コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

オピニオン

【ポストコロナのローカルDX戦略~時空を超える公共サービスの可能性~】
第4回 生涯学習センターサービスのDX

2020年06月24日 江頭慎一郎


1.従来の生涯学習センターサービスについて

(1)生涯学習(※1)を取り巻く現状
 文部省が平成8年に刊行した「我が国の文教施策生涯学習社会の課題と展望 ―進む多様化と高度化―」によれば、わが国では、「人々が、生涯のいつでも、自由に学習機会を選択して学ぶことができ、その成果が適切に評価されるような社会」、すなわち、生涯学習社会の実現を図ることが重要であるとされてきた。生涯学習社会の実現が必要とされている社会的背景については、上記刊行物の中で、以下の3点が挙げられている。
 1)いわゆる学歴社会の弊害を是正するためには、形式的な学歴によらずに、生涯の各時期の学習の成果が適切に評価される社会を目指すことが求められていること
 2)所得水準の向上、自由時間の増大、高齢化等、社会の成熟化に伴い、心の豊かさや生きがいのための学習需要が増大していること
 3)科学技術の高度化、情報化、国際化、産業構造の変化等、我が国の経済や社会の直面する課題の変化に伴い、人々が絶えず新しい知識・技術を習得することが求められていること
 生涯学習社会の実現に向けては、昭和63年、生涯学習推進体制の整備のための取り組みとして、文部省に生涯学習局が設置された。また、平成2年に「生涯学習の振興のための施策の推進体制等の整備に関する法律」(いわゆる「生涯学習振興法」)(平成2年法律第71号)が制定され、都道府県の事業に関しその推進体制の整備が図られた。その後、平成18年に改正された「教育基本法」(平成18年法律第120号)第3条においては、「国民一人一人が、自己の人格を磨き、豊かな人生を送ることができるよう、その生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならない」と生涯学習の理念が明示された。さらに、この理念の実現のために、平成20年に改正された「社会教育法」(昭和24年法律第207号)では、国および地方公共団体は、「生涯学習の振興に寄与することとなるよう努めるものとする」ことが明示された(第3条2項)。
 以上より、国および地方公共団体は、公共サービスとして、国民がその生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習できる環境を提供していくことが求められている。
 文部科学省では、現在、教育基本法を踏まえ、第3期教育振興基本計画(平成30年6月15日閣議決定)に基づき、人生100年時代を見据えた生涯学習の推進に取り組んでいる。具体的には、新しい地域づくりに向けた社会教育の振興方策の検討や、生涯を通じて職業に必要な知識やスキルを身に付けるための社会人の学び直しの推進などに取り組んでいる。


 一方、地方公共団体は、地域における生涯学習を推進するための中心機関として、生涯学習センターを設置し、主に、1)会議室や音楽練習室を利用者に貸し出す、2)語学、文化、芸術、料理等に関する講座を提供する、3)資料の閲覧や相談員による応対を通じて学習機会を提供する、といったサービスを提供している。平成30年度社会教育調査によれば、生涯学習センターは全国に478館あり(単独施設・複合施設のどちらも含む。平成30年10月時点)、その数は、図表 2のとおり、平成20年度の調査以降、増加傾向にある。


 しかしながら、生涯学習サービスは、基本的に生涯学習センターという施設において提供されることが前提となっているため、施設に足を運べない住民や施設と離れた地域に住む住民は、そのサービスを享受することが難しく、誰もがあらゆる場所において学習できる環境を提供しているとはいい難い。また、現在の生涯学習センターの多くは、設備が時代の変化に合っていない等の問題があり、その役割を十分に果たしていない。次項では、このような生涯学習センターの課題について指摘する。
 なお、生涯学習の振興に寄与する公共施設として、学校のほか、公民館、図書館、博物館、生涯学習センター等の社会教育施設が挙げられるが、これら社会教育施設のうち、図書館、博物館については、本連載における別回で扱うため、本稿では、生涯学習センターに限定して論考を進める。

(2)生涯学習センターのハード面の課題
 生涯学習センターは、ハード面について、大きく3点の課題がある。
 第一の課題は、他の公共施設と同様、老朽化への対策であり、今後必要となる更新・改修費用の捻出が地方公共団体の財政を圧迫することが予想されている。生涯学習センターは、築20~30年で改修されることが通常であり、現在、改修期を迎えている施設が一定程度あると想定される。実際、図表 3のとおり、築15~34年の生涯学習センターは、245施設(全施設の51.3%)あり、この多くが、近年改修されたか、現在改修中、もしくは今後改修予定である。


