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子どもの幸福とイノベーション創出力の関係をめぐる一考察

2023年09月13日 村上芽


1.はじめに
 日本の少子化対策を巡っては、政府が少子化を「国難」や「静かなる有事」と評価して「次元の異なる」少子化対策を繰り出しても、国民の反応は「期待しない」という人が多い状態にある。
 ただ、国民が少子化や人口減少を課題や不安と感じていないわけではない。そこで、少子化対策の最近の経緯や、諸外国との比較をもとに、政策の目的を「人口」と「生きやすさ」に分け、それぞれ、現存する制度ではなく現在及び将来の人そのものに着目することを筆者は提案している(村上[2023])。
 そこでこれからは、分けた後の「人口政策」と「生きやすさのための政策」においてそれぞれ何を講じていくべきかを検討したい。本稿ではまず、一人ひとりの人間の「生きやすさ」重視された社会でどのようなことが起こっているか、子どもの幸福度の観点から1つの視点を提供したい。

2.子どもの幸福度とイノベーション創出力を比較する
 国別の子どもの幸福度とイノベーション創出力を比較すると、下のグラフのとおりとなった。横軸の子どもの幸福度は、ユニセフ・イノチェンティ研究所による2020年調査の順位を取り、縦軸のイノベーション創出力は、2021~2022年分の複数の国際調査(IMD[2022]INSEAD[2022]WIPO[2022]Bloomberg[2021])による順位の平均値を取ったものである。

図表1 子どもの幸福度とイノベーション創出力

出所:文末に記載の参考文献に基づき筆者作成


 グラフが示すように、各国の順位の分布は、なだらかな右肩上がりを描き、イノベーション創出度の高い国と、子どもの幸福度が高い国が、大まかにいって一致していることが分かる(相関係数:0.65)。ここで注意しておくべきなのは、縦軸と横軸の因果関係を示すものではないことである。また、相関しているように見えることにも、背後に別の要因があるのかもしれない(疑似的にそう見えている可能性がある)が、子どもの幸福を考える上で興味深い結果であるため、縦軸と横軸の構成要素を確認しておきたい。
 
3.子どもの幸福の構成要素
 ユニセフ・イノチェンティ研究所では、子どもの幸福度を分析するにあたり、子どもの世界と子どもを取り巻く世界を分けた、多層的な枠組みを用いている。幸福度の結果として現れる指標(下図の子どものイラスト部分)は、それらの世界の影響を受けている。

図表2 幸福度の分析枠組み

出所:ユニセフ・イノチェンティ研究所[2020]


 上述したグラフに活用した国別順位は、子どもの幸福度(結果)部分の、精神的幸福度・身体的健康・スキルの3つの分野を合成して作られた総合順位である。2020年報告書で使用された具体的な指標は以下のとおりである。

図表3 子どもの幸福度の構成要素

出所:ユニセフ・イノチェンティ研究所[2020]表1より抜粋


4.イノベーション創出力の構成要素
 国別のイノベーション創出力については、複数の機関が継続的な調査を行っている。人的なタレント(能力)開発に着目しているIMD(国際経営開発研究所、スイス)とINSEAD(欧州経営大学院、フランス)、イノベーションに着目しているWIPO(世界知的所有権機関、国連専門機関、スイス)とブルムバーグ(民間企業、米国)から、計4種類の調査を取り上げた。それらの対象範囲は次のとおりである。

図表4 IMD World Talent Rankingの構成要素

出所:IMD[2022]


図表5 INSEADによるGlobal Talent Competitiveness Index 2022 rankingの構成要素

出所:INSEAD[2022]


図表6 WIPOによるGlobal Innovation Index 2022の構成要素

出所:WIPO[2022]


図表7 Bloombergによる 2021 Innovation Indexの構成要素

出所:Bloomberg[2021]


5.子どもの幸福とイノベーション創出力のあいだにある経路
 子どもが幸福度とイノベーション創出力のあいだには、どのような関係性があると想像できるだろうか。子どもの幸福度には、15歳時点での基礎的な学力が含まれており、イノベーション創出力を測る手法の多くには国としての教育水準が含まれていることから、一定程度は「自明である」という部分もあるだろう。
 ただ、子どもの幸福度に含まれる、友達を作りやすいといったソーシャルスキルの部分や、死亡率や自殺率、過体重や肥満といった結果と合わせてみると、すべてが自明であるとは言えないはずだ。
 そこで、現在のイノベーション創出の担い手は19歳以上(子どもではない)と想定したうえで、2つのあいだには以下の3つの経路が考えられる。
①子ども時代の幸福さが、イノベーションに好影響をもたらす。
 現在子どもの幸福度が高い国では、以前から幸福度の高い子ども時代を過ごした人が多いと推定する。そこで、現在の大人の子ども時代の幸福さが、イノベーションに好影響をもたらしている。
②子どもの幸福さが、イノベーションに好影響をもたらす。
 現在子どもの幸福度が高い国では、子どもの幸福感が大人にも波及したり、大人の精神的安定性をもたらしたりする。そこで、大人が仕事に集中することができ、イノベーションに好影響をもたらしている。
③イノベーション創出力の高い国では、子どもが幸福に育つ環境を作りやすい。
 イノベーション創出力の構成要素は、教育投資に加え、国の自由さや多様性の尊重、インフラの充実などを含んでいることから、そうした国では子育て環境にも余裕が生まれ、子どもを育てやすくなる。そこで、イノベーション創出力の高い国で、子どもの幸福度に好影響をもたらしている。

 本稿では、3つの経路の妥当性を検証したり、これ以外の経路の可能性について検討したりすることを目的とはしていない。それらの検証を今後の課題としたうえで、まず、こうした関係の可能性に関心を持ち、子どもの幸福度の意味を、人権尊重や倫理、善意、責任の観点だけではなく、経済・社会全体の成熟や成長の観点からも議論されることに期待したい。そして、その結果を活用して、社会の中での資源配分や投資が行われることにつながってほしいと考える。

参考文献
・ユニセフ・イノチェンティ研究所[2020].“Report Card 16 2020”の日本語版、
 公益財団法人日本ユニセフ協会訳『イノチェンティ レポートカード16 子どもたちに影響する世界
 先進国の子どもの幸福度を形作るものは何か』
・村上芽[2023].「少子化対策の目的を見直し、人口政策と生きやすさのための政策の立案を」
・IMD[2022].“World Talent Ranking 2022”
・INSEAD[2022].“Global Talent Competitiveness Index 2022 ranking”
・Bloomberg[2021].“Bloomberg 2021 Innovation Index”,
・WIPO[2022].“Global Innovation Index 2022”


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。


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