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第8回:未来洞察の小説化を実践する その③「鳥がつなぐ二人」

市岡敦子 & SF-Foresightプロジェクト


 第6回および第7回では、ベーシックインカムが実現した社会におけるの「自治体の役割」および「セーフティネットのありよう」について、ショートショートの形式で表現した。続いて、第8回では、ベーシックインカムが実現した社会における「自助生活」について描いてみたい。ベーシックインカムによって最低限の生活をおくることができるようになった中で、人々はどのようにしてスキルやモチベーションを高めていくのだろうか。この後に続く小説に、そのヒントがあるのかもしれない。

タイトル:鳥がつなぐ二人

 ベーシックインカムが導入されて以降、日本の教育は様変わりした。
 特に中学校が大きく変わった。高校で始まる職業教育が前倒しされ、中学教育でも全面に散りばめられるようになったのだ。たとえば教科書では、学習項目一つ一つに「これは実社会でどういかされているか?」が記載されているし(大工になりたければsin/cosは必須!だとか)、著名人がこの項目から何を学んだか、それが自分の勤労人生にどんな影響を及ぼしたのか、インタビュー形式で書かれている箇所もある。
 ベーシックインカムによって、働かなくともお金を得ることができるようになったとはいえ、誰も働かなくなったら困る、きちんと学び、きちんと意志をもって働く子どもを全力で育成すべし、そんな国の魂胆が透けて見える。ベーシックインカムだけで毎日を気ままに勤労せず過ごす生き方は許されない―――それが、学校教育から受け取れるメッセージだった。

☆☆☆


 少年は、そんな学校教育にうんざりしていた。
 「働くためだけに勉強すると考えると嫌になる。・・・自分は働きたくないし、今の社会ならベーシックインカムがあるから働く必要もないのに。働け働けって、なんて息苦しい」
 そう思いながら今日も通学路を一人で帰っていく。
 「クルック―、クルック―」
 街路樹に止まっていた鳩が少年に向かって鳴いている。鳩は「CWA project /no.109」と書かれた小型のバックパックを装着している。少年はすぐに鞄からヘッドフォンを取り出して装着する。
 「ゲンキナイ、ゲンキナイ」と鳩。
 「ありがとう、カワちゃん。いつものことさ」
 彼らは友達なのだ。
 昔は愛玩動物向けだった動物との会話システムは、野生動物の簡単な言葉を理解する程までに進化した。今目指されているのは、野生動物が発する音と、動物の行動との対応関係と、それらのより綿密な分析、そして元となる膨大なデータの収集だ。ベーシックインカムが導入され、自分のための時間が増えたことで、身の回りの植物や動物に興味を持ち楽しむ人が増えた(かつてのコロナ禍で起こった現象と似たようなものだ)。植物や動物の気持ちを理解することは今や一つのエンターティメントと捉えられており、研究機関のみならず大手IT企業も大真面目に取り組んでいる研究開発領域だ。動物が好きな少年は、野生動物のデータ収集の実験プロジェクト「Communication With Wild Animals Project(CWA)」に一市民として参加している。野生動物が自宅に巣を作り居住するのを容認し、その動物に録音・録画機能のあるバックパックを装着、データを毎日ダウンロードして開発企業に送付している。実験に参加すると、野生動物の言葉を瞬時に翻訳するヘッドフォンが、開発段階とはいえ提供されることが少年には魅力的だった。内向的な少年は、友達と過ごすより動物と触れ合っている方が自分らしくいられるように感じていた。住まわせている鳩側も、少年の言葉を理解しているかは定かではないが、そんな少年を慕っているようだった。
 「お金もうけには興味がない。自分の好きなものに囲まれて、質素に暮らすのでいい。親には高校に行けって言われるけど、また働け働けってうるさく言われるのかと思うと…森の中に小屋でも立てて、そこで動物と触れ合いながら暮らせるだけで僕は人生満足なのになあ。ベーシックインカムがあればそれで暮らせるだろうし」
 「マエヲミロ、マエヲミロ」
 鳩に言われて地面に向けていた顔を上げると、少し離れたところに少女とカラスがいた。少女は少年とは違う中学の制服を着ていて、少年と同じヘッドフォンを装着している。カラスは、「CWA project /no.44」と書かれたバックパックを装着している。少年と鳩に気が付いた少女は、二者の姿を素早く確認すると、ぱっと進行方向をむいて足早に立ち去って行った。
 綺麗な子だな、と少年は思った。カサついていた少年の心が少し暖かくなった。

