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東京五輪会場整備の知見を参考にした、将来の日本社会におけるインフラの多面的活用の可能性

2021年05月28日 山口尚之


第3回:リムーバブルとパーマネントのベストミックス

 本シリーズでは、激甚化する自然災害や人口減少等によって予測不可能性が増す現代の日本社会において、土木インフラをはじめとする社会資本の整備と維持管理に関する課題解決策を、東京2020オリンピック・パラリンピック大会の準備における取り組みを参考に論じる。
 第1回の「防災空間の多面的活用の可能性」および第2回の「リムーバブルインフラの可能性」では、大規模インフラの整備に対する合意形成の課題に対して、土木インフラが持つ「非日常性」の集客ポテンシャルが解決策となり得る可能性を示唆した。そしてインフラ本来の用途を阻害しないコンパーチブルな営利事業の実現には、施設のリムーバブル(仮設)とトランスフォーマブル(可変・可動)の技術が貢献することを示した。これらの技術発展は営利事業の後押しにとどまらず、公共施設へのニーズが多様化する将来日本における、社会資本のあり方に対しても重要な示唆となり得る。
 第3回にして最終回である本稿では、リムーバブルやトランスフォーマブルの技術が成熟していく過程で、すぐさま恒久的な施設が淘汰されることはないとの仮説のもと、常設(パーマネント)と仮設(リムーバブル/テンポラリー)のベストミックスを考える。ここでも、東京2020オリンピック・パラリンピック大会における取り組みが参考になる。

1.人気の既存施設は借用期間の短縮が課題
 東京オリンピック・パラリンピックにおける、コストを縮減した、効率的な施設整備の方策として、2種類の方針を採った。その一つが仮設(リムーバブル)施設の活用であり、前回論じた通り、仮設建築物や仮設インフラの積極的な活用が挙げられる。そしてもう一つのソリューションが、既存施設の活用である。
 今回のオリンピック・パラリンピックでは41の競技会場が使用されるが、そのうち約半数の会場が、既存のスタジアムやアリーナを活用する。オリンピック・パラリンピックという世界最大規模のイベントであることから、使用する施設も幕張メッセ(千葉市)や札幌ドーム(札幌市)等、大規模イベントの実績が豊富な人気施設が中心となっている。これら集客ポテンシャルの高い既存施設は、人気の展示会やJリーグといったプロスポーツ等、年間を通して利用予約が逼迫している場合が多い。しかし、オリンピックのような大規模イベントの場合、追加で設置するリムーバブル施設の規模も大きくなり、結果としてリムーバブル設置・撤去の工期も含めた借用期間が長期に及ぶことになる。特に公共施設等の公的空間を占有する興行では、地元住民等の一般利用者への影響を可能な限り小さくすることが、施設借用における合意形成の可否にも大きく影響する。
 このことから、前回紹介したリムーバブル施設は興行に有用であるが、リムーバブル施設の工期を短縮することも求められる。そのため、パーマネント(常設)施設もある程度、大規模興行に近いグレードを確保しておくことで、既存施設の一般利用へのインパクトを小さくすることが可能になる。

2.大規模施設は利用形態により要件ギャップが大きい
 そもそもパーマネントの既存施設が、オリンピックも含む、あらゆるイベントの要件を満たすグレードであれば、リムーバブル施設を追加で整備する必要はない。これが、施設の借用期間を最も短くし一般利用者への影響を最小化する方策であることは間違いないが、それは現実的ではない。なぜなら大規模イベント時と通常利用時との間では、空間の広さや諸室の数といったスペースの点でも、照明や音響、空調といったスペックの点でも、施設設備の要件にギャップが大きすぎるためである。
 このことはスポーツ施設をはじめとする、大規模な公共施設では近年大きな課題として政府も認識している。例えばスポーツ庁が公表している、「ストック適正化における大規模スポーツ施設の基本的方向性(※1)」の中では、スポーツ施設の課題として、大規模大会の要件に合わせた施設の規模と仕様が、財政負担となっていることを挙げている。
 第1回でも紹介した通り、大規模イベントを開催する際には、多数の観客を収容する観客席や駐車場といったスペースの観点でも、世界クラスの選手やVIPを招待するラウンジや貴賓室といったスペックの観点でも、ハイグレードな施設と設備が求められる。大規模競技大会に見合った施設を継続して維持管理すると、莫大な費用を要することになるが、それらのハイレベルな規模と仕様は、レガシーとして常時必要とはならないものも多い。大規模大会を継続的に誘致し続けることは容易ではないためである。加えて、ひとたび大規模な施設を建設すると、後から減築やリノベーションを行うことも困難となる。
 これらのことから、大規模イベントを継続して誘致していく施設戦略が求められるが、特にスポーツ施設は日常利用においても、平日と休日、昼間と夜間とで利用形態が大きく変わる。すなわち、興行誘致という収入の観点だけでなく、利用形態によって変動する施設要件に対し、弾力的に運用可能な施設設備の工夫が求められる。
 このことからも、施設のリムーバブルやトランスフォーマブルの技術が有用となることが期待できる。では、パーマネントとリムーバブルのベストミックスとは何か、通常時とイベント時の要件の特徴から考える。

