域がある。さらに、2007年からは、国連人権理事会のもとで各国のあらゆる人権の状況を普遍的・定期的にレビューする仕組み(Universal Periodic Review)も設けられている。2011年には国連「ビジネスと人権に関する指導原則」も策定され、国のみならず、企業による人権尊重や救済のあり方も示されており、冒頭で触れたように、ビジネスと人権に関する専門家が順次各国の現地調査をしている。2023年8月4日に発表された訪日調査の「ミッション終了ステートメント」では、日本国内の課題について幅広く厳しい指摘が行われた。
 もちろん、国連からの様々な指摘に法的拘束力があるわけではなく、内容によっては「それは、わが国またはわが社の物差しでは人権侵害とはいえまい」と考えることも可能である。しかし、外部からの異なる視点からの意見は、しばしば、自分では気づかなかったことに目を向けさせてくれる。それらに真摯に耳を傾け、自らの組織をよりよいものにしていく姿勢は、組織の種類や規模に関わらず必要なことである。
 筆者は、子どもの生きやすさ、特にビジネスと子どもの権利に関する現状に問題意識を持ち続けてきた(村上[2020][2023])。そこで本稿では、国連からの働きかけのなかでも特に、子どもの権利条約に基づく「子どもの権利委員会」が実施した日本政府報告書に対する総括所見をもとに、その指摘事項を確認し、人権デューディリジェンスに取り組む企業が子どもの権利の尊重の観点から検討に値する視点を提示したい。

2.国連子どもの権利委員会による勧告
 (1)子どもの権利委員会による審査サイクル 
 子どもの権利条約の批准国が、子どもの権利委員会に報告書を提出し、審査を受けるのは1回目が効力発生から2年、その後は5年サイクルとされている(第44条)。ただし5年というサイクルは様々な事情で遅れるため、これまでの経過は次のとおりである。第1回のプロセスは、日本が条約を批准した1994年から2年後の1996年に始まったが、その後の5年サイクルは延びがちで、第3回と、第4回・第5回(2回分が合体した)の間は約9年の間隔が空いた。直近の総括所見の公表は2019年3月で、次回の報告提出締切は2024年11月に予定されている。

図表 1 子どもの権利委員会による審査の経緯

出所:国連人権高等弁務官事務所ホームページに基づき筆者作成


 (2)主な勧告事項
 総括所見には毎回、数多くの「懸念」と「勧告」が示される。直近の第4回・第5回でも、語尾が「勧告する」で終わる項目が46に上った(パラ6~51)。ただ、子どもの権利委員会の側で全て書きたいことを書けているかというとそうとも限らず、1万700語以内という制限のなかで総括は実施されており、「総括所見に書かれていることだけが必ずしも日本における問題のすべてではない」という実情もある(※4)
 そこで、本稿ではまず、第2回以降の総括所見において、勧告を含む章の冒頭で、前回の勧告にも拘らず十分取り組まれていない、あるいは緊急の措置が必要といった理由で強調されている事項をまとめた。これらが、国連が考える、日本の子どもが抱える人権問題のリストであると大まかに捉えることができる。

図表 2 第2回以降の総括所見で勧告の対象となった主な項目

出所:国際連合[2004][2010][2019]を参照し筆者作成


 また、これらに加え、専門家によれば以下の点が繰り返し指摘されている(日本総合研究所[2020])。
・「国内人権機関のオンブズマンがいない」
・「児童ポルノの問題」
・「教育が過度に競争的であり、子どもがストレスを受けているという問題」
・「いじめの問題、自殺の問題」

 オンブズマンについては、勧告でも触れられている「独立した監視」や「子どもの意見の尊重」にも関わっているが、こども基本法でも導入が見送られたことに対し国内でも厳しい指摘がなされている(池本[2022] )。

