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東京五輪会場整備の知見を参考にした、将来日本におけるインフラの多面的活用の可能性

2020年12月09日 山口尚之


第2回:リムーバブルインフラの可能性

 本シリーズでは、激甚化する自然災害や人口減少等によって予測不可能性が増す現代の日本社会において、土木インフラをはじめとする社会資本の整備と維持管理に関する課題解決策を、東京2020オリンピック・パラリンピック大会の準備における取り組みを参考に論じる。
 前回の「第1回:防災空間の多面的活用の可能性」では、防災施設等の大規模インフラの整備に対する合意形成の課題として、市民が防災インフラ等の「非日常」の施設を身近に感じることを挙げた。その解決策の一つとして、インフラを活用した集客イベントの開催が有効だと考えられるが、それは現在取り組まれているインフラツーリズムにとどまらない。その他多くの土木インフラが持つ「非日常性」が人々の好奇心を刺激し、より大規模な興行の集客ポテンシャルがあることを示唆した。
 第2回の本稿では、それらインフラの本来の目的を阻害しない範囲で、イベント等に多面的に活用できるソリューションとして、東京2020オリンピック・パラリンピック大会の施設整備の事例等を参考にする。キーワードは、「リムーバブル」「トランスフォーマブル」である。

1.空間利用の規制緩和は重厚長大からリムーバブルへ
 近年、道路や公園、河川といったオープンスペースに営利施設等を柔軟に設置できる法改正が広がってきていることは、第1回で紹介した通りである。これらの法改正に共通していることは、公共空間に設置できる営利施設等の規模や用途の幅を広げ、かつ設置期間を長期化できる規制緩和である。一方で、集客イベントを防災インフラ等のオープンではない空間へ幅広く展開していくことを考えると、営利施設等を長期間設置し続けることは現実的ではない。むしろインフラ本来の機能を発揮できるよう迅速にそれらを撤去でき、復旧できること、すなわちリムーバブルであることが求められる。今後は、公共施設の使われていない場所(余剰空間)に営利施設等を長期間設置できる規制緩和から、公共施設の使われていない期間(余剰期間)において営利活動等を短期間で行う規制緩和へと、徐々にシフトしていくと予想される。
 特に近年の公共空間における営利活動の受け入れは、民間の資金やノウハウを積極的に取り入れている場合が多く、結果として施設も集客力の高い比較的ハイグレードなものが中心となっている。しかし今後、公共施設のコンセプトが大規模・高仕様・長期間設置から、簡易的・短期間設置・リムーバブルへと移行していくと、建設業界全体が大きくパラダイムシフトする可能性がある。
 では具体的に、興行等の営利活動に適したリムーバブルな施設とはどのようなものか。以下で東京2020オリンピック・パラリンピック大会の準備における経緯とともに紹介する。

2.オリンピックにおけるリムーバブル施設の発展
 7年前の2013年にブエノスアイレスで東京オリンピック・パラリンピックの開催が決定した際のことである。立候補都市の東京都は立候補ファイル(※1)において、本大会の会場整備のコンセプトを「コンパクト」と定めた。そして、会場の多くが選手村から8キロメートルの範囲内に収まることで選手の移動の負担を軽減するという「アスリートファースト」を標榜することで、開催決定を勝ち取った。しかしその後、大会予算が膨れ上がったことで、大会組織委員会と東京都は、選手村の周辺である東京の臨海部に建設予定だったアリーナ等の新規施設のいくつかの建設計画を中止し、以下に示す2種類の方針を採った。
 その一つ目が近隣の既存施設の利活用であり、具体例が幕張メッセ(千葉県千葉市)やさいたまスーパーアリーナ(埼玉県さいたま市)である(※2)。これは首都圏近郊の既存施設を部分的に改修し、オリンピックのサービス水準に適合させて活用することで、新規施設の建設費用を削減するという方法である。ここにもリムーバブルの視点や公共施設の多面的活用に資する示唆があるが、その点は次回論じることにする。
 そして二つ目が仮設施設の活用であり、本稿の主題でもある。以下、東京五輪で活用される予定のリムーバブル施設を、類似事例とともに紹介する。
 まず仮設施設として最も一般的なのが、災害応急時の仮設住宅に代表される、プレハブやユニットハウスである。今回の東京五輪においても、大規模な競技会場そのものというよりも、その周辺のアメニティ施設として多く利用されている。
 ユニットハウスは大会運営本部や通信サーバー室等、さほど広い空間は必要としないものの比較的高いセキュリティレベルと室内空調等を求められる施設に使われている。また近年ではバリアフリーに配慮した多目的トイレといったように、特定の機能をモジュール化した仮設施設のバリエーションも増えてきている。
 住宅展示場等で頻繁に使われるプレハブは、ユニットハウスと比較すると工期は長くなるが、その分設計の自由度も増す。過去のスポーツイベントでも、ラウンジ等の高いグレードや特殊な仕様を求められる施設に多く利用された。
 ユニットハウスやプレハブと比較すると堅牢さは劣るものの、空間設計の自由度がさらに増すのが膜構造等のテント施設である。膜構造は屋根や壁面がファブリックで構成され、それを支柱とワイヤーで支える構造となっているため、大空間を設計しやすい。国内でもサーカスや屋外コンサート等で活用実績が多いが、オリンピックでもグッズ販売店やカフェテリアに使われてきた。





