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Economist Column No.2025-016

出生率1.15に思う~条約批准30年の日本の子どもの権利状況

2025年06月10日 池本美香


■出生率「1.57ショック」から35年で1.15に
2024年の合計特殊出生率は1.15と、9年連続の低下で過去最低となった。1989年の出生率が調査開始以来最低となった「1.57ショック」から35年。この間、政府は様々な対策を講じてきたが、昨年は最も高い沖縄県が1.57を下回り1.54に、最も低い東京都は0.96と2年連続で1を下回った。出生率1.54は人口置換水準の4分の3で、0.96は人口を半分も補充できない水準である。年金などの社会保障制度や社会インフラの維持が困難になること、介護などの人手不足が深刻化することなど、危機感が高まっている。

■進んだのは仕事と子育ての両立支援
この35年間の政府の取り組みを振り返ると、1.57ショック当時は、1986年の男女雇用機会均等法施行直後で、女性が子どもを産んでも仕事を続けられるようにする両立支援に重点が置かれた。1992年には育児休業法が施行。1994年策定のエンゼルプランに沿って、保育の量的拡大や低年齢児(0~2歳児)保育、延長保育等の多様な保育の充実が進み、2001年には待機児童ゼロ作戦が掲げられた。2015年度の制度改正では、8時間程度だった保育時間の標準が11時間となり、小学生が放課後や長期休暇中に利用する放課後児童クラブも、午後6時半以降まで利用できるクラブの割合が、2006年の17%から2024年には62%に上昇した。
こうした両立支援により1・2歳児の保育利用率は、2010年の3割から、2024年には6割に高まり、男性の育児休業取得率も、2015年度まで3%を下回っていたが、2023年度には30%を超えた。25~44歳の女性の就業率は、1985年には6割に届かなかったが、2023年には8割を超えた。

■均等法の影で光が当たらなかった子どもの権利条約
エンゼルプランが策定された1994年に、日本政府は国連の子どもの権利条約を批准した。しかし、均等法への対応で手一杯だったためか、子どもの権利条約に沿った検討は進まず、日本政府は国連から何度も取り組みが不十分だと勧告されてきた。
子どもの権利状況の改善は遅れている。警察庁の発表では2024年に児童虐待で亡くなった子どもは52人と、前年より24人増えた。保育所については、待機児童数は大幅に減少したものの、重大事故件数は増加しており、2022年度には認可保育所において、脅迫的な言葉かけなどの不適切な保育が914件、うち虐待が90件確認された。
学校については、小・中・高校を合わせた不登校児童生徒は2023年度に40万人を超え、10年で2倍以上に増加。なかでも小学校低学年では前年比3割以上の増加となっている。いじめの重大事態件数(注1)も前年より4割以上増え、1,300件を超えた。2023年度、教員から被害を受けた児童生徒の数は、体罰が834人、暴言などの不適切な指導が2,102人確認されている。公立学校教育職員で、精神疾患による病気休職者数は過去最多で、児童生徒に対する性暴力等により懲戒処分を受けた人数は前年より3割も増えている。
5月に公表されたユニセフ(国連児童基金)の報告書(注2)によれば、日本の子どもの幸福度は36か国中14位だが、精神的幸福度は32位と低い。日本は15~19歳の自殺率が最も大きく増加した国として紹介されており、水準としても調査国中4番目の高さである。親や家族が「あなたと話すためだけに時間をとる」ことが、少なくとも週に1~2回あると答えた15 歳の子どもの割合は、最も高いアイルランドが91%であるのに対し、日本は53%と最下位であった。

■子どもと、子どもと関わる大人のウェルビーイングこそ少子化対策の要
東京都の調査(注3)では、17歳の16%が「子どもを育てたいとは思わない」と回答しており、「育てたいとは思わない」人は「育てたい」人よりも幸福度が低い傾向が見られた。親も大変そうで、自分自身もつらい目にあった子どもは、結婚して子どもを育てたいという気持ちにはなりにくいだろう。加えて、日本は男女とも、睡眠時間が最も短い国として知られている(注4)。仕事と子育てが両立できても、子どもと話す時間や睡眠時間が最も短い国で子どもが増えるのだろうか。
翻って海外の状況を見ると、保育者が十分休めない状況は子どもを危険にさらすことだとして、フランスでは保育園を4週間一斉休園し、親も長期休暇を取るという(注5)。子どもの有無にかかわらず、従業員が働く時間や場所を決められる国も増えている。お金をかけずに楽しめる地域の緑地、スポーツクラブ(注6)、飲食もおしゃべりも自由な居心地の良い公共図書館(注7)などを整備する国もある。
子どもの権利を軸に、子ども、そして子どもと関わる大人に、居心地の良い安心できる場所がある、自由に意見が言えて聴いてもらえる、しっかり休んで勉強や仕事に集中できる、といったウェルビーイングを実現することこそ、少子化対策の要ではないか。どんな社会を目指すのか、小手先の対策ではなく大胆な理想像、未来像を描くことが求められている。
なお、2025年2月13日、弊社社会価値共創スタジオにおいて、日本総研主催シンポジウム「条約批准30年の日本の子どもの権利状況~学校と企業の先進事例から考える~」を開催した。以下の録画および講演資料も参照されたい。

【YouTube映像】
日本総研主催シンポジウム「条約批准30年の日本の子どもの権利状況~学校と企業の先進事例から考える~

【講演資料】
子どもの権利の今」日本総合研究所 調査部 上席主任研究員 池本美香
学校における子どもの権利の実態と学校運営への子どもの意見表明権の保障」東京都立大学大学院 客員教授 宮下与兵衛 氏


※子どもの権利状況に関して筆者が作成・執筆した主なレポートは以下の通り。
こども基本法施行を踏まえた高校教育の課題 -求められる適格者主義からの脱却-|日本総研
子ども人口減少下の保育の在り方|日本総研
子どもコミッショナーの設置を急げ―ニュージーランドとイングランドの事例からの示唆―|日本総研
子どもの権利条約をふまえた学齢期の教育の在り方-イギリスの動向とわが国への示唆-|日本総研
学校教育時間外における学校空間活用の現状と課題|日本総研
こども家庭庁設置後に取り組むべき保育制度の課題|日本総研


(注1)小学校、中学校、高等学校、特別支援学校の合計。生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがある、もしくは相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認められた件数。
(注2)Child Well-Being in an Unpredictable World, Innocenti Report Card 19
(注3)東京都子供政策連携室「とうきょう こども アンケート」報告書(令和6年調査)図表1-35および図表1-36
(注4)内閣府「男女共同参画白書 令和5年版」コラム1(図5) 
(注5)高崎順子「休暇のマネジメント―28連休を実現するための仕組みと働き方」KADOKAWA
(注6)高松平藏「ドイツ自治体が、子ども・子育て環境に必要だと考えていることは何か?」JR Iレビュー 2022 Vol.6, No.101
(注7)吉田右子「北欧の公共図書館と子どもを対象としたサービス・子育て支援」JR Iレビュー 2022 Vol.6, No.101


※本資料は、情報提供を目的に作成されたものであり、何らかの取引を誘引することを目的としたものではありません。本資料は、作成日時点で弊社が一般に信頼出来ると思われる資料に基づいて作成されたものですが、情報の正確性・完全性を保証するものではありません。また、情報の内容は、経済情勢等の変化により変更されることがあります。本資料の情報に基づき起因してご閲覧者様及び第三者に損害が発生したとしても執筆者、執筆にあたっての取材先及び弊社は一切責任を負わないものとします。

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