 図表2では、「差別の禁止」が3回、「体罰」が2回登場している。差別の禁止で特に意識されているのは(※5)、包括的な反差別法の不在、非嫡出子への差別的規定が残ること、民族や被差別部落、移民、LGBTI(※6)、婚外子、障害を理由とした実質的な差別の存在である。
 差別については、2023年に施行されたこども基本法では、基本理念として全ての子どもが「差別的取扱いを受けることがないようにすること」と述べられているが、具体的な言及はないため、次回以降の総括所見での評価が待たれる。
 体罰については、2020年以降、子どもへの体罰が法律で禁じられた点(児童福祉法等)について、進展したと評価される可能性があるが、体罰禁止が効果的に実施されていない場合には引き続き勧告対象となりうる。

(3)ビジネスと子どもの権利
 ビジネスと子どもの権利の文脈では、直近の第4回・第5回では以下の4点が勧告されている(パラ15)。これらも、子どもの権利委員会から日本政府に対する勧告であり、企業部門に直接向けられたものではないが、「児童の権利と企業部門」という見出しのもとに指摘された内容である。
 

図表 3 「日本の第4回・第5回政府報告に関する総括所見」パラ15より抜粋

出所:国際連合[2019]


 この4点の勧告について、日本政府の対応状況を確認する。まず、(a)の前半で言及されているビジネスと人権に関する国別行動計画(NAP)については、2020年10月に策定された(2020~25年までが計画期間)。
 NAPは、政府が国として、ビジネスと人権の観点から何をするかをまとめた計画である。そのため、国からみて、分野別行動計画の横断的事項として6項目が挙げられており、「子どもの権利の保護・促進」は、労働や消費者などと並び、その1つとされた。今後、「子どもの権利の保護・促進」のために国として行っていく具体的な措置には、以下の項目が挙げられている。


 NAPにおけるこれらの記述が、子どもの権利委員会が求めた「児童の権利が組み込まれていること」に当てはまるかどうかについては、次回の総括所見を待たなければならない。
 次に、勧告の項目(a)の後半「企業に対し、定期的な児童の権利への影響に対するアセスメントや協議を行い、自社の事業活動が及ぼす環境面、健康関連及び人権面での影響並びにこれらに対処するための計画を完全かつ公に開示するよう義務づけること」については、人権デューディリジェンスの実施およびその結果の公表を指しているものと解釈できる。
 人権デューディリジェンスはNAP上では促進としか書かれていないが、2022年に経済産業省が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定した。こうした政府の動きにより、国内の企業における一定の理解は進んできていると考えられる。
 しかし、子どもの権利を具体的な検討項目として挙げて人権デューディリジェンスを実施できている企業はごくわずかであり、勧告が求めるような企業に対する義務付けについては、いまだ遠い状態にあると言わざるを得ない。
 勧告の項目(b)では企業に説明責任を求めているが、それに関連する情報開示規定の改定としては、上場企業においては2023年3月期以降の有価証券報告書に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載が求められるようになった。企業の開示を概観すると、自社従業員に対する人的資本投資と、気候変動に対するリスクと機会について触れる企業が多く、(b)が求めているところとは遠いものだが、今後、内容を充実させていくことに期待したい。
 勧告の項目(c)および(d)については、政府を介しているとはいえ観光、メディア・広告、娯楽業界に対して向けられている。これはNAPの(ア)(イ)(キ)に含まれる内容と考えられる。(d)が取り上げた「世界観光倫理憲章」には民間部門による誓約という参加方法があり、2023年4月までに、世界では590の企業および団体が、日本からは2022年12月までに29の企業および団体が署名している(※7)

3.企業の人権デューディリジェンスへの取り組み状況
 (1)ビジネスが及ぼす「子どもへの負の影響」アセスメントに国連の指摘を活かす 
 以上をまとめると、子どもの権利委員会は、日本政府への勧告を通じ、企業に対しては次の2点の課題提起を行っていると解釈できる。