3.広がるリムーバブル施設の可能性
 リムーバブルな施設の活用可能性は、ユニットハウスやプレハブ、テントのような居室としての空間利用にとどまらない。オリンピックという大規模スポーツイベントでは、様々な競技会場や周辺施設がリムーバブルな構造で建設された。以下にスポーツイベントに特徴的なリムーバブル施設の活用事例を示す。特に電源や給排水といったユーティリティは、災害時にも必要不可欠な機能である。そのためこれまで論じてきた、防災空間のイベント利用の可能性から転じて、イベント施設の防災への活用可能性も見えてくる。

①仮設資材
 一般的に工事現場の仮設資材として使われるものを、イベント施設として活用する場合は多い。例えば、鉄骨や単管足場を組み合わせて、数千人を収容する巨大な仮設観覧席を設置したり、照明やテレビカメラを設置するステージとして幅広く利用したりする。軽量トラスと木板で巨大な「桶」を製作して砂を投入することで、ビーチバレーボールコートを仮設することも可能である。





②給排水・電力通信インフラ
 リムーバブル施設は建築物のみではない。興行等に必要な周辺施設として、給排水や電源等のインフラが求められる。過去のオリンピックでも、電源・通信ケーブルや給排水のパイプ、一時的に水を溜め置くタンク(バッグ)等が随所に利用されている。





③バン・トラック
 リムーバブル施設は車両で代替することも可能である。イメージしやすいのはキッチンカーだが、ケータリングに限らず放送中継車やステージトラック等の様々な機能を持つ車両が、スポーツイベントでは多用される。電源車や移動基地局車(通信)は、防災とも特に関連の深い機能である。




4.リムーバブル施設のメリット
 ここでリムーバブル施設のメリットをあらためて確認する。リムーバブルの代表的なコモディティである仮設建築物は、建築基準法第85条に規定されるもので、建築確認申請の前に仮設許可を受けることで、建築物の規模や用途等の制限が一部緩和される。本来は自然災害の応急施設としての仮設住宅や、学校建て替えの際の仮設校舎等、やむを得ない理由に対し適用される場合が多かった。しかし近年では、モデルルームや興行イベント、選挙事務所等に幅広く仮設建築物が利用されている(※3)
 実際、仮設建築物は興行イベントと非常に親和性が高い。イベントの開催期間は数日から数週間程度の短期間が一般的であり、そこで使われる観覧席や舞台はイベントが終了すればその土地からは不要な施設となる。施設の用途や規模、外観のデザインも、都市計画や景観に関する規制から除外され、大胆なアイデアを活かした自由度の高い設計が可能となる場合がある。
 また、設置期間が限定的であることで可能性の幅が広がる場合もある。例えば東京五輪のサーフィン競技は、千葉県長生郡一宮町の釣ヶ崎海岸で開催されるが、この一帯は森林法に規定される保安林区域に指定されており、本来は建築物等の設置が制限される。しかし現地では保安林を形成するクロマツの大半が枯れ果てており、管理者である千葉県が造成と植林による保安林の再整備を計画していた。そのため千葉県と大会組織委員会が協議した結果、保安林再整備のための造成と、植林の間の期間を2020年のオリンピック開催時期に当てはめることになった。すなわち、保安林再整備のための事業期間にオリンピックの開催時期が来るように調整し、造成した更地を利用してオリンピックの仮設施設を設置することにしたのである。そして大会終了後にはこれらオリンピックの施設は撤去され、あらためて植林されて保安林として完成する。リムーバブル施設はこのように、設置期間を短縮することで本来設置が困難な場所でも興行等が開催できる可能性を秘めている。

