コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

オピニオン

インフレ下における認定薬局の実態に関する大規模調査結果

2025年05月12日 持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けた研究チーム、川舟広徒


★インフレ下における認定薬局の実態に関する大規模調査結果

1.背景と目的

 「持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けた研究チーム」では、国民の一生涯の健康を地域における多職種連携で診るプライマリ・ケアチーム体制整備を提言してきた。特にプライマリ・ケアチームを支える薬局薬剤師や保険薬局に着目し、3度にわたり下記の提言を実施している。

時期
タイトルと概要
2023年3月薬局薬剤師・保険薬局の価値向上に向けた提言(※1)
- 薬局薬剤師が価値ある機能・役割を発揮し、保険薬局が薬局薬剤師の活動を支え、真のプライマリ・ケアを実現するために求められる取り組みを提言
2023年10月薬局薬剤師・保険薬局の価値向上に向けた提言 -保険薬局の役割に関する大規模調査・認定薬局調査を踏まえて-(※2)
- 薬局が果たす機能・役割の実態把握、専門医療機関連携薬局および地域連携薬局による医療貢献の具体化の検討を行い、さらなる薬局薬剤師・保険薬局の価値向上に向けて提言
2024年3月薬局薬剤師・保険薬局の価値向上に向けた提言 -在宅医療・緩和ケア、医療的ケア児への対応促進、保険外業務含めた薬局機能強化について-(※3)
- 「がん以外」の専門医療機関連携薬局の可能性、保険に依存した収益構造からの脱却の可能性について検討を行い、さらなる薬局薬剤師・保険薬局の価値向上に向けて提言


 2022年以降、薬局運営における物価高騰による深刻な影響が指摘されており、本報告では、インフレーション(以下、インフレ)が薬局運営の持続可能性に与える影響について実施した調査・分析結果を報告する。
 例えば、公益社団法人日本薬剤師会が2022年10月に公表した「予算・税制改正等に関する要望」(※4)では94%の薬局が「物価高騰の影響による負担を感じている」と回答し、また、一般社団法人日本保険薬局協会が2023年5月に公表した「物価高騰及び処遇改善に係る調査報告書」(※5)でも、「物価高騰及び従業員の処遇改善が今年度の経営に与える影響について、95.0%(76社)が「大変厳しい」「やや厳しい」と回答されている」と報告されている。
 令和6年度診療報酬改定では、厚生労働省の社会保障審議会医療保険部会等で物価高騰・賃金上昇等の影響を踏まえた対応が議論され、最終的に診療報酬本体は+0.88%と決定された。ただし、中医協2号側(診療側)委員からは「十分とは思っていない。もっと上げていただく必要がある」との意見が示されており、また、全国保険医団体連合会も「インフレ率2.5%に対し改定率0.88%では実質マイナス改定であり、物価高騰や賃上げ対応には不十分」と指摘している。このように、インフレ等の影響を踏まえた診療報酬改定についての問題点が指摘されているものの、令和6年度診療報酬改定後のインフレ等の薬局運営に対する影響は十分に把握されていない。

 本調査研究では、認定薬局を対象としたアンケート調査により、インフレ下におけるコスト増や賃上げ実態が薬局の経営に与える影響を把握すると共に、令和6年度診療報酬改定後の薬局運営の経済的負担や薬局運営に係るコスト改善の実態、機能向上・サービス拡充施策の実施状況について調査・分析した。今後、本調査・分析を踏まえ、薬局薬剤師および保険薬局がさらなる価値提供を行うにあたっての持続可能な診療報酬の在り方に対する提言や保険薬局事業持続に向けた提言等を行う。
 本報告では、本調査研究で実施した認定薬局向けアンケート調査結果を報告する。なお、薬局薬剤師および保険薬局がさらなる価値を提供するための課題や課題解決の方策の提言については、令和7年度上期に公表する計画である。

