第7回:未来洞察の小説化を実践する その②「変身」
小林幹基 & SF-Foresightプロジェクト
第6回では、ベーシックインカムが実現した後の「自治体の役割」をショートショートで描いた。続いて第7回では、「セーフティネット」のありようについて、同じくショートショートで描いてみたい。第4回で述べたとおり、ベーシックインカムが実現した社会においては、公的サービスが現金支給に集約されるため、公的機関による十分なセーフティネットは期待できない。そのような社会では、どのようにして「万が一」のリスクに備えることになるのだろうか。この後に続く小説に、そのヒントがあるのかもしれない。
タイトル:変身
・・・カンカンカン・・・
『もうすぐ完成だ!おっと、これも入れておこう』
☆☆☆
「あっ、まぶしい」
目を開けると周りにはたくさんの人だかり。みんなが僕を見ていた。
「あっ、粟田さんだ。八幡さん、田中さんもいる。あそこには市岡さんと日野さんも」
僕にはみんなの情報がすでにインプットされていた。
『やっと完成だ!』
『今日からしっかりと巡回して、みんなの様子を見守ってくれよ』
『それにしてもソフトクリーム型のモビリティ(移動体)なんて面白いね』
周りに集まっている人たちが次々と大きな声を上げていた。
「なるほど。僕はみんなに作ってもらったんだ。でも、なぜソフトクリーム型?」
その日から、僕はみんなのもとを巡回して、みんなのことを見守っている。高精細な画像処理モジュールが搭載された僕の目を通すと、体温だって脈拍だってストレスだってわかる。みんなの食事も見せてもらって栄養管理もばっちり。
「そういえば、いつか八幡さんの脈拍に異常があって、みんなにアラートを出したんだった。医師の日野さんによると睡眠不足だろうとのこと。あの時は大事に至らなくてよかったなぁ」
☆☆☆
夏になると、僕を見かけた子どもたちが思い出したように口にする言葉がある。
『ねぇお母さん、ソフトクリームが食べたいよ』
「だって僕はソフトクリーム型のモビリティなんだもの」
暑い夏にソフトクリームのことを思い出させることも僕の役割なのかもしれないと思い始めていた20XXの夏。この年は過去に例のない猛暑だった。まさに異常気象。日本各地で45度を超え、皆、一歩外に出ると体中から汗が滴り落ちていた。商店街では大人も子どもソフトクリーム屋に列をなしているのだが、やっとの思いで手にしたソフトクリームもあれよあれよという間に溶けていく。
「あぁ、あの子、せっかくソフトクリームを手にしたのに、早く食べないと溶けてなくなっちゃうよ」
次の巡回先である粟田さんのもとに向かう途中に、市岡さんの子どもが持つソフトクリームに僕の目は奪われていた。…とその瞬間、なぜか僕の体が溶け始めた。
「なんだ!これは。どうしよう。みんなに治してもらわないと」
これも異常気象によるものなのか……
体が溶けながらも粟田さんのもとに到着すると、
『あぁ、ありがとう。助かったよ』
粟田さんがそう言いながら僕の体の中から何かを取り出した。
『今年は猛暑で食料不足。世の中が大混乱だ。特に小麦やとうもろこしは不足しており価格が高騰している。ベーシックインカムの時代になり、国も自治体も当てにならない。だから、異常気象による食料不足に備えて、みんなでお前を作ったんだよ。猛暑になると溶ける素材を使ってね。ソフトクリームの形にしたのは、暑くなると溶ける。まぁ、洒落だ』
僕はみんなを見守るだけでなく、異常気象による食料不足に備えた食料の備蓄の役割も兼ねていたのだ。
『さぁ、みんなに備蓄している食料を配ってきておくれ。私はこの夏を乗り越える分は手にした。この夏が終わると、またみんなでお前をもと通りにしてやるさ』
気がつくと僕の体はすべて溶けて保管庫モビリティになっていた。
「さぁ、次は田中さんのとこだな。僕の到着を待っているに違いない」
(終わりに)
ショートショートを読み終えた皆さんはどのような感想をお持ちだろうか?
小説では、ベーシックインカムが実現した社会の未来像の一つとして、共同体・地域コミュニティがセーフティネットを具備する自律型モビリティを保有する姿が描かれている。第4回では、そのような姿を400字程度の「概要」として取りまとめたがi、小説を読み終えた皆さんはそれ以上に具体的なシーンをイメージできたのではないだろうか。まさに【情報共有】につながったと言えよう。また、少なくとも下記のような【提案進化】につながる気づきも得られたのではないだろうか。
・共同体・地域コミュニティは、食糧危機以外の側面(例えば、医療、教育など)でどのようにセーフティネットを構築できるだろうか。
・モビリティは、自律化していくことで人の移動を支える以上の役割を担うことができるのではないだろうか。
次回、第8回では、ベーシックインカム後のどんな社会が描かれるだろうか。ぜひ、次回もお楽しみに。
以上