5.リムーバブルからトランスフォーマブルへ
 ここまで、過去のオリンピックや国内の大規模イベント等におけるリムーバブル施設の活用事例から、オープンではないスペースにおける興行等の実現可能性を論じてきた。しかし世界の最新動向は仮設(リムーバブル)から、さらに可変・可動(トランスフォーマブル)へとシフトしつつある。
 前回の第1稿で紹介した米ニューヨークの災害復興計画であるBig-Uプロジェクトでは、可動式の防潮扉の活用による、防災空間と親水空間のコンパーチブルを目指していた。また、2022年にカタールで開催されるサッカーワールドカップでは八つのサッカースタジアムを新たに建設予定だが、そのうちの一つは「世界初のリユーススタジアム」として話題を呼んでいる。
 ラス・アブー・アブード・スタジアムは、ドーハの中心地で博物館等の文化地区に隣接するウォーターフロントに位置しており、約4万5千人を収容可能なスタジアムである。このスタジアムは複数のモジュール化されたユニットの積層で構成されており、大会終了後には解体され、複数の場所で規模を縮小した様々な施設に転換される予定である(※4)。カタール大会組織委員会は「この競技場は、完璧なレガシーを提供する。このスタジアムは、新たな場所で、多数の小さなスポーツや文化的なイベント会場として再生利用が可能となっている」と述べており、建築施設の新たな可能性が期待できる。
 Big-Uプロジェクトやラス・アブー・アブード・スタジアムに共通していることは、施設が可動(トランスフォーム)することにより、一つの施設を複数の用途で活用できる可能性を示していることにある。
 今後は日本においてもトランスフォーマブルな技術の進歩により、防災と興行・観光といった複数の機能の「かけあわせ」によって、一つの空間を多面的に利用する事業が拡大すると予想される。

6.SDGsへのリムーバブル・トランスフォーマブルの貢献
 SDGs(持続可能な開発目標)の観点でも、リムーバブルとトランスフォーマブルは期待が大きい。
 日本の建設業が排出する廃棄物量は、全産業の廃棄物量の約2割を占めており、業種別では電気・ガス・熱供給・水道業に次いで2番目に多い(※5)。加えて2018年度の建設廃棄物の排出量は、2012年度と比較して2.4%増加している(※6)
 このように建設廃棄物量が多く環境への負荷が大きくなっている原因の一つとして、建設業でリユースやリサイクルが広がりにくいことが挙げられる。特に大規模な土木施設は、現在でも施設ごとに設計するカスタムメイド(特注品)が中心である。標準化や二次製品化が徐々に広がりつつあるものの、モジュール化やシステム化が進む建築施設と比較するとその普及は遅い。
 しかしリムーバブル施設の大規模化やトランスフォーマブル技術の発展に伴い、カスタムメイドが原則だった土木インフラにも、将来的にリユースの適用範囲が広がってゆくと考えられる。循環型社会形成推進基本計画(※7)でも、徹底した資源の循環や適正処理の推進についての方向性や将来像が示されており、リムーバブルやトランスフォーマブルの技術が貢献することになると期待が持てる。