 第二の課題は、施設の稼働率の向上である。他の公共施設と同様に、生涯学習センターにおいても、費用対効果を上げるために高い稼働率を維持することが重要である。しかしながら、現在は、部屋によって稼働率に偏りが生じている施設が多いと考えられる。実際、A市の平成29年度の生涯学習センターにおける部屋別の貸室稼働率(図表4)をみると、50%にも満たない稼働率の部屋が過半を占める。部屋によって稼働率が低いという問題は、開館以来、設備や内装に大きな追加投資を行わず、時代の流れ(利用者の最新ニーズ)に合わなくなったことが大きな原因であると推察される。また、各部屋が、特定の用途にのみ使える仕様となっており、様々な用途で柔軟に利活用することができないことも一因と推察される。


 さらに、B市の平成29年度の生涯学習センターにおける時間帯別の稼働率(図表5)をみると、時間帯によっても稼動率に偏りがあることが分かる。


 第三の課題は、新型コロナウイルスの感染拡大防止による機能不全からの脱却である。具体的には、感染拡大の防止や利用者の不安を払拭させる対策を実施した上で、生涯学習センターサービスの提供を再開することが課題である。生涯学習センターサービスは、原則として、施設に人を集めることを前提としている。それゆえ、新型コロナウイルスの感染拡大防止への対策として、多くの生涯学習センターが令和2年3月から閉館しており(令和2年6月17日現在は、一部の地域において再開されている)、今後、このような機能不全からの脱却を図ることが課題となっている。その課題の解決策として、施設の存在を前提とするならば、例えば、利用者が密にならない状態を維持できるように部屋のスペースを広く確保すること等が考えられる。

(3)生涯学習センターのソフト面の課題
 ソフト面についても、大きく3点の課題がある。
 第一の課題は、受講者数の増加である。前述のとおり、生涯学習センターでは、語学、文化、芸術、料理等に関する講座を提供している。しかしながら、受講者数が少ない講座も多いのが実情であろう。実際、政令指定都市C市の令和元年度の生涯学習センター年報によれば、充足数(定員に対する受講者数の割合)が50%以下である講座が、年間234講座のうち56講座(=23.4%)存在した。充足数を詳細に公表している政令指定都市C市の生涯学習センターでさえ、このような状況であるため、充足数が少ない講座を多く抱える生涯学習センターが多数存在すると考えられる。
 この受講者数が少ないという問題と、前述した稼働率が低いという問題は、利用料金収入の低迷という問題を引き起こしている。そして、この利用料金収入の低迷という問題が、新たな講座の開発をはじめ、施設の改修および最新設備への再投資等を阻んでいる。その結果、講座や施設の魅力が欠けて、受講者数を増やすことができない、または稼働率を高められないという悪循環が起きている。さらに、利用料金収入だけではカバーできない施設の維持管理運営コストが、地方公共団体の財政を圧迫しているというのが実態である。したがって、魅力的な講座を提供したり、情報発信を工夫したりすること等によって、受講数を増やすことが最初の課題であろう。
 第二の課題は、多様なニーズに応えることである。第一の課題を解決するためには、人気の高い講座を提供することばかりに注力することが予想される。しかしながら、社会の変化に伴いニーズが多様化している現代においては、人気の高い講座ばかりを提供していては、多様なニーズに応えることができず、結果としてユニバーサルなサービスが提供されなくなる。したがって、多様なニーズに応えることも行政が果たすべき役割の一つと考えれば、人気が低くても幅広い内容の講座を提供するべきである。
 第三の課題は、データに基づく運営状況の評価・改善である。前項では、稼働率について言及したが、そもそも地方公共団体や指定管理者が各施設および各部屋の稼働率を正確に把握していないケースがある。また、稼働率を把握している場合においても、午前・午後・夜間といった大まかな時間単位の把握にとどまり、1時間単位の細かいメッシュで把握していないケースがある。これらのケースでは、データを細かく取得し、評価・改善につなげることが課題である。
 また、そもそも地方公共団体が生涯学習センターの運営状況を評価していないケースが多い。平成30年度社会教育調査によれば、生涯学習センターの45.2%は、運営状況に関する評価が実施されていない。これは、データに基づきPDCAを実践している民間の施設運営と比較すると、驚くべき実態であろう。
 これらのケースでは、施設の運営状況に係る課題を分析し、改善策を検討することも難しい。したがって、まずはデータを細かく取得し、その上で運営状況の評価・改善を図ることが必要となろう。