☆☆☆

 家に帰って、少年は自分の部屋のベッドに仰向けで寝ている。寝ながら、少年は少女のことばかり考えている。少女のことは見たことがなかったが、きれいな子だった。同じプロジェクトに参加しているようだったが、あの子も動物が好きなんだろうか。人と付き合うのは苦手だから、一人で生きていく将来しか考えられなかったけれど、価値観を共有できる相手だったら、一緒に暮らすのも楽しいのかもしれない。あの子はどんな子なんだろう……
 少年の部屋の窓のすぐ外の木に、住まわせている鳩が止まった。鳩を見て少年は思いつく。少年は窓を開ける。
 「カワちゃん、思いついたんだけど、僕さっきの子が気になるんだ。探しだして、ちょっと様子を見てきてよ。どんな生活をしているのかとか、知りたい。カワちゃんが見つけられたら、バックパックのカメラのデータで僕も見ることができるよね。あの子のカラスはCWA project /no.44ってバックパックを背負っていたから、それを目印に探せるんじゃないかな」
 少年は紙に、少女とカラスの絵を書いて、鳩に示す。
 「オッケー、オッケー アノコヲサガスノ、オッケー」
 鳩は早速旅立って探偵に行く。

☆☆☆

 夜になって、鳩は少年の部屋に帰ってきた。その姿はボロボロで、羽が逆立ち、ところどころ流血していた。
 「カワちゃん!一体どうしたの!?」
 少年は急いで映像データをパソコンにダウンロードして、何が起こったのか把握しようとした。映像に収められていたのは、鳩が例のカラスを見つけたところすぐにカラスも鳩に気が付き、カラスが激しく鳩を襲ってきた様子だった。
 「カワちゃん…僕のせいだ。欲を出して変なことを頼んでしまった僕が悪い。こんな目に合わせてごめん… 生活が保障されているからと言って、浮かれすぎてはだめだよね、情けない…」
 「ダイジョウブ、タイシタコトナイ。ゲンキダセ、ゲンキダセ、ゲンキダセ―!」
 鳩は苦しそうに、そして申し訳なさそうに泣き続ける。

☆☆☆

 夜、少女は部屋で勉強をしている。そこにカラスが窓からやってきた。
 「ハト、オッテキタ、オイハラッタ」
 「やっちゃん、ありがとう。やっぱりあの子につけられていたんだね。怖かった。そんな予感がしたの」
 少女はカラスの頭をなでる。
 「これまでも同じようなことが何回かあったんだよね。人だったら後をつけるのは問題になるけど、鳥だったらいいとでも思っているのかしら」
 少女は机に向き直し、問題集のページをめくった。
 「さてこんなことに気を取られている場合じゃないね。私は頑張っていい大学に行って、その道の一番になりたいの。そのためには勉強に集中して、成果をださないと・・・
 ベーシックインカムになって生活に困らなくなったとはいえ、日本で女性の地位が向上したわけじゃないの。男女平等はまだまだなんだなぁって、中学生の私でも実感する。少しでも多くの女性が、頑張って、努力して、社会の上層部を目指さして、社会を変えていかないと……」
 「ガンバッテ、ガンバッテ」
 カラスの声が夜の空に響き渡る。

(終わりに)
 さて、ショートショートを読み終えた皆さんはどのような感想をお持ちだろうか?
 小説では、ベーシックインカムが実現した社会の未来像の一つとして、若者が鳥をパートナーとして生活する姿が描かれている。男の子の視点で見ると、パートナーである鳩の痛ましい姿をきっかけに、また女の子の視点で見ると、パートナーであるカラスからの励ましのもとで、それぞれがベーシックインカムの世界を生き抜くモチベーションを喚起している/高めているといえよう。すなわち、ベーシックインカムによって最低限の生活が保障される中で、若者が抱える生きづらさを共有する相手として、鳥ないし動植物などの自然を擬人化して活用できるのではないかという気づきが得られる。また、今回の小説をきっかけに、
・鳥ではなく他の自然(有機物)がパートナーになるとすると、何がベストだろうか。はたまた、自然(有機物)よりもロボット(無機物)の方がよいのではないだろうか
・自然(有機物)がパートナーとして人々のモチベーションを喚起する/高めるために必要な要素に何があるだろうか

 といったような議論の発展(【提案進化】)も容易に想像できる。是非みなさんと議論してみたい。それでは次回もお楽しみに。
以上
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