7.スマートシティにもリムーバブルのアイデアが活きる
 スマートシティはまちづくりとICTの融合による、合理的な都市の将来形として世界中で注目されている。日本でも国土交通省等が主導し全国の自治体で実証が進んでいるが、このスマートシティにおいてもリムーバブルやトランスフォーマブルの発想が有効になると考えられる。
 グーグルの親会社であるアルファベット傘下のSidewalk Labsがカナダのトロントで計画していたスマートシティでは、ビルは多用途に対応できるようフレックスな構造となり、各部屋はモジュラー化され簡易に組み替えることが可能となる。Sidewalk Labsのウェブサイトや関連記事で多くのイメージパース等を見ることができるが、どれもリムーバブルとトランスフォーマブルのアイデアが多く含まれている。このことからも、今後の建築物は用途が固定化されることなく、利用者の要求に応じて可変することで新たなイノベーションのきっかけになると考えられる。
 特にスマートシティは現在も発展途上であり、今後10年程度はソリューションが絞られ定型化することなく、多種多様なプロジェクトがトライアンドエラーで並行して進むと考えられる。そのため、重厚長大で固定化された建築物を整備せずに、簡易的な施設を実験場とした方がリスク管理上も有利となる。事実、先述のSidewalk Labsも2020年5月にトロントのスマートシティ事業から撤退したが、これほどの大掛かりなプロジェクトも中断しうるスマートシティでは、リムーバブル施設の有効活用によるネガティブインパクトの低減を図ることが重要である。

8.本稿のまとめと今後の課題
 本シリーズの主題である「インフラの多面的活用」に対し、本稿では東京2020オリンピック・パラリンピック大会等を参考に、「リムーバブル」と「トランスフォーマブル」をキーワードに論じた。これらの技術の発展により、現在、有効利用が広がりつつあるオープンスペースだけでなく、オープンではないインフラ等の施設においても、未使用の期間を活かして興行等の事業を行える可能性を示した。また、「防災インフラのイベント利用」の発想の裏返しとして、「イベント施設の防災への活用」の実現可能性も提示した。そしてSDGsや環境負荷低減の観点でも、リムーバブルとトランスフォーマブルの技術は建設産業全体に資すると期待される。加えて現在発展途上のスマートシティにおいては、トランスフォーマブルな施設設計がイノベーションの契機となり、リムーバブル施設がリスク低減に有効となる。さらにこの考え方は、営利活動の拡大だけでなく、今後の日本社会全体におけるインフラや公共施設の計画・設計の際にも重要になると考えられる。
 人口減少やデジタルトランスフォーメーション、人々の生活様式の変化等によって、公共施設に求められる規模や仕様が大きく変わりつつある。その結果、これまでのように数十年にわたり供用される施設を、適切に計画・設計することは困難となってきている。しかし、リムーバブルやトランスフォーマブルな技術を有効に活用することで、変化を続ける環境や需要に対してレジリエント(弾力的)なインフラを提供することが可能になると期待される。将来日本における社会資本のあり方は、継続的な需要を見越した最大公約数的な施設から、時代の需要に応じて即時的に設置・撤去(リムーブ)や可変・可動(トランスフォーム)が可能な施設へとシフトしていくと考えられる。
 さて、ここで新たな課題が生じる。公共インフラにおいてリムーバブルやトランスフォーマブルな施設が一般化した場合でも、恒久的な施設の一切が不要になるとは考えにくい。公共施設で例えると、いくら将来の需要が見通せないからといって、新設の庁舎や文化施設を壁と柱と天井のみのスケルトンで整備し、内装や設備はすべて仮設で賄うというのは非効率である。では、どこまで常設(パーマネント)で用意し、どこから先は仮設(リムーバブル/テンポラリー)で対応することが最も効率的なのか。次回は公共施設におけるパーマネントとリムーバブル/テンポラリーのベストミックスについて、東京五輪での既存施設の活用を参考に論じていく。

(※1) 国際オリンピック委員会(IOC)へ大会開催を立候補する際の都市の公約。東京オリンピック・パラリンピック招致委員会が作成し、2013年1月7日にIOCへ提出した。
(※2) 他にも伊豆サイクルスポーツセンター(静岡県伊豆市)や富士スピードウェイ(静岡県駿東郡小山町)等、多くの既存施設を活用することになっている。
(※3) 仮設許可申請は行政庁によって判断基準が異なるため、適用範囲は一概には言えない。
(※4) カタール組織委員会のウェブサイトでは、ラス・アブー・アブード・スタジアムのリユースイメージが動画で公開されている。
(※5) 環境省資料から(2017年時点)
(※6) 国土交通省「建設副産物実態調査」から
(※7) 循環型社会形成推進基本法に基づいて、循環型社会の形成に関する施策の基本的な方針や政府が講じるべき施策を定めた計画。廃棄物やリサイクル等の対策を推進する。2018年6月に第4次の計画が閣議決定された。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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