●子どもの権利に関わる問題を理解したうえで、人権デューディリジェンスを実施する際、企業のステークホルダーとして子どもを捉え、負の影響評価を行うこと。
●観光、メディア・広告、娯楽業界に対しては、性的搾取の問題を含めて特に子どもの権利に向き合うこと。

 人権デューディリジェンスの実施を通じて子どもの権利を尊重するためには、企業が自身のステークホルダーとして子どもの存在をいかに具体的に捉えることができているかが肝要である。
 近年、経済産業省が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定したように、企業が人権デューディリジェンスを行う際には「自社のみではなく、サプライチェーンを遡ること」が必要との理解は広まっている。子どもへの負の影響のアセスメントにおいて「サプライチェーン上の児童労働」を評価項目とすることは、製造業や、途上国から輸入を行う企業において人権デューディリジェンスを実施する際の必須ポイントの1つであると言ってよい。
 しかし、児童労働だけでは、企業が自身のステークホルダーとしての子どもを十分に捉えているとは言い難い。この指摘は、ユニセフ、国連グローバル・コンパクト、セーブ・ザ・チルドレンが2012年に策定した「子どもの権利とビジネス原則」でもなされている。
 人権デューディリジェンスといえば「従業員」と「サプライヤー」から着手することが多く、特に抜けやすい視点が、企業が製品・サービスを提供する顧客としての子どもである。顧客といっても、実際には親(保護者)が製品・サービスの選択の意思決定や費用負担を行うが故に、子どもはその陰に隠れがちだが、子どもも成人までの18年間の生活や学びを通じ、企業の提供する多様な製品・サービスのユーザーであることを忘れるべきではない。
 そこで、企業のなかでも影響力の大きい大企業が、自社のビジネスが子どもの権利に及ぼす可能性のある負の影響をどのように幅広く扱えているのか、特に顧客としての子どもへの取り組みに注目して、学習塾と化粧品の2つのセクターを切り口として調査した。
 学習塾セクターは、繰り返し国連から指摘されている、「過度に競争的な教育」に大きく関わるセクターであり、また、家庭が負担する子育て費用において大きな割合を占めている学校外活動費の支払先であることが、調査対象とした理由である。
 化粧品セクターは、生活用品に関わるセクターのなかで、近年、使用者が低年齢化しており、その結果として様々な課題(皮膚トラブルのような身体的影響、実年齢以上におとなびて見えることで犯罪に巻き込まれるリスクなど)が指摘されていること、また、第4回・第5回の総括所見で主要分野の1つとされた「生殖に関する健康及び精神的健康」では思春期の子どもに関する課題への懸念が表明されていることが、調査対象とした理由である。
 具体的には、分析する情報をなるべく均質にするため、いずれも、サステナビリティ情報開示の進んでいる東証プライム市場への上場企業が自ら行う開示情報を対象にした。

 (2)学習塾セクターにおける子どもの権利への取り組み状況
 学習塾セクターには、全国展開する大手企業から個人経営までが含まれる。また、大手企業のなかには株式会社以外に学校法人も含まれている。
 東証プライム市場に上場する企業から、学習塾を運営していることが確認できる9社を抽出、直近決算期の有価証券報告書で「人権」という語の有無を確認し、記載のあった企業のホームページでさらに具体的な取り組み内容を確認した。

図表 4 学習塾セクターの調査対象企業の状況

出所:2023年9月末までにEDINETに掲載された直近期の有価証券報告書に基づき筆者作成


 有価証券報告書に「人権」という語があったのは9社中2社だった(※8)。 
 そのうち1社は、人権デューリジェンスのために7百万円を支出したことに触れられていたのみで、詳しい内容の開示はなかった。人権に関する社内勉強会は実施されているが、子どもというキーワードを見つけることはできなかった。
 もう1社の学研ホールディングス株式会社では、人権憲章に基づく人権方針があり、「子どもの権利の尊重」についても1項目触れられている。統合報告書上にも人権という語が頻繁に登場した。人権デューディリジェンスの一環として、グループ33社に潜在的リスクのヒアリングを行っているなど、学習塾セクターの中では最も情報量が豊富だった(学研ホールディングス[2023])。ただ、人権に関する取り組み順としては、従業員とその家族、及び取引先が優先されており、子ども向けのビジネスを行っていることによる特徴は見いだせなかった。