2.生涯学習センターサービスのDX

 本稿では、現在、公共が提供している生涯学習センターサービスの課題を、DXによって解決することを提案する。生涯学習センターサービスのDXとは、対面での講座提供が不要な分野の学習については、オンライン化することで学習機会の質・量を充実させた上で、発生した施設の空きを、対面を必要とする分野の学習サービスの充実化に充てて、双方の学習の質・量を高めることである。
 これは、どのような地方公共団体でも取り組むことができ、コストの削減と、多様な学習機会の効果的な提供の双方を実現する解決策である。
 なお、生涯学習センターのサービスとしては、前述のとおり、講座提供の他に、会議室等の貸し出しサービスや資料の閲覧サービスがある。これらサービスについても、例えば、資料を電子化し、オンラインでの閲覧を可能とするなど、DXすることが考えられるが、次項では、講座提供のDXに焦点を当てる。

(1)DXされた生涯学習センターサービスの概要と効果
1)オンラインへの移行
 まず、施設において対面で提供する必要のない講座をオンラインで提供するように移行する。施設において対面で提供する必要のない講座は、その内容にもよるが、例えば、語学・歴史・人権・防災・育児に関するものが想定される。
 オンライン化することにより、地方公共団体は、諸室の面積を大幅に抑制することが可能となり、施設の延床面積を縮小することができる。一方、受講者は、主に以下3点の便益を享受できる。
 第一に、時間と空間の制約を受けずに、いつでもどこでも学習することができる。すなわち、教育基本法第3条のとおり、住民は、「あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ」るようになる。また、この結果、生涯学習センターに足を運べない高齢者や障がい者の学習環境が充実するという便益もある。
 第二に、第一の結果、多数の人が受講することが可能となり、他の受講者との出会いを生み、自身と共通の趣味や悩みを持つ多くの受講者とつながること(ネットワーク化)ができる。このネットワーク化は、第3期教育振興基本計画で謳われているように、「人々が孤立することなく生きがいを持って社会に参加」の実現にも資すると考えられる。
 第三に、学習履歴をオンラインで記録・管理することが可能となる。蓄積された学習履歴は、受講者が目標を立てる際に有効であろう。また、就職や転職活動におけるスキルの証明にも活用できる。実際、近年、学校の卒業証書や実務講座の修了証など学びの履歴を証明する「デジタルバッジ」を発行し、就職や転職活動における学習履歴の証明等に役立てる動きがある。
 このオンラインへの移行については、既にニーズが表出している。実際、内閣府が平成30年に実施した生涯学習に関する世論調査では、「どこで講座が開講されると学習しやすいと思うか」を聞いたところ、インターネットを挙げた者の割合が45.3%と高かった。


 さらに、新型コロナウイルスの感染拡大を契機として、体操・筋トレの仕方を紹介する動画や、自宅で楽器を演奏しオンラインで協奏する動画等が話題となった。これにより、対面で行われていた生涯学習が、実は対面で実施する必要はなく、オンラインでも実施可能な場合があることに多くの人が気付いたのではないか。オンラインによる生涯学習に対するニーズはさらに高まっていると想定される。

2)対面サービスの充実
 次に、1)の結果、生涯学習センターの施設の空きが発生する。その分、対面で提供する必要性が高い講座のために、部屋や設備を充実させることができる。対面で提供する必要性が高い講座としては、例えば、演奏指導・子どものふれあい教室・武道が想定される。
 また、1)の結果、生涯学習センターへの来館者が減り、来館者に応対する職員の負担が軽減する。その分、相談機能を強化し、地域課題の解決支援を行う高度な相談に対応できるようにする。さらに、学校、NPO、民間教育事業者、住民ボランティア等の多様な主体とのネットワークづくりを促進し、地域活性化に資する取り組みを推進する。このように、前述した第3期教育振興基本計画で掲げられている、「新しい地域づくりに向けた社会教育」を生涯学習センターが実践する。

