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【社会・環境インフラにおける政策・事業革新】
水道事業のデジタルトランスフォーメーションの現場推進に向けた考察

2021年06月21日 中嶌泰介


1.水道事業×ICTの現状
 我々は毎日当たり前のように水道水を消費しているが、その安定供給を支える水道事業の運営は今、さまざまな危機に直面しているのをご存じであろうか。戦後、一斉に整備された水道施設・管路は3度目の更新投資サイクルを迎えつつある。これまでのサイクルと違うのは、人口の減少によって財源や職員のマンパワーが不足している中でこの課題に対処しなければいけないという点である。さらに、技術職員の高齢化によって、「経験工学」と言われている水道施設の運転ノウハウがうまく継承されていかない懸念もある。こうした問題について真剣に考えなければ、日本が将来にわたって安全・安心な水にアクセスできる国であり続ける保証はないのである。
 こうした課題への対応策の一つとして、ICTが注目されている。経済産業省を中心に水道事業におけるデータ蓄積の基盤となる「水道標準プラットフォーム」が整備され、ここに集積されたデータを活用した「水道情報活用システム」の導入を推進している。水道情報活用システムを利用して施設・管路の更新業務の効率化を進めることや、運転の効率化によって管理を省人化すること、また属人的であった運転ノウハウを形式知化して次世代に引き継いでいくこと等、水道事業が直面しているさまざまな課題を解決するデジタルトランスフォーメーションの実現が期待されている。このように、ICTの力を借りて水道事業を持続的に維持していく取り組みは現在、国を中心に少しずつ進められている。
 しかしながら、水道事業のICT化という国策が、地方自治体における水道事業のニーズに必ずしもマッチしているわけではなく、ICT活用の検討が全国で積極的には進んでないのが実情である。これはおのおのの自治体職員の行動力や変革意欲に原因があるのではなく、公共事業の根本的な考え方に起因するものであると筆者は考える。以下では、水道事業のデジタルトランスフォーメーションに焦点を当て、地方自治体における事業改革の難しさをもたらす要因を探った上で、そうした要因を踏まえて今後取るべき施策の方向性を考察した。

2.これまでの公共事業の課題
 そもそも「水道事業にICTを活用する」とはどういうことであろうか。個々の自治体が置かれた状況によって異なるが、例えば直営で浄水場を運転管理しているケースでは、施設の改修を発注し、運転管理を一部自動化するようなことが考えられる。既に浄水場の運転管理を民間委託しているケースでは、委託先の事業者に対してICTによる運転管理の効率化やアセットマネジメントを行うよう、委託契約の内容を拡張すること等が想定される。また、浄水場を更新する場面においては、システムによって更新計画の策定支援をすることや、維持管理を省人化した浄水場を発注することなどが考えられる。いずれも、運営主体である地方自治体と、技術やノウハウを持つ民間企業との連携は欠かせない。こうした状況を想定した場合、自治体や市民、あるいは民間事業者にとって果たしてICTの活用を検討するだけのインセンティブがあるのか、という問題がある。下表で、ステークホルダーごとに旧来のシステムを維持する動機と、ICTを活用して事業を改革する動機を列挙した。



 旧来の事業環境を維持する方向性から抜け出せないことの大きな要因として、上表に列挙した点に共通して関係する一つの課題があると考える。それは、公共事業においては一定の条件の下で運営を続けることが前提となっているため、新たなシステムの価値を定量的に把握し、価値のあるシステムを事業に組み込んでいく仕組みが乏しいことである。例えば運転管理委託を行う場合では、民間事業者の立場では、当初計画を確実に遂行することで委託費は支払われるため、自ら研究開発投資等を行って計画以上の効率化を進めるインセンティブはない。公共側の立場では、包括的に委託をする時点で、その事業期間中は民間側に運転管理のリスクを移転しつつ一定の効率化効果が見込めるため、それに対して新たな投資計画を入れることによって付加されるリスク、契約変更等による事務負担を鑑みると、積極的にICT化への投資を求める方針とはなりにくい。また、公共側が直営で事業を行う場合でも、当初の予算を順守して維持管理を遂行することで財政目標はクリアしており、そこからさらに新技術を導入してコスト削減を図るインセンティブは低い。
 しかしながら浄水施設の長いライフスパンを考えると、その運営期間中にも技術が進歩し、事業開始当初には想定されなかったような新たな事業価値や削減余地が生み出されることはしばしば起き得る。一定の条件のもと運営を続けることが前提となる公共事業の考え方では、日進月歩のICT進化のメリットを享受できないのである。

3.水道事業のデジタルトランスフォーメーションに向けて
 技術の進歩がかつてとは比較にならないスピードで進む現代においては、公共事業の仕組みもそれに合わせて変化に柔軟に対応できるような仕組みに更新されるべきである。それには、一定の環境のまま事業が継続される条件の下で開始時のコストを最小化することを目的に考えるのではなく、常にさまざまにオプションがある中から最適なものを選択し、事業期間全体にわたる価値を最大化することを目的とする意識に変化させていく必要がある。こうした意識を仕組みとして官民連携事業に盛り込んでいくための条件設定を行うことが筆者の目標であり、それには事業期間にわたって官民双方の積極的な創意工夫を引き出す適切なインセンティブを設計することが重要になってくると考えている。
 このように公共事業に柔軟性を採り入れる試みは、すなわち「公共」と「民間」の垣根を低くし、これまで以上に一体となって事業を推進していくことでもある。こうした事業の変革がなぜ求められており、どこへ向かおうとしているのか、最も重要なステークホルダーである、市民の理解なくしてこうした取り組みは前進しない。当たり前のように享受している「水」がこのような岐路に立っている、という認識を読者にも持っていただくことが、この変革の第一歩となると考えている。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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