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【社会・環境インフラにおける政策・事業革新】
農村インフラの課題解決に向けたDX推進の着眼点

2022年09月20日 麻柄紀子


 農村地域においては、農業水利施設や農道、農業集落排水施設といったインフラ施設が農業生産や地域の生活を支えている。本稿では、これらの農村インフラの維持管理をめぐる課題と、それを解決するためのデジタル技術の活用における着眼点について考える。

■農村インフラの維持管理をめぐる課題
 農村インフラは、道路や水道等の他のインフラ施設と異なり、施設の維持管理において、行政の他に土地改良区や地域の農業者といった受益者自身が大きな役割を担っているという特徴がある。一例として、取水堰や幹線用水路等の大規模な農業水利施設の建設は規模に応じて国・都道府県等が主体となり実施するが、建設後は当該インフラを譲与や管理委託し、主に土地改良区が施設の管理を担っている。また、用排水路等の末端水利施設や農道等では、草刈りや泥さらい等が地域の農家等の共同作業により行われている。



 しかし、高齢化や農家人口の減少等が進行していく中で、このような受益者による維持管理体制の持続性が懸念されている。その一方で、耐用年数を超過する施設が増加し、老朽化も大きな課題となっている。例えば農業水利施設においては、経年劣化等による突発事故が増加傾向にあり、更新整備や予防保全等の必要性が増している状況にある。



 このような背景から、現状の維持管理水準や体制のままでは農村インフラの維持が困難となり、将来的に農業生産や地域の生活に支障を来すことは間違いないと思われる。

■農村インフラのデジタルトランスフォーメーション(DX)
 高齢化や農家人口の減少といった農業が直面する課題への対応策として、デジタル技術の活用が注目されている。農林水産省は、2021年3月に「農業DX構想」を公表し、生産現場におけるデジタル技術の活用、行政手続きのデジタル化、データ基盤の整備の3つを柱として示した。また、同省が設置する食料・農業・農村政策審議会農業農村振興整備部会においてもICT活用の可能性が議論されている。しかし、農業生産の基盤である農村インフラに関しては、現時点では具体的な取り組み事例が限られていることもあり、今後の先行事例の創出が期待されているといった段階にある。
 それでは、農村インフラの課題解決に向けて、デジタル技術の活用をどのようなステップで進めていくべきだろうか。農村インフラ分野におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)には、2つの段階があると考える。
 第一段階は「DX基盤整備」であり、維持管理に関するさまざまな情報を電子データ化して管理し、行政や土地改良区等のさまざまな関係者で共有するための環境整備や、電子データの取り扱いや操作に関する関係者のスキル向上等がこれに該当する。現状の農村インフラの維持管理においては、①施設の情報を紙媒体でしか管理しておらず、更新対象となる施設を一元的に把握できていないこと、②都道府県・市町村・土地改良区等の関係者間で十分な情報共有ができていないこと等の課題がある。例えば図表1に示すような取水堰から各圃場に至るまでの一連の農業用水路であっても、整備・管理にはさまざまな主体が関与しており、各主体が連携しつつ適切に維持管理を行うことが求められる。施設の情報を電子化・一元化することで業務の効率化を図るとともに、関係者間で共有することにより、地区全体の中で更新投資が必要な箇所を把握したり、優先順位をつけて更新計画を立て意思決定を行ったりすることが可能になると考えられる。
 第二段階は「DX推進による維持管理の高度化」である。第一段階で整備した電子データやデータ共有環境等のDX基盤を活用することにより、単なる情報共有にとどまらず、維持管理の高度化を実現することが期待される。例えば水道分野では、管路の維持管理において、管種・管径や施工後の年数、過去の漏水履歴等のデータに基づきAI/機械学習により劣化状況を予測する民間の技術がある。これを基に、劣化状況と人口密度(受益者数)から更新整備の優先順位を判断する等、より高度な維持管理を実現することが可能となる。農村インフラにおいても、電子化・一元化したデータを活用し、維持管理の現場のさまざまな課題解決に資する新しい技術やアイデアを導入していくことが望ましい。特に、維持管理に携わる人手不足が懸念される状況においては、例えば前述のAI/機械学習による管路劣化状況診断のように、劣化状況把握のための現地調査や調査結果の検討等をデジタル技術により代替できれば、大きなメリットとなるだろう。
 この他にも、DX推進による維持管理の高度化の可能性として、例えば以下のようなアイデアが考えられる。
・水田内に設置した水位・水温等のセンサーおよび自動給水栓・排水栓により水管理の自動化・遠隔化を可能にし、さらに地区全体の配水管理を行う水管理システムと連携させることにより、需要に合わせた取水を行う。ポンプにより取水を行っている地区においては、ポンプ場の運転を最適化することにより、節水や節電を行う。
・水管理システムにより水位・流量情報を監視し、適切な配水管理を行うことに加え、日々のデータを蓄積・分析することにより、漏水等の異常発生を早期に検知する。
・取水堰や水路橋等目視により直接点検等を行うことが困難な施設を含め、点検作業や劣化状況の確認をドローン画像により行い、作業を効率化する。
 デジタルを活用することで、節水・節電ができれば、そのメリットは農家が受けられる。



