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【社会・環境インフラにおける政策・事業革新】
アウトカム起点のPDCAサイクルを導入した自治体まちづくりの革新~島田市金谷地区生活交流拠点整備運営事業の挑戦~

2021年06月11日 黒澤仁子


1.自治体まちづくりにおける「手段」と「目的」
 公共施設の整備・運営の目的は「目指すまちの姿」の実現です。「目指すまちの姿」は地方自治体によって異なりますが、例えば、「住民同士がつながるまち」を目指すコミュニティセンター、「心身ともに健康なまち」を目指す体育館、「清潔かつ低炭素なまち」を目指す廃棄物処理施設等が想定されます。地方自治体は、基本構想や基本計画等を策定し、当該公共施設を通して実現したいまちの姿を設定します。
 「公共施設の整備・運営」と「目指すまちの姿」の関係性を以下のとおり整理しました。「公共施設の整備・運営」はアクティビティに該当し、「目指すまちの姿」はインパクトに該当します。インパクトとは、公共施設の整備・運営(アクティビティ)による産出物(アウトプット)を通して対象者に創出される効果(アウトカム)が、対象者以外にも波及する最終的な効果を指します。コミュニティセンターを例に挙げると、コミュニティセンターの整備・運営によって、産出物として利用者数・利用頻度が確保され、その結果、アウトカムとして利用者を起点とした地域のつながりが創出され、最終的に、インパクトとして利用者以外も含む地域全体のつながりの創出、健康増進、要支援・要介護度の改善、学力向上、犯罪の抑制等が実現します。
 つまり公共施設の整備・運営はインパクトを実現するための手段であることから、その整備・運営の是非や内容は、インパクトから逆算して決定する必要があります。ただし、インパクトは、評価手法が確立していない、煩雑、データの収集が困難等のケースが多いのが現状です。インパクトを起点にするのが難しい場合は、アウトカムを起点とします。都度適した方を選択すればよいでしょう。



2.自治体まちづくり「手段と目的」における現状と課題
 では、公共施設の整備や運営は、「目指すまちの姿」の実現に寄与しているでしょうか。答えは「分からない」が多いのが実態ではないでしょうか。
 その主な理由として、インパクトもしくはアウトカムが、見える化、つまり指標化されていないということがあります。したがって目指すまちの姿の実現に寄与しているか把握できません。地方自治体は行政評価のための指標を有していますが、そのほとんどはアクティビティもしくはアウトプットを評価する指標です。前述の質問に「寄与している」と答えたとしても、その根拠を示すのは困難でしょう。筆者は、PFIをはじめとするPPP事業の支援を通して公共施設の整備・運営に携わってきましたが、現状のPFI事業にインパクト・アウトカムを指標化し、評価している例はほぼありません。
 指標化および評価の目的は、事業の成績を付けることではなく、事業内容を改善することです。社会環境は時間とともに変化し、それに伴ってインパクト・アウトカム実現に必要なアクティビティ、つまり手段は変化します。また、計画時に設定したアクティビティを実施してみたら、インパクト・アウトカムにつながらなかった、ということもあります。いずれの場合も、柔軟に事業内容の軌道修正を行う必要があり、指標化および評価はそのためにあります。地方自治体では、長年同一の内容の事業を行っている場合や、改善すべきだがどのように改善していいか分からない、もしくは民間事業者から改善の提案があったが採用すべきか判断がつかないといった状況があります。インパクト・アウトカムの指標化および評価は、こういった現状に対して、地方自治体が主体的に検討や判断を行う材料となります。税金という限られた財源を有効に活用するためには、事業の目的であるインパクト・アウトカムの指標化および評価は不可欠であると考えます。

3.島田市金谷地区生活交流拠点整備運営事業の挑戦
 これに挑戦する事業がもうすぐ始まります。静岡県島田市が行う「金谷地区生活交流拠点整備運営事業」(※1)(以下「島田市事業」)です。
 島田市事業は、公共施設を整備した上で、周辺既存施設と一体で運営・維持管理を行うものです。PFIに加えて、運営業務には民間資金を活用した成果連動型民間委託契約方式であるSIB(※2)も導入します。2021年7月には優先交渉権者が選定され、2021年9月に事業契約が締結されることが予定されています。



 島田市事業は「地域住民のつながりが生まれるまち」を目指し、それを実現する手段として「SC醸成・向上業務」(運営業務の一つ)があります。
 従来の委託事業やPFI事業には仕様もしくは要求水準があり、民間事業者はそれに基づいて提案を行い、業務を実施します。また、提案内容の変更は原則認められていません。これに対して、島田市事業のSC醸成・向上業務では、「施設利用者を起点としたソーシャルキャピタルの創出」をアウトカムとし、島田市は、この創出そのものを民間事業者に発注します。仕様や要求水準はなく、民間事業者がノウハウを最大限発揮する仕組みになっています。また、提案内容の変更がルールとして可能です。
 加えて、アウトカムの達成状況を把握するために、それを示す成果指標を設定し、定期的にモニタリングします。成果指標の達成状況が思わしくない場合には、次年度の業務内容の変更、責任者の交代、実施事業者の交代等を行うことができ、アウトカムの実現に向けて軌道修正を行う仕組みになっています。



 インパクト・アウトカム起点のまちづくりは、目指すまちの姿の実現の過程の中で、新たなアイデアが生まれる可能性があります。
 日本総研では、インパクト・アウトカム起点のまちづくりによる効果を研究する中でさまざまな民間事業者から意見を収集しています。そこから分かってきたのは、インパクト・アウトカム起点に立つことで、例えば、過去の事業で設置した施設において追加すべきだった機能、反対に不要だった機能など、運営に関するさまざまなアイデアが生まれるということです。民間事業者は多様なアイデアを持っていますが、インパクト・アウトカム起点でなければ地方公共団体も民間事業者自身もアイデアが生まれない、または生まれても形にできないという現状を実感しました。
 インパクト・アウトカム起点は、目指すまちの姿を実現する仕組みであり、その過程の中で新たなアイデアが生まれる仕組みです。インパクト・アウトカム起点の事業が今後増えるよう、筆者も微力ながら取り組みを行っていきます。

(※1) 株式会社日本総合研究所、東海精機株式会社一級建築士事務所4D‐WORKS、西村あさひ法律事務所がアドバイザーを務める。事業の詳細はこちらを参照。
(※2) Social Impact Bondの略。行政は社会課題の解決を民間事業者に発注し、民間事業者は自らのノウハウと資金で社会課題解決に資する取り組みを実施する。その上で行政は、民間事業者の取り組みが社会課題を解決したか評価を行い、評価結果(解決の程度)に応じた対価を支払う。インパクト・アウトカムに着目した官民連携手法。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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