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Economist Column No.2025-010

就職氷河期世代支援の心得 -生活支援はその場しのぎの選挙対策にあらず-

2025年05月08日 下田裕介


■政府・与野党で動き出した就職氷河期世代への支援
就職氷河期世代に対する支援策が脚光を浴びている。政府は4月25日、「就職氷河期世代等支援に関する関係閣僚会議」の初回会合を開き、そのなかで石破首相が、①就労・処遇の改善、②社会参加、③高齢期を見据えた備え、の3つを柱とする支援策の拡充を閣僚に指示した。6月をめどに策定し、「骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)」にも盛り込む見込みだ。自民、公明の両与党も4月3日に政策協議体を設置し、今夏の参議院選挙の公約のひとつとして、就職氷河期世代を含む現役世代を対象とした支援策を取りまとめる。
一方、野党も同世代に焦点をあてた支援策を打ち出している。例えば、立憲民主党では、政府の会合と同じ日に「就職氷河期『リスタート』」と銘打った政策提言を公表した。それによると、政府の就職氷河期世代に対する支援プログラムの拡充を大前提としたうえで、①Money/お金、②Home/家、③Time/時間、の3つの観点から、同世代の「リスタート」支援に横断的・長期的視点で取り組むことを提言している。
また、国民民主党では、全世代の手取りを増やすことをスローガンに掲げるなかで、国や民間企業による正規雇用としての採用促進、厚生年金の遡及納付や最低保障年金制度の構築、リフレッシュや学び直しを前提とした就職氷河期世代サバティカル制度の導入など、就職氷河期世代をターゲットとした支援を、昨年以降、提言として訴え続けている。さらに本年4月には、同世代の課題に向き合うYouTube公式チャンネルを立ち上げるなど、取り組みを強化している。

■支援策は「就業支援」から「高齢期に備えた対策」に
政府・与野党がそれぞれ打ち出した就職氷河期世代対策の中身をみると、共通しているのは、「高齢期」の課題に焦点をあてていることである。就職氷河期世代の明確な定義はないものの、中心とされる層は現在40歳代前半~50歳代前半であり、そう遠くない将来に高齢期を迎える。筆者がこれまで指摘したように(注)、同世代は今後、①親の介護により金銭的・肉体的負担が増大する、②高齢者の賃貸住宅の入居拒否により住まい探しに苦労する、③これまでの所得雇用環境や資産形成の遅れなどから生活費を捻出できない、といった事態が懸念される。人口ボリュームゾーンでもある就職氷河期世代において、高齢期の貧困問題を放置すれば、社会全体に無視できない負のインパクトとなる。これらを踏まえると、これまで講じられてきた支援策のメインであった就業支援など(「いま」必要とされる支援)に、福祉・社会保障に目を向けたサポート(「これから」必要となる支援)を加えたことは妥当といえよう。

■支援を考えるうえで必要な視点
就職氷河期世代支援を考えるうえで、重要な視点が2つある。第1に、選挙を見据えた一時的な対策ではなく、就職氷河期世代の実情を踏まえ、名ばかりではなく、実を伴った腰を据えた政策対応を進めていくことである。就職氷河期世代に対する支援を振り返れば、2000年代前半から始まり、2019年に安倍首相(当時)が打ち出した支援を経て、今再び注目されているわけだが、同世代が抱える問題が劇的に解決されたわけではない。それだけ就職氷河期世代にまつわる問題は複雑で多岐にわたるということだ。例えば、同世代が抱える課題の根本にある非正規雇用の問題をみても、現状、正規雇用を希望するもののその職に就くことができずにいる、子育てや介護などを理由に非正規雇用を選択しているものの処遇の面で不安を抱えている、働くこと自体を諦めて社会とのつながりを絶っているなど、さまざまな事情が存在する。また、新卒当初の就職活動の失敗がその後の長期にわたる不遇につながり、健康を害するケースも少なくない。こうした厳しい状況を踏まえると、就職氷河期世代支援は、その場しのぎの選挙対策で太刀打ちできるものではなく、就業、子育て・介護、引きこもり、健康維持、社会保障、住宅確保等々、様々であり、幅広い政策課題に目を向けた総合的な対応を講じていくことが不可欠となる。
第2に、殊更に就職氷河期世代だけを強調し、支援策を強化する必要はなく、国民全体の観点が重要ということである。親の介護や高齢期の住宅、年金問題は、その規模は違えど就職氷河期世代よりも上の世代において、わが国ですでに浮き彫りとなっている課題である。また、同世代より下の世代においても、雇用や所得が不安定なケースは少なくない。厳しい状況に置かれている割合の高い就職氷河期世代に焦点をあてて支援を強化する政策自体は、方向性として正しいといえるが、上述した問題は、就職氷河期世代だけが抱える問題でもない。それらの課題に対して特定の世代に絞らず適切な政策を講じることで、結果として支援が必要な中心層と考えられる就職氷河期世代の人たちのサポートにつながるほか、他の世代にも支援が行き渡ることが期待される。就職氷河期世代への支援に引き続き目を向けるとともに、世代間の不必要な分断を招かない、新たな不遇の世代を生み出さない視点も重要といえよう。


(注)就職氷河期世代が抱える課題とその対応策の方向性については、筆者作成・執筆の以下のレポートや書籍を参照。

団塊ジュニア世代の実情─「不遇の世代」を生み出したわが国経済・社会が抱える課題─」日本総研 JRIレビュー Vol.17 No.66(2019年5月15日)

就職氷河期世代への支援の在り方を考える」日本総研 ビューポイント No.2019-014(2019年5月29日)

就職氷河期世代の行く先』(日経BP 日本経済新聞出版本部、2020年11月9日)

50歳代を迎える就職氷河期世代の実像 ― 雇用環境は一定の改善も、所得は依然低迷しており資産形成に遅れ ―」日本総研 リサーチ・アイ No.2023-055(2023年11月8日)

50歳代を迎える就職氷河期世代の実像②― 184万世帯が将来の住宅取得意向なし、シニア期の住宅難民化を回避する環境整備を ―」日本総研 リサーチ・アイ No.2023-069(2023年12月15日)

50歳代を迎える就職氷河期世代の実像③― 約200万人が介護に直面する可能性、働きながら介護できる制度の整備と利用の促進を ―」日本総研 リサーチ・アイ No.2023-083(2024年2月9日)

50歳代を迎える就職氷河期世代の実像④ ―増加する親からの相続では老後不安の解消に至らず、空き家の活用も一案―」日本総研 リサーチ・アイ No.2023-098(2024年3月29日)


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