 (3)化粧品セクターにおける子どもの権利への取り組み状況
 国内の化粧品市場のメーカーシェアを見ると(※9)、約3000社のうち上位10社で売上高の半分を占め、中小メーカーの数が多い。上場企業では、東証業種の中分類レベルで「化学」に含まれる、化粧品を主たる製品とするメーカーのほか、近年は食品や飲料、医薬品等からの参入もある。本稿では、「化学」に含まれる国内の主要メーカー(外資除く)6社と、「その他製造」から玩具メーカー2社、「卸売」から子ども向けチャネルを有する1社の計9社を抽出した。
 直近決算期の有価証券報告書で「人権」という語の有無を確認し、記載のあった企業のホームページでさらに具体的な取り組み内容を確認した。

図表 5 化粧品セクターの調査対象企業の状況

出所:2023年9月末までにEDINETに掲載された直近期の有価証券報告書に基づき筆者作成


 化粧品セクターでは、学習塾セクターに比べて「人権」に触れる企業が多い結果となった。特に原材料調達に関し、サプライチェーン上流での人権リスクを事業等のリスクと捉えていることが有価証券報告書上でも分かる企業が3社あり、製造業の特性が出ている。
 有価証券報告書に「人権」という語のあった7社のサステナビリティレポートや統合報告書、英国の現代奴隷法に基づく声明を確認すると、5社においてサプライチェーン上の人権に関する、人権デューディリジェンスを含むより詳しい取り組みが開示されていた。
 サプライチェーン上の人権尊重に取り組む企業では、自社またはサプライヤーにおける児童労働のリスクが認識されていた。しかし、顧客としての子どもに対する負の影響への認識が明記されていたのは花王グループのみだった。
 花王グループでは、「リスクアセスメントにより花王グループにて特定されたリスク」を同社のバリューチェーンに沿ってまとめている。子どもは、女性や高齢者とともに、「生活者・顧客」というステークホルダーに含まれている。「生活者・顧客」対して同社が認識しているのは、以下の3段階・7つのリスクである。特に「不適切な広告・宣伝による生活者への悪影響」はリスクの高いものとして認識されている。

図表 6 花王グループが特定した「生活者・顧客」関わる人権リスク

出所:花王株式会社[2023]P185「リスクアセスメントにより花王グループにて特定されたリスク」


 「商品設計上の健康・安全への悪影響」には顧客の低年齢化に伴う皮膚トラブルや、化粧をすることによって引き起こされうるトラブルが含まれると解することも可能だが、リスクアセスメントは同社グループ全体で実施されているため、若年層向けの化粧品ブランドが具体的に想定されたかどうかは読み取れない。