3.公共施設のリダンダンシーが重要
 イベント時と通常時とで、施設設備の要件のギャップが少ない方が、イベント準備のためのリムーバブル施設規模が小さくて済む。一方でイベントに合わせたハイスペックと大容量を、通常時から管理することは財政上の負担が大きい。そのため管理コストが比較的大きくなる部分は、通常時のグレードを下げつつイベント時に一時的に付加するリムーバブルが適している。反対に管理コストは小さいが、一時的な設置と撤去が難しくコストと工期がかさむ部分は、通常時からパーマネントとして整備しておく方が効果的である。
 これを東京五輪における施設整備の具体例と共に以下に示す。原則として、イベント時にのみ求められる施設設備は、リムーバブルで対応できる。ただしそれらを収容できる空間(スペース)は、パーマネントとしてリダンダンシー(※2)を残しておくことが望ましい。

①ケーブルスペースのリダンダンシー
 大規模イベントでは、放送機器を中心とする大量の機材を建物の内部と外部とで有線接続する必要がある。このとき、施設に多くの開口を必要とするが、建築物に後から開口を増やすことは構造や防火の観点から難しい場合が多い。そのため、イベント時にリムーバブルとして設置されるケーブル類の収容空間として、スリーブやノックアウトといった開口、あるいはパイプスペースの予備管といったリダンダンシーを用意しておくことが効果的である。

②リギングのリダンダンシー
 スコアボードやフラッグ、バナー、カメラ、PA(音響機器)等、大規模イベントに合わせて施設の天井に設備を追加する場面は多い。このとき、リギング(つり設備)の増加を許容できることは、イベント演出の幅を広げることにつながる重要な要素となる。そのため、天井(梁)の耐荷重にリダンダンシーを持たせることが、興行の誘致に大きく影響する。

4.リダンダンシー確保の着眼点は“撤去復旧手間の削減”
 ケーブルスペースやリギングだけでなく、リムーバブルの重量物の追加に対応するために、床の耐荷重や仮設支柱の基礎もリダンダンシーとして整備しておくことが有効になる。これらのリダンダンシーに共通する目的は、撤去復旧手間の削減に貢献するという点である。
 施設の上物(うわもの)をはじめとする、表面から見える範囲に対するリムーバブルの設置と撤去は、比較的簡易に行える場合が多い。一方で埋設管や構造物基礎といったブラインド(表から見えない部分)は、設置・撤去が大きな手間となることが多い。特に撤去後の原状復旧が困難であり、場合によっては元通りにすることが技術的に不可能となる場合もある。これらは、リムーバブル施工のための工期とコストを増大させるだけでなく、貸館契約上のトラブルとなる可能性も内包している。
 一般的に施設設計においては必要十分な規模と仕様を反映することが求められる。特に公共施設は公的資金を主な財源としている性質上、余分な機能はそぎ落すことが望ましいとされてきた。しかし公共施設に対する社会のニーズが多様化した現代においては、ニーズの変化に応じて弾力的に運用を変化できる施設の需要が高まると考えられる。その際には、将来の多様な要件に合わせて適切にリムーバブル技術を活用しつつも、改修のコストを最小限にするためパーマネント施設に一定のリダンダンシーを持たせることが重要となる。公共施設のPFI(※3)事業において、VFM(※4)による事業評価が一般化してきた現在、公共が担うべき施設の整備範囲もより多様化していくと考えられる。