2. 調査検討の手法

(1)認定薬局に対する大規模調査
 インフレ下におけるコスト増や賃上げ実態が薬局の経営に与える影響を把握すると共に、令和6年度診療報酬改定が薬局運営に与える経済的負担の実態や薬局運営に係るさまざまな施策を評価することを目的に、認定薬局に対してアンケート調査を実施した。手法の詳細は別添資料を参照いただきたい。
(倫理審査:一般社団法人日本薬局学会倫理審査委員会 受付番号 24017)

(2)有識者研究会における議論
 有識者(アカデミア、薬局薬剤師、医師等)9名が委員を務める「薬局価値向上研究会」を組成し、「認定薬局に対する大規模調査」の実施方針や調査項目等に関する議論・検討を2024年11月15日(金) 12:00~14:00、および2025年1月15日(水) 13:00~15:00の2回にわたり実施した。大規模調査結果に関する分析やこれを踏まえた提言内容の妥当性の議論・検討については、令和7年度上期に研究会を開催する計画である。
 「薬局価値向上研究会」の委員は以下の通り(委員は氏名の五十音順で掲載)。

〇委員長
大阪医科薬科大学 薬学部 社会薬学・薬局管理学研究室 教授恩田 光子 様
〇委員
明治薬科大学 公衆衛生・疫学研究室 教授赤沢 学 様
和歌山県立医科大学 薬学部 社会・薬局薬学 教授岡田 浩 様
さくら薬局グループ クラフト株式会社 教育研修部 課長緒方 直美 様
昭和薬科大学 社会薬学研究室 研究員串田 一樹 様
総合メディカル株式会社 上席執行役員 薬局事業本部長 兼 学術情報部長下川 友香理 様
株式会社日本総合研究所 調査部 主任研究員成瀬 道紀 様
一般社団法人 日本プライマリ・ケア連合学会 副理事長/
社会医療法人清風会奈義・湯郷・津山ファミリークリニック 所長 医師
松下 明 様
株式会社ファーマシィ 薬局本部 薬局2部 部長山下 貴弘 様


3.認定薬局に対する大規模調査の結果と分析

 大規模調査の結果、多くの薬局が人員不足を強く感じており、さらに経費と労務費の増加が経営を圧迫していることが明らかになった。業務改善やコスト削減に向けた取り組みは行われているが、その効果は限定的との意見が多くを占めた。また、薬局にてさまざまな機能向上やサービス拡充策に取り組んでいるものの、これが経営に負担をかけており、患者への具体的な効果も明確には現れていないことが指摘された。将来的な懸念として、スタッフの過重労働やそれによる離職を招き、人材不足問題が一層深刻化する可能性が挙げられた。
 大規模調査の詳細な結果については、別添資料を参照いただきたい。

配属人数の不足感
 61%の薬局が、薬剤師の配属人数が不足していると感じている。また、薬剤師以外の者についても49%の薬局は不足していると感じており、配属人数に課題を抱えていることが示唆された。

労務費や経費の増加、賃上げの目標未達
 2024年6〜11月における処方箋受付回数は前年より0.85%減少し、処方箋単価は0.53%増加している。一方、労務費は5.36%、経費は3.70%増加している(※6)。処方箋受付回数と処方箋単価の前年変化から、薬局収入は総じて減少していると考えられるものの、労務費や経費が増加しており、経営が圧迫されていることが示唆される。また、回答者である薬局長/管理薬剤師の2024年の賃金は、前年比で平均1.28%増(※7)と試算され、厚生労働省が掲げる「令和6年度ベースアップ2.5%、令和7年度ベースアップ2.0%」や厚生労働省が公表する賃上げ率5.33%(※8)と比較すると、賃上げが目標通り進んでいない可能性がある。

業務改善とコスト削減の取り組みと効果
 薬局は業務改善・コスト削減のために、「機器、システムの導入」、「業務工程の標準化・最適化」、「薬剤師でない者への業務シフト」等に取り組んでいる。これら経営改善施策について、過半数が貢献していると感じる一方、49%は効果なし・不明確だとしている。