4.ビジネスによる「負の影響」に視野を広げる
 企業が、自社の製品・サービスが子どもの権利に及ぼす可能性のある負の影響をどのように把握しているのかという観点から、学習塾と化粧品の2つのセクターにおける人権デューディリジェンスの取り組み状況を調査した。
 いずれのセクターも子どもの生活や学びとの関わりが深いが、企業が製品・サービスを通じて負の影響を及ぼし得る存在としての子どもは、ごくわずかにしか意識されていないことが分かった。
 負の影響ではなく、正の(ポジティブな)影響については意識されている。学習塾セクターでいえば、さまざまな知的好奇心を満たし得る学習コンテンツ、ICTを活用した学習環境の充実など、それぞれ1つ1つを見れば、顧客(子ども)におけるポジティブな変化を期待できる製品・サービスが数多く提供されている。
 化粧品セクターでも、ブランドサイトなどから、若者が常識にとらわれずに化粧を通じて自分を好きになること、アジア人の肌の個性を引き出すことなど、比較的安価に効用を得られることなどをポジティブな影響として読み取れる。
 しかしながら、どのような活動にも、必ず負の影響があり得るという視点が十分ではないように見受けられる。もし、自動車セクターにおいて、誰にでも手が届く価格で、かつ環境や労働環境に配慮した製造工程で自動車を製造・提供し、移動の自由や利便性、快適さの実現を可能にしていることだけをうたい、大気汚染や気候変動、事故への影響を無視しているとすれば、21世紀の現在においては誰しも「おかしい」と感じることだろう。これは、自動車のように分かりやすい製品やサービスにおいてのみ適用されるのではない。
 学習塾セクターが、業界全体として、または個々の企業において、「過度に競争的な」教育環境への関与が「ない」と考えているとすれば、自社のビジネスの影響力を過小評価しているといえないだろうか。子どもがテストで高得点を取り、受験の競争に勝つ、そのことを、企業からみて実質的な収入源である保護者が求めればその顧客ニーズに対応する選択肢しかないと考えるかもしれない。しかし、個別最適を続けることが、結果的に「過度に競争的な」教育環境の放置につながっている可能性は否定できない。
 性的搾取についても、残念ながら塾講師による盗撮等の事件が後を絶たないなか、子どもの人権尊重という根本的な認識の共有なしにコンプライアンス強化といっても限界があろう。学習塾セクターでは人権デューディリジェンスの取り組み自体が途上であるが、早急に子どもを対象に含めて取り組むべきである。
 化粧品セクターにおいては、製造業が多いことから、サプライチェーン上の児童労働を含む人権デューディリジェンスの取り組みは比較的行われていた。国内の上場企業全体のなかでも先進的な取り組みを実施する例もあった。
 しかし、製品を通じて顧客の身体や、顧客の行動に及ぼす負の影響についての認識が十分かというと、深掘りの余地がある。思春期でさまざまな悩みを抱える子どもに対して、化粧によってポジティブな気持ちになれることはうたっても、化粧が引き起こし得るネガティブな面に向き合えているだろうか。肌荒れリスクの管理は、最終的には使用者の責任であるにせよ、非常にうがった見方をすれば、子どもがおしゃれに夢中になって化粧品を使い過ぎて肌が荒れても、同じメーカーの別の肌ケアブランドの製品によって回復できれば、メーカーにとっては販売機会が倍になることは事実である。一企業の課題というよりも、消費の拡大による規模的な成長を前提とした資本主義経済の課題ともいえるが、ビジネスによって顧客が犠牲になるとすれば「負の影響」として目を向けるべきであろう。

5.おわりに
 本稿は、「国連からの勧告」をきっかけに、子どもに関連のある2つのセクターにおいて、人権デューディリジェンスのプロセスを活用して、ビジネスによる子どもへの「負の影響」にどこまで想像力を働かせられるかという点について課題提起を行った。
 筆者はこれまでにも「子どもの最善の利益」という観点から様々な製品・サービスに注目してきた(子ども向けの商品は「子どもの最善の利益」にかなっているか・全7回)が、この2つのセクターに対しては、自身の経験を振り返っても次のような疑問がある。学習塾セクターについては、小学生向けの塾において、子どもがわき目もふらずにドリルを解いている様子を監視カメラで見張っているところを目撃したことがある。また、中学受験を控えた夏休みに朝早くから夜遅くまで小学生が塾に通い、22時頃の電車で塾帰りの子どものグループとしばしば遭遇する話をドイツ人に紹介したところ、「子どものためにいい学校に行かせるというが、それは子どもの人権侵害ではないのか」と真顔で聞かれた経験がある。筆者は、そう聞かれるまでは塾通いも「その家庭の判断」だと考えていたが、「13歳未満に、そこまでの勉強をさせることは、子どもの権利に沿うのだろうか」という疑問が生まれた。
 また、化粧品セクターについて振り返ると、10代の頃は、生活環境や友人関係、自分の心身の変化が大きく、自由になるお小遣いの範囲で、どれだけ肌トラブルを起こさずに満足できるかというのは大きな課題だった。トラブルが起きたときのがっかりした気持ち、回復にかかる時間、その間のイライラした気持ちなどは、10代の記憶と言っても全く懐かしくない。今は当時よりもずっとたくさんの口コミ情報が手に入るが、かといって中高生のお小遣いが豊かになっているわけではない。化粧したり飾ったりしたほうがきれいでおしゃれ、という価値観がもう少し弱ければ、もっと気楽に過ごせたのではないだろうか。
 こうした個人的な関心事と、最近の高まり続ける教育費の個人負担、生涯にわたって子どもを持ちたくないと考える人の増加、子どものストレスなど、日本の抱える課題が無関係でないように思われた。そこで、人権デューディリジェンスの手法を活用したビジネスによる負の影響の評価と、国連からの指摘を組み合わせることによって、製品・サービスを利用する当事者としての子どもに焦点をあて、それが社会全体の課題にも解決のヒントを与えることを期待した。子どもの生きやすさに関心のある企業経営者の参考になれば幸いである。