5.スマートシティでもリダンダンシーの確保が重要
 スマートシティは、既存の街区を開発するブラウンフィールド型と、埋め立て地や工場跡地等の更地を開発するグリーンフィールド型の2種類に分類することができる。このうちブラウンフィールド型のスマートシティは、既存の都市ストックを活用できるという利点の一方で、新たな基盤技術を導入するための空間的余剰が不足するという欠点も生じ得る。例えば、モビリティの自動運転技術を補助するセンサーやマーカーを道路上に設置したり、小型モビリティの専用レーンを検討したりする際に、道路の空間的なキャパシティが足りず困難となる場合がある。言い換えれば、道路というインフラにおいて、リダンダンシーがイノベーションの余地を生む可能性があると言える。MaaS(※5)におけるラストワンマイル問題(※6)の解消や小型モビリティ導入といった課題に関しても、路肩や自転車レーンといった道路空間の余剰が、可能性の幅を広げることになる。
 同じことはグリーンフィールドにも当てはまる。スマートシティは現在発展途上であり、今後しばらくはさまざまなイノベーションが生じていくと期待される。このとき、空間的なリダンダンシーの不足がイノベーションを阻害する要因となる可能性がある。グリーンフィールドのスマートシティプロジェクトにおいても、開発時点での技術レベルをベースに必要最小限の基盤のみを構築するのではなく、一定のリダンダンシーを確保しておくことが将来的な発展の契機となり得る。

6.地方ほど大きな整備効果が期待
 ここまで、施設のリムーバブルとパーマネントとのベストミックスを考える上で、空間的なリダンダンシーの確保が重要となることを示したが、この考え方は都市部よりもむしろ地方部において有効になると考えられる。
 先述の通り、施設の通常利用における要件以上の空間的リダンダンシーを確保することで、施設整備と管理運営の費用対効果が高まると期待できる。言い換えるならば、空間に余裕があるほど、イベントサイトとしての価値は高まる傾向にある。その観点では、敷地の確保が容易な地方の方が圧倒的に有利となる。
 また日本の地方部の特徴は、施設の密度が低く敷地に余裕があることだけではない。大規模イベント開催において大容量のユーティリティ確保は大きな課題であるが、インフラグリッドがまったく整備されていないエリアに新たに仮設することは非常に困難である。反対に小容量でもインフラが末端まで整備されていれば、増強の負担は飛躍的に軽減される。日本は都市部のみならず地方に至るまで、インフラが広く普及している。電気は既に100%に達し、水道は97.5%(※7)、下水道は79.7%(※8)であり、都市ガスでも50%を超えている。日本は地方も含めて既にインフラが張り巡らされており、興行等の開催に弾力的に対応できる素地が備わっていると言える。

7.財源の観点でのインフラとイベントの相互補完
 日本のインフラの多くは戦後から高度経済成長期にかけて整備されており、更新時期を超えている(※9)一方で、補修と更新に必要な予算が圧倒的に不足している現状がある。特に地方で顕著となっている、老朽化や人口減少に伴う利用者減となったインフラの維持管理に係る予算の捻出は困難である。このため、水道料金等の使用料や公的資金以外にも、インフラが収入を得る手段を持つことが望ましい。
 他方で第1回にも書いた通り、大規模インフラには「非日常性」や「コト消費」といった視点から興行の需要が見込める。
 これらのことから、インフラの興行利用という新たな収益能力を呼び起こすことで、インフラの財源不足という課題に資する、インフラとイベントの相互補完の関係を構築できることが期待される。
 この場合のインフラは、防災分野も包含する。防災空間(敷地)や備蓄用品等の資材は、通常時には活用しないリダンダントなストックであり、それらリダンダントな期間に着目することで、防災を興行や観光と掛け合わせられると期待できる。特に豪雨災害は、震災やその他の災害と比較して事前の予測がある程度可能なため、限られた期間での興行への活用は実現可能性が高い。2018年には移動式木造住宅「ムービングハウス(※10)」が災害救助法に基づく応急仮設住宅として採用され、リムーバブル施設の防災とレジャーとの相互利用の実現性が増している。そして今後の豪雨予測技術の向上が、活用可能性のさらなる拡大に寄与すると考えられる。

