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個・孤の時代の高齢期における「死」

2024年09月10日 沢村香苗


 本メールマガジンでは、「個・孤の時代の高齢期」というテーマを何度か取り上げてきた。心身や環境の機能低下に対応しながら生活を維持するだけでなく、火葬納骨、債務の支払いや財産の分与、役割の引継ぎなど、自分の存在を完結させる手続きについても「自ら」行わなければならない現代の高齢期の矛盾・困難について、多くの方に知って頂きたいと思っているからだ。今回は、この「個・孤の時代の高齢期」における「死」の問題について、考えてみたい。

 2023年に死亡した人は150万人あまりと過去最多で、うち7割が75歳以上の高齢者である。2022年には64.5%の人が病院で亡くなる一方、自宅で亡くなる人は17.4%であり、在宅医療の推進もあって近年は増加傾向にある。
 今年5月に警察庁は警察取扱死体のうち、自宅において死亡した一人暮らしの高齢者(65歳以上)が令和3年1月から3月で17,034人であることを発表した(※1)。また、厚生労働省は引き取り手のない遺体・遺骨の自治体における取扱いの実態把握の調査研究事業を行っている。自宅で誰にも看取られず亡くなる人、亡くなった後に死亡届を出し火葬の手続きをしてくれる引き取り手のない人の増加に対し、国も看過できなくなり、実態調査に乗り出しているのである。

 孤独死や引き取り手のない遺体に関して、最初に直面するのは、死亡届を誰が出すのかという問題だ。人が亡くなった時には死亡届を提出しなければならない。死亡届によってその人の戸籍に死亡の記載がなされ、住民票が消除され、相続などの手続きが開始される。とても重大な意味を持つ届であり、誰でも届出ができるわけではない。死亡届を出すべき人として一義的に想定されているのは、同居の親族、同居の親族以外の同居者、家主、地主、家屋管理人または土地管理人である。これらの人々には届け出の義務がある。同居の親族以外の親族、後見人、保佐人、補助人、または任意後見人、任意後見受任者にも、届け出をすることが認められている。これら以外の人は届出をすることができない。死後の手続きはすべて死亡届が出されないと進められないため、届出人がいないことで様々な困難が生じる。真っ先に直面するのは、火葬許可が下りずにご遺体を火葬できないという問題である。

 この問題に対処するため、引き取り手がないご遺体については、墓地埋葬法第9条の規定により、死亡地の市町村長の責任で火葬することとされている。この件数が、自治体の負担になるほどに、増加しているのである。
 先に述べた、引き取り手のない遺体・遺骨の自治体における取扱いの実態把握の調査研究事業(調査事業名:「行旅病人及行旅死亡人取扱法、墓地、埋葬等に関する法律及び生活保護法に基づく火葬等関連事務を行った場合等の遺骨・遺体の取扱いに関する調査研究事業」)を筆者らが受託して実施しているのだが、自治体に対するヒアリングを行う中で、「死」をめぐる新しい状況が生まれていることへ驚き、死に対する自らの価値観がいかに曖昧で、想像が至っていなかったのかを痛感させられている。とりわけ印象的だったのは、自治体職員にとっては、事務手続きそのものに加え、一体、何が望ましく、何が正しいのかがわからない状況下で、遺体を取り扱い、火葬のための手続きを行わねばならないことからくる心理的な負担も大きいという事実だった。

 例えば、自宅で在宅医療や介護を受けて亡くなった場合は孤独死には該当しない。医療・介護従事者からは「ご本人の希望どおりご自宅で最期まで過ごせた」というエピソードとして語られるケースとなる。しかし、「死亡診断書を書いて置いてきました。カギはあけておきますね。」と連絡を受けた自治体の職員は困ってしまう。遺体をそのままにしておくわけにもいかず、かといって親族に断りなく手続きを進めるわけにもいかないからである。前もって死後の手続きまで見据えた段取りがされていればこのような事態は避けられるが、医療と介護の提供だけに関心が集中して、その後の手続きに思いが至っていないのである。自治体が親族を探しているうち火葬まで長くかかって批判を受けた例があるし、逆に親族がいるのに急いで火葬をしてしまったと批判を受けた例もある。すぐに結論の出る話ではないが、私たちが、人の死をどう取り扱うべきなのか、それを実現するために必要な手続きはどのようなものなのか、改めて考え、共有するべき時期に来ている。その一歩として、日本総研では「SMBC京大スタジオ」(※2)の取組の中で、「誰もが生前・死後の尊厳を保つための「身じまい」「意思決定」のあり方」を専門家と市民との対話会を行うことにしている。その様子はまたこのメルマガなどでお伝えしたい。

(※1) 第213回国会 決算行政監視委員会第三分科会 第1号(令和6年5月13日)
(※2) 【NEWS RELEASE】「SMBC 京大スタジオ」開設について


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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