3)地域連携・広域化
 以上のDXされた生涯学習センターサービスは、特定の地域においてのみ提供される必要がない。地方公共団体が連携してサービスを提供することにより、利用者は、他地域のサービスを利用できるようになる。地方公共団体は、当該地域以外の利用者を獲得することができる。さらに、より一層のコスト削減・受講者の満足度の向上等に寄与すると考えられる。
 例えば、ある講座の提供にあたり、人気の高い優秀な講師1人を複数の地方公共団体が連携して招聘する。これにより、地方公共団体にとっては、講師に支払う報酬を連携する他の地方公共団体と分担することが可能となり、コスト削減につながる。また、人材がいない地域は、優れたコンテンツを少ない負担で提供することが可能となり、人的資源に縛られないサービス提供が可能となる。受講者にとっては、自身と共通の趣味や悩みを持つ多くの人とのネットワーク化が地域を超えて拡がるというメリットがある。
 なお、地域連携・広域化するにあたっては、地域連携・広域化によって削減されたコストを活用し、その地域ならではの学習、例えば郷土教育や地場産業振興に資する学習機会の提供等の機能を強化することが望ましい。この取り組みにより、「新しい地域づくりに向けた社会教育」がさらに振興されることが期待される。

(3)DXされた生涯学習センターサービスの公共財政負担額
 次に、生涯学習センターサービスの従来型の公共財政負担額とDX型の公共財政負担額を比較する。DXの効果が発現されるためには、一定の人口規模が確保されていることが望ましい。そこで、本稿では中核市の生涯学習センターをモデルケースとして想定する。また、指定管理者が施設を運営・維持管理しているケースを想定する。なお、モデルを単純化するために、地域連携・広域化することは想定しない。
 公共財政負担額の試算にあたって、中核市D市の公表資料や各費用の一般的な相場を踏まえ、以下のとおり前提条件を設定した。


 初期投資費については、DX型の場合、講座提供のオンライン化により、会議室や研修室、その他諸室の面積を大幅に抑制することが可能となり、延床面積を約2,000㎡縮小することができる。結果として、建て替えに係る整備費を10億円分抑制することができる。一方、DX型ではシステム導入費が追加の初期投資として発生する。本稿では、システム導入費として1.5億円を見込んでいる。
 運営・維持管理費については、DXすることで、施設面積に相関する、賃借料、清掃や警備のための委託費、光熱水費などの諸経費、修繕費の削減が見込まれる。また、講座の委託費については、DXすることで講座数が増加するが、一部の講座を録画配信することで効率化されるため、微減するとした。一方、人件費については、相談員は増員するが、その他の職員が減員することを想定し、従来型とDX型で同額を見込む。
 利用料金収入については、DX型の場合、1回当たりの受講者数と講座数が増加すると想定し、講座受講料収入は増えると想定した。一方で、施設利用収入および駐車場利収入は減少すると想定した。
 結果として、図表 9のとおり、DX型の初期投資は、従来型の初期投資の約74.5%に削減できる。また、50年間の公共財政負担額は、従来型では約100億円であることに対して、DX型では約90億円であり、約10億円の削減が見込まれる(この10億円の削減効果は、ほとんど初期投資費の削減効果による)。大胆なDXにより、生涯学習センターは生涯学習のための環境の提供という使命を果たすとともに、人件費は削減せず、かつ公共財政負担額を約1割削減できることが分かった。本試算では、地方公共団体の共同運営によるDX型を想定していないが、広域化・連携により地方公共団体が生涯学習センターを共同運営する場合は、さらなる財政メリットが期待される。


(3)DXによる効果のまとめ
 以上のDXされた生涯学習センターサービスの効果をまとめると、以下のとおり図示できる。前述した、生涯学習センターのハードおよびソフトにおける課題の解決のみならず、住民が、いつでもどこでも学習できるようになったり、人的ネットワークを構築しやすくなったりする等の効果が期待できる。一方で、地方公共団体にとっては、施設の運営・維持管理費を削減できる。さらに、DXすることにより、学習者の達成度、講座や施設に対する満足度といったデータが蓄積する。このデータを分析し、運営状況の評価・改善につなげることにより、従来以上に生涯学習センターサービスの質を向上させることができるであろう。


