コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

オピニオン

「備えたい」と「備える」の間を埋める

2024年02月14日 沢村香苗


 本メールマガジンで過去にも何度かご紹介している「個・孤の時代の高齢期」とは、心身や環境の機能低下に対応しながら生活を維持し、死後には火葬納骨だけでなく債務の支払いや財産の配分、役割の引継ぎなど、自分の存在を完結させる手続きを「自ら」行わなければならないという、現代の高齢期の矛盾・困難を描写したものだ。

 1年前になるが、私達は東京都稲城市、神奈川県横須賀市の協力を得て、住民基本台帳から50歳~84歳の住民を合計7000人抽出し、「将来の備え(終活)をおこなうことについてのアンケート」を行った。対象者を住民基本台帳からの抜き出して行う調査は、インターネットなどで行われるモニター登録をした人向けのアンケートとは異なり、その地域で暮らす人の実情を把握できるが、手続きが難しく通常はなかなか実施できない。両市に、「将来の備え」を促す取り組みを真摯に、かつ熱意をもって担当されている職員がおられ、そのお力を大いにお借りして実施にこぎつけたものである。

 アンケートでは、介護や入院治療を受けることになった場合に必要となる事項、亡くなった後に必要になる事項について、自分自身で行うことが難しい、手助けが必要として、誰かに支援や代行を依頼する行動に関して尋ねた。結果は、「自分の病気や要介護、死亡時に周囲の人が手続きできるよう備えたいか」という質問に、65.9%の人が「そう思う」、24.7%の人が「ややそう思う」と答えており、9割の人は何らかの備えをしたいと考えていた。一方で、自分自身で高齢期に必要な行動※ができなくなった場合に備えて、誰かに支援や代行を頼めているかという設問への回答は、ある程度予測はしていたが、衝撃的だった。
 ほとんどの項目で、「誰かに具体的に頼んである」と回答した人は1割を切っていた。最も多かった「(イ)入院の保証人・医師の説明の同席・付き添い」でも、具体的に頼めている人は16.2%だった。国が「人生会議」の名称で推進してきた「(オ)延命治療に関するあなたの考えを医師などに伝える」ことですら、具体的に頼めている人は7.2%に留まった。全体を通じて、3割から5割の人は「依頼はまだだが頼む相手は決めている」と回答しており、頼む相手はイメージしているがまだその話をはっきりとしたことはない状況なのが分かった。筆者の親もきっと、何かあれば筆者がこれらのことを行うと期待していると思われるが、はっきり依頼されたことはまだない。多くの家族が似たような状況なのではないだろうか。また、「頼む相手がいない・決めていない」という回答はその次に多かった。回答者がまだ若い場合、配偶者や子供がいない場合などは、頼む相手もイメージしづらいだろう。

 この調査結果は、メディアのニュースでも取り上げていただいた。その際に、編集サイドから最も関心を寄せていただいたのが「自分自身で高齢期に必要な行動ができなくなった場合に備えることの、何が難しいのか」という点だった。アンケート回答で最も多かったのは「もう少し先でいいと思う」という答えであり、80歳以上の人でも3割がそのように答えていた。80歳以上でも「もう少し先」とは、と驚いたが、その他に多く挙げられた「するべきことが多すぎる」「何をしていいかわからない」「手間がかかる・面倒だ」と併せると、結局はいつ何をしていいかがわからず、歳をとるほどに億劫になるというのが現実なのだろうと推測できる。逆に言えば、いつ何をするかが明確になっていれば、もう少し備えることが楽になると結論付けられる結果であった。

 行政の側においても、従来は、高齢者の将来の備え(終活)に思いを馳せるということがほとんど行われて来なかった。今回のアンケート調査でも高齢期に必要な行動として(ア)~(ク)を独自に定義しなければならなかったほど、行政側では行動類型すら定まっていないのである。とはいえ、このテーマは今、政策上の重要なトピックとして省庁横断で検討が始まったといえる。「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)について(素案)」(全世代型社会保障構築会議、2024年12月)にも「身寄りのない高齢者等への支援」について2028年までに検討を行うことが盛り込まれた。
 ようやく始まった行政の動きにも期待しつつ、私たちがどのようにしたら「備えたい」という気持ちを実行に移せるのか、必ず起こるけれどいつ起こるかわからないことにどう備えるのか、個人の気持ちに立脚してこれからも、高齢者の将来の備え(終活)というテーマをめぐって考えていきたい。

※高齢期に必要な行動
(ア) 日常生活に必要なこと(運転や掃除や買い物や食事の用意など)、(イ)入院の保証人・医師の説明の同席・付き添い、(ウ) 入院費や家賃やその他のお金の支払いの手続き、(エ) 介護保険サービス選びや契約の手続き、(オ) 延命治療に関するあなたの考えを医師などに伝えること、(カ) 亡くなった後の葬儀やお墓の手配、(キ) 亡くなった後のペットの世話(譲渡するなども含む)、(ク) 亡くなった後の財産の配分や家財の処分


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