薬局の機能向上およびサービス拡充に係る取り組みと効果
 薬局は機能向上・サービス拡充のため、「マイナ保険証受付の啓発活動」、「医薬品供給不安定に係る患者対応」、「長期収載品の選定療養に係る患者対応」等に取り組んでいる。ただし、これら取り組みは薬局の経営への「貢献」よりも「負担」が大きいとの意見が多くを占めた。
 また、これら取り組みにより、患者にもたらすアウトカムが向上していると考える薬局は55.2%を占め、向上していないと考える薬局は7.1%にとどまっており、総じて患者へのアウトカムへの貢献度は高いと言える。患者にもたらすアウトカムが向上していると考える薬局は、その理由として、33%が「新制度への対応」、27%が「フォローアップやコミュニケーション」を挙げた。また、患者にもたらすアウトカムが向上していないと考える薬局は、その理由として43%が「薬局の収益・負担」、38%が「新制度への対応」を挙げ、薬局の収益減・負担増や新制度への対応による負担増のため、結果的に患者にもたらすアウトカムが向上しないと考える薬局が多い。

経営状況悪化とその要因
 1年前と比較し、45%の薬局が経営状況は「悪化した」と考える一方、「改善した」と考える薬局は19%にとどまっており、経営状況が悪化していると感じている薬局が多いと言える。また、経営の悪化要因には、「物価上昇による経費増加」、「薬価改定の影響」、「薬価引き下げ」、「薬価差益の減少」が大きく影響を与えている。

経営悪化に対する今後の懸念
 経営悪化に伴い、スタッフ一人あたりの負担増加、モチベーション低下、離職の可能性が指摘されており、特に人材に関する懸念が大きいと言える。

(※1):株式会社日本総合研究所「薬局薬剤師・保険薬局の価値向上に向けた提言」(2023年3月30日)
(※2):株式会社日本総合研究所「薬局薬剤師・保険薬局の価値向上に向けた提言 -保険薬局の役割に関する大規模調査・認定薬局調査を踏まえて-」(2023年10月5日)
(※3):株式会社日本総合研究所「薬局薬剤師・保険薬局の価値向上に向けた提言 -在宅医療・緩和ケア、医療的ケア児への対応促進、保険外業務含めた薬局機能強化について-」(2024年3月29日)
(※4):公益社団法人日本薬剤師会「予算・税制改正等に関する要望」(2022年10月)
(※5):一般社団法人日本保険薬局協会医療制度検討委員会「物価高騰及び処遇改善に係る調査報告書」(2023年5月)
(※6):大規模調査・設問33~36の結果に基づき、各階級の平均値を使用した加重平均により算出
(※7):大規模調査・設問47の結果に基づき、各階級の平均値を使用した加重平均により算出
(※5):厚生労働省「令和6年 民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況を公表します」(2024年8月2日)

<本報告の帰属>
 本報告は、株式会社日本総合研究所「持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けた研究チーム」が公正・公平な視点を心がけ、国民や医療従事者の視点から中長期的な社会貢献を目指して作成したものである。一般社団法人日本保険薬局協会の資金提供による調査研究の成果として提示するが、その内容は研究チームが自由かつ独立してまとめたものである。

<持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けた研究チーム>
本報告取りまとめ リサーチ・コンサルティング部門 マネジャー 川舟 広徒
社内アドバイザー 調査部 主任研究員 成瀬 道紀
社内アドバイザー リサーチ・コンサルティング部門 シニアマネジャー 川崎 真規
社内メンバー リサーチ・コンサルティング部門 ⼩倉 周⼈ 志崎 拓八

<本件に関するお問い合わせ>
マネジャー 川舟 広徒
E-mail: kawafune.hiroto@jri.co.jp

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