8.本シリーズのまとめ
 スポーツ施設をはじめとする既存施設の大規模イベントへの活用では、通常時とイベント時との要件レベルのギャップが課題である。大規模イベントに合わせた施設仕様は通常時において不要であり、オーバースペックは整備や維持管理の観点で非効率である。一方でパーマネントな施設規模を最小化し、イベントの都度リムーバブルで対応することも最適とは言い難い。公共施設の計画・設計時には、パーマネントとリムーバブルのバランスを十分に検討することが重要である。
 パーマネントとリムーバブルのベストミックスを考える際に重要な論点が、リムーバブル施設の設置と撤去復旧におけるコストである。特にパイプスペースや埋設物といったブラインド部分は一時的な改修が困難であることから、リムーバブルな施設設備のための空間の確保が肝要となる。すなわち、パーマネント施設に一定のリダンダンシーを残すことが、弾力的な施設運営に資する設計思想である。
 この、施設のリダンダンシーの確保という観点では、都市部よりも敷地の確保が容易な地方の方が有利である。確かに移動の利便性では都市部の方が魅力は大きいが、大規模インフラの非日常性の演出によって、地方でも興行開催の余地は大きい。また、日本は地方でも各種インフラの普及率が高く、リムーバブルで一時的に機能増強するための素地が備わっている。加えて人口減少や都市のコンパクト化によって、地方ではインフラの余剰が生じつつある。今後は、インフラ等の施設管理の財源不足という課題と、興行や観光との相互補完の関係が期待される。
 以上、本シリーズの主題である「インフラの多面的活用」に対し、本稿では東京2020オリンピック・パラリンピック大会等を参考に、施設の常設(パーマネント)と仮設(リムーバブル)とのベストミックスについて、施設の余白(リダンダンシー)の確保をキーワードに論じた。
 インフラをはじめとするハードな社会資本は重厚長大を基本としており、将来を見越して末永く運用していく必要がある。しかし気候変動に伴う自然災害の大規模化等に伴い、インフラに求められる「日常」と「非日常」との要件のギャップは広がりつつある。加えて、人口減少に伴う過疎化や都市のコンパクト化等により、インフラに求められる将来的なキャパシティを適切に見積もることも困難となってきている。さらにスマートシティをはじめとする都市イノベーションの加速化や、コロナ禍による国民の意識変容が、社会の不確実性を一層高めており、息の長いインフラ事業を適切に運用していくことは非常に困難となっている。
 一方で、オリンピック・パラリンピックは世界最大規模のイベントとして、まさに「日常」と「非日常」のギャップを埋めることが最大の課題であった。リオデジャネイロや平昌をはじめとする過去の大会でも、市民の日常生活へのインパクトを最小化すべく、膨大なリソースと時間を割いて試行錯誤されてきた。こうして得られた施設整備のノウハウを活用しつつ、東京五輪ではその集大成として新技術も積極的に取り入れながら、「史上最もイノベーティブな大会」を目指して準備が進められている。そしてこれらの知見は東京五輪に限らず、将来の日本社会におけるインフラの管理・運営のヒントとなるであろう。
 東京2020オリンピック・パラリンピック大会は昨年、新型コロナウイルス感染症拡大に伴い1年間の開催延期が決定された。本稿を掲載する現時点においても、観客収容数をはじめとする各種運営方針に不透明な点は多い。国民の間でも大会開催に対して必ずしも機運が高まっているとは言い難い状況にある。しかし東京五輪は、準備段階で既に多くの知見をレガシーとして蓄積している。このことは東京五輪の大きな成果として、不確実性の高まる将来日本の社会資本の運用に活用されることと期待する。

(※1) 2019年4月 スポーツ庁公表
(※2) Redundancy:余剰、余白、冗長性、重複、過剰。最近では主に防災分野における多重防御の必要性を語る文脈で使われる場合が多い。
(※3) Private Finance Initiative :公共施設等の設計、建設、維持管理および運営に、民間の資金とノウハウを活用し、公共サービスの提供を民間主導で行うことで、効率的かつ効果的な公共サービスの提供を図るという考え方。
(※4) Value For Money :従来の、設計/施工/維持管理等を個別に発注・契約する方式と、PFI方式とで事業を実施した際の、公共の負担を金額差で評価する方法。
(※5) Mobility as a Service :ICTを活用して、バスや電車、タクシー等すべての交通手段による移動を統合した一つのサービスとして提供すること。
(※6) 最終目的地と最寄り駅等との間の輸送をいかに提供するかという課題。
(※7) 2011年時点
(※8) 2019年時点
(※9) 国土交通省によると、2023年には全国の道路橋の約43%、トンネルの約34%が更新時期を迎える。
(※10) 参照:一般財団法人 日本ムービングハウス協会

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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