■農村インフラDX推進のポイント
 農村インフラのデジタルトランスフォーメーションを進める上では、以下の2点がポイントとなる。
 1点目は、第二段階であるDX推進による維持管理の高度化をイメージした上で、第一段階のDX基盤整備を進めることである。既に一部の先行的な自治体において、データ基盤の整備に着手する動きがみられるが、紙媒体による情報管理の非効率さや関係者間での情報共有の不足等を解決するため、データの一元化・共有化にフォーカスしていることが多い。しかし、DXの真価が発揮されるのは、第二段階で整備したデータを活用し、より高度な維持管理を実現する段階である。ただし、いざ第二段階に取り組もうとした段階で、必要なデータが不足していることが判明すると手戻りが生じ、DXの推進力が落ちることになりかねない。このため、第二段階での具体的な活用を想定した上で、必要なデータ整備を行うことが望ましい。
 2点目は、DX推進が先行する他のインフラ分野のノウハウ活用だ。日本総研が実施した「農業・農村のDX推進におけるニーズ調査(注1)」では、自治体が抱えるニーズとして最も回答が多かった項目が「先進的な地域の事例についての情報提供」であった。一方、農村インフラにおけるDX推進は取り組み事例がまだ限られているため、先進事例がないからDXが進まないという状況に陥りがちであるそこで有効なのが、水道分野での先進事例からのノウハウの活用だ。水道分野では、先に述べたようなICT/AI活用等により、インフラの維持管理を高度化する技術が実装段階に入っており、各自治体・民間事業者による先進事例が増えつつある。農村インフラの維持管理は、農業水利施設の維持管理など水道分野の維持管理と類似する部分があり、水道分野で先行して蓄積された新しい技術やノウハウを展開できる可能性は十分にある。

■農村インフラのDX推進に向けたリーディングプロジェクトの必要性
 前項で示したポイントを踏まえると、DX推進を実行する際に鍵となるのが、都道府県、市町村と土地改良区の緊密な連携である。土地改良区は組合員の受益のために各地区の農村インフラの維持管理を行っているが、組織体制の維持自体が難しくなる中、土地改良区単独でDXの検討を行うハードルは低くない。また、前述のとおり、DX推進から十分な成果を得るには、データ基盤整備段階における情報共有や維持管理段階を見据えたデータ整備が必要となることに加え、水道分野のノウハウを活用するには、用水供給や末端給水事業を行う都道府県・市町村の先行事例から示唆を得る必要がある。つまり、都道府県、市町村と土地改良区間の緊密な実務連携が、農村インフラのDX推進では欠かせないのだ。
 この実務連携を生み出すための実効性ある施策として、リーディングプロジェクトの組成が有効と考える。例えば、ある地域の農村インフラの維持管理に関与する都道府県、市町村、土地改良区が、維持管理の課題や将来的な施設のあり方について検討を行うとする。その際、水道分野等における類似事例や、デジタル技術活用の知見・ノウハウを蓄積している民間事業者からも積極的に情報収集を行い、当該地域の課題解決に向けた新しい方法を模索し、実装につなげていくのである。リーディングプロジェクトが具体的な成果に結び付けば、他の地域においてもそれを参考に同様の検討が進み、国全体として取り組みが促進されることが期待される。こうした実践の中で議論を重ねる連携姿勢が、現場に根差したDX推進を促すはずである。

(注1)農業・農村のDX推進におけるニーズ調査」(日本総研)

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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