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【コーポレート・ガバナンス改革の展望】
第8回 ボード・サクセッション推進のポイントと課題

2021年03月01日 山田英司


 前回(第7回)では、コーポレート・ガバナンスの中核思想であるモニタリングモデルの中で重要な役割を果たし、取締役会の監督機能を維持する仕組みであるボード・サクセッションの概要と、先行する英国・米国企業の取り組み状況を解説した。
 今後、日本企業においても、プライム市場を中心に求められることになる「より高いガバナンス水準」を維持させるための仕組みとして、ボード・サクセッションへの関心が高まると思われる。一方で、具体的な取り組み手法は明らかにはなっていないのも現状である。本稿では、日本企業の実情に即した、ボード・サクセッション推進のポイントおよび具体的な進め方を説明する。

ボード・サクセッションの全体像と推進ポイント
 まずは、ボード・サクセッションの全体像を見据えつつ、推進にあたっての重要ポイントを説明する。図表1はボード・サクセッションの全体構造を示したものであり、推進の重要なポイントを、実施項目と運営体制という観点から整理したものである。



 ボード・サクセッションの実施項目は、モニタリングモデルに基づき監督機能を持続的に発揮する取締役会と、それに見合う取締役を任用し続ける仕組みを構築するという目的の下では、以下のように整理できる。
①「あるべき姿」の議論
 コーポレート・ガバナンスにおいて、取締役会や委員会の監督機能を高めることは重要である。しかし、多くの日本企業にとって、理想とすべきモニタリングモデルとのギャップが存在することも事実である。また、企業の沿革やビジネスモデル、株主をはじめとしたステークホルダーの構造によっても、「あるべき姿」は異なる。そのため、現状認識を踏まえて「あるべき姿」を議論する必要がある。
②取締役会・委員会の議題検討
 「あるべき姿」を議論する一方で、取締役会や委員会が役割を果たすためには、執行の監督に資する議題に集中すべきである。多くの日本企業ではマネジメントモデルの要素が残っており、そのため、経営陣に対して権限移譲を進めることで、取締役会や委員会での執行に関する議題を最小限に抑え、監督に関する議題に集中させる必要がある。
③監査・指名・報酬以外の委員会の設置検討
 検討を進めると、議題によっては取締役会での時間的制約や専門性の観点から十分に対処できないものが存在することが想定され、この場合は別途委員会を設置することを検討すべきである。具体的な議題として、M&Aや大型投資、それに伴う資金調達に加え、近年ではサスティナビリティなどが該当する。
④取締役会・委員会への指名
 取締役会や委員会で取り扱う議題の検討結果を踏まえ、これらの議題を監督する取締役会・委員会のメンバー構成が適切であるかを検証する。さらに、監督機能を高めるために、今後の候補者の指名に際してのスキル要件を明確にすることが重要である。このため、スキルマトリックスが重要なツールとなり、日本企業でも今後は作成と開示が求められるであろう。
⑤サクセッションプランの議論
 持続性の高いコーポレート・ガバナンス体制を作るためには、取締役会メンバーの構成を一定のレベルで維持する必要があり、そのためにサクセッションプランを検討することとなる。日本企業では、CEOのサクセッションプランは議論されているが、社外取締役のサクセッションプランについての議論は、現時点では不十分である。ガバナンス体制の持続性を考えると、今後は積極的に社外取締役のサクセッションプランを議論すべきである。
⑥実効性評価の実施とフィードバック
 取締役会の実効性評価を行う日本企業は増加しているものの、その多くは運営方法の評価に留まっているのが実情である。監督機能を持続的に発揮させるという観点では、取締役会の人員やスキル構成の評価、さらには取締役個人の評価も必要である。この実効性評価の結果を踏まえて、運営の改善だけでなく、個々の取締役のパフォーマンス向上に結び付けるとともに、将来の取締役候補の探索を行うことが望ましい。

 これらの項目を年間で1つのサイクルとして実施した結果を、取締役会で定期的にレビューし、今後の方向性を議論することで、取締役会の監督機能を中長期的に高めていくことがボード・サクセッションである。
 一方で、継続的に取締役の監督機能を高めるボード・サクセッションは、経営陣から独立して取り組む必要があるため、社外取締役が中心になって実施すべきである。具体的には、取締役会の人員構成が、ボード・サクセッションの議論に重要な要素を占めるため、指名委員会で検討することが望ましい。
 運営体制であるが、モニタリングモデルの趣旨を考えると、ボード・サクセッションは執行から独立した存在で、かつ独立社外取締役が主導することが理想である。また、実施項目と照らし合わせると、独立社外取締役の任用と評価が重要な論点を占めることから、ボード・サクセッションの検討主体は指名委員会とし、検討体制をリードするために筆頭独立社外取締役を選任することが望ましい。
 さらに、重要なのはサポート機能の充実である。ボード・サクセッションを進める上では、様々な項目が存在するが、これには情報収集も含めた経営陣や執行サイドとの調整が不可欠である。さらに、議論に必要なスキルマトリックス作成や実効性評価の実施、中長期の独立社外取締役の候補者プール、さらには現任取締役への情報提供や研修など具体的な業務負荷も発生する。これらの調整や実務を、社外取締役が自ら行うことは現実的ではない。そのためには、サポート機能を担うスタッフと予算を拡充する必要がある。

ボード・サクセッション推進に向けての課題
 ここまで、ボード・サクセッションを推進するための重要なポイントを整理したが、日本企業が実際に推進するのは簡単ではないと思われる。以下では、推進に向けての3つの課題を説明する。



 第一の課題は、取締役の質・量両面での不足である。今後のコーポレートガバナンス・コード改訂議論の中では、社外取締役の増員が要請される方向性であり、特にプライム市場を目指す企業を中心に、人材の確保合戦が始まるであろう。
 また、本来の目的である監督機能を高めるためには、単に頭数を揃えるだけではなく、スキル向上と、それを維持するためのトレーニングが欠かせないのも事実である。
 第二の課題は、現在、日本企業の多くは、取締役会がモニタリングモデルへ移行途上であるために、取締役会・委員会の監督機能という位置付けが曖昧であり、そのため多くの企業では、外部の目線を入れたアドバイスという認識にとどまっていることである。取締役会・委員会では何を監督し、そのための審議事項は何かに立ち返る必要がある。
 第三の課題は、ボード・サクセッションの当事者や推進体制が不明確なことである。本来は、独立社外取締役が主体であるべきだが、多くの日本企業における社外取締役の選任主体は、社長を中心とした執行サイドにあるのが現状である。このため、取締役会が持続的に監督機能を発揮することについて、肝心の社外取締役の当事者意識も高いとはいえない。

 高まるガバナンス意識の向上を受けて、ボード・サクセッションが日本企業の重要な取り組みになることは間違いない。ただし、現在の日本企業とのギャップはあまりにも大きく、各社の事情に応じて段階的に検討を進めざるを得ないことも事実である。また、形式を整えても経営陣の執行状況に対する適切な監督機能の向上がかなわなければ、その取り組みの意義はないと言っても過言ではない。取締役会が執行側から独立した存在として、執行状況を監督する体制を作ることが、ボード・サクセッションの本旨であり、この軸をぶらさないことが重要であると筆者は考える。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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