(※1)外務省では「児童の権利条約」を正式名称としているが、「子どもの権利」という表現が一般化していることから本稿では「子どもの権利条約」とした。
(※2)  外務省サイトには年月までしか記載のない文書もあるが、本稿では国連サイト(出所:https://tbinternet.ohchr.org/_layouts/15/TreatyBodyExternal/countries.aspx?CountryCode=JPN&Lang=EN)を参照した。
(※3) 政府報告には、締切・提出・公表の各日付があるが、本稿では提出日でまとめた。提出日と公表日の間は2カ月強の場合から2年半以上の場合まであった。
(※4)「株式会社日本総合研究所[2020].「世界と日本における子どもの権利をめぐる動き」(大谷美紀子氏講演録)
(※5) 第4回・第5回総括所見のパラ17を参照。
(※6)「Lesbian, Gay, Bisexual, Transgender and Intersex」の略。
(※7)国連世界観光機関(UNWTO)駐日事務所の報道発表資料より集計。
(※8)なお、有価証券報告書での記載はなかったものの、より最近に開示されたコーポレートガバナンス報告書ではサステナビリティに関する推進体制を整備したとして人権という言葉に触れた企業が1社あった。
(※9)独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)[2021]「2020年度化粧品産業動向調査報告書」

参考文献
池本美香[2022]「子どもの権利保護・促進のための独立機関設置の在り方」日本総合研究所『JRIレビュー』2022 Vol 6, No.101
花王株式会社[2023]「花王サステナビリティレポート2023」
株式会社学研ホールディングス[2023]「学研グループ 統合報告書2023」
国際連合[2004]「児童の権利委員会の総括所見:日本」2004年2月26日(仮訳)
国際連合[2010]「条約第44条に基づき締約国から提出された報告の審査 総括所見:日本」2010年6月2日(仮訳)
国際連合[2019]「日本の第4回・第5回政府報告に関する総括所見」2019年3月5日(仮訳)
国連ビジネスと人権の作業部会 訪日調査、2023年7月24日~8月4日「ミッション終了ステートメント」
独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)[2021]「2020年度化粧品産業動向調査報告書」
日本総合研究所[2020]「世界と日本における子どもの権利をめぐる動き」(弁護士・国連「子どもの権利委員会」委員の大谷美紀子氏による講演録)日本総合研究所『JRIレビュー』2020 Vol.7, No.79
村上芽[2020]「ビジネスと子どもの権利を考えるー子どもの抱える課題を解決するために」」日本総合研究所『JRIレビュー』2020 Vol.7, No.79
村上芽[2023]「少子化対策の目的を見直し、人口政策と生きやすさのための政策の立案を」日本総合研究所『JRIレビュー』2023 Vol.7, No.110


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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