3.実現に向けた課題と展望

(1)実現に向けた課題
 生涯学習センターサービスのDXの実施に向けた課題として、高齢者がDXされた生涯学習センターサービスに適応するための支援が挙げられる。前述のとおり、内閣府の世論調査では、「どこで講座が開講されると学習しやすいと思うか」という問いに対して、インターネットを挙げる者が多かったが、その年齢別の回答割合は、18~29歳、30歳代、50歳代が高く、60歳代、70歳以上は低い(図表11)。これは、高齢者が、情報端末やインターネットの扱いに対して苦手意識を持っていることが要因であろう。したがって、生涯学習センターサービスのDXの実施にあたっては、高齢者の苦手意識を解消させることが必要である。そのための方策としては、例えば、操作が簡易な情報端末を貸し出すこと等が考えられる。


 また、地域連携・広域化の体制の構築も課題である。前述のとおり、DXされた生涯学習センターサービスは、特定の地域においてのみ提供される必要がなく、サービス提供にかかるコスト削減や、サービス内容の向上の観点から、地域連携・広域化を推進することが望ましい。推進のための体制の構築にあたっては、一部事務組合や協議会を設立することが想定され、設立の際には、地方公共団体の間で、費用と便益の負担を明確にすることが重要となる。

(2)展望
 静岡市の清水区生涯学習交流館運営協議会では、新型コロナウイルス感染拡大を受けて、生涯学習の市民向け講座を録画し、交流館のホームページで公開し始めた。交流館のホームページでは、令和2年6月17日現在、健康体操、浴衣着付け、果物の調理、話し方・聴き方の4講座が公開されており、市民が自宅で学ぶ機会が提供されている。また、京都市の教育委員会も、令和2年4月30日より、生涯学習情報を発信するホームページに「Stay Home ~おうちで生涯学習してみませんか~」のページを開設し、講演会の録画映像の配信や、資料の公開を始めた。このように、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、生涯学習センターサービスをDXする動きが見られている。この動きは、今後、他の地域にも普及するであろう。
 では、生涯学習センターサービスのDXが全国展開されたとき、どのような社会の実現が期待されるだろうか。第一に、人々が孤立することなく、学ぶ意欲や生きがいを持つ社会である。DXにより、対面サービスの充実が図られれば、学習に関心がない人々に学ぶ動機を与えたり、退職後に生きがいを失っている人々に生きがいとなる趣味を発見させたりする機能を生涯学習センターが十分に果たすことができる。また、DXにより、人的ネットワークの形成が図られることで、人々は孤立することなく生きがいを持って社会に参加することができるであろう。第二に、地域住民が、地域のために、地域課題を解決する社会である。DXにより、対面サービスの充実が図られれば、多様な地域住民とのネットワークづくりや地域課題の解決支援を行う高度な相談が可能となる。また、DXに伴い、郷土教育や地場産業振興に資する学習等、その地域ならではの学習の機会を提供する機能を強化すれば、郷土愛・地域愛を持った人材を育成できる。第三に、形式的な学歴によらない、生涯の各時期の学習の成果が適切に評価される社会である。DXにより、学習履歴をオンラインで記録・管理することが可能となれば、学習の成果が適切に評価される社会の実現に寄与し得る。
 生涯学習センターのDXは、このような希望のある豊かな社会の実現に寄与するのである。

(3)さらなる問題提起
 最後に、生涯学習センターサービスのDX化を提言するにあたり、さらなる問題提起を行いたい。それは、「今後、行政が担うべき生涯学習センターサービスは何か」という問題である。
 確かに、生涯学習センター等における「講座提供」に対するニーズは高いであろう。実際、内閣府が平成24年に実施した生涯学習に関する世論調査では、行いたい生涯学習の形式について、「公民館や生涯学習センターなどの公の機関における講座や教室」を挙げた人の割合が50.4%と最も高い。公の機関における講座や教室に対するニーズは、世論調査から7年経った現在も高いことが想定される。


 しかしながら、民間事業者も、とりわけ大都市では、語学・料理・体操・パソコン等の講座・教室サービスを提供している。また、資格取得のためのオンライン教育サービスも提供している。したがって、「民にできることは民に」という官民の役割分担の考え方に立てば、行政による講座提供サービスは、民業圧迫と考えることもできる。また、テレビ番組や無料動画サイトでも、語学・料理・体操・パソコン等のあらゆる内容を学ぶことができる。そうであるならば、「行政にしかできない、今後、行政が担うべき生涯学習センターサービスは何か」を考えるべきではないか。すなわち、「民間事業者と重複しない、行政が担うべき生涯学習センターサービスとは何か」を検討するべきではないか。
 この問いに対する答えとして、3つの考えを示したい。第一に、民間事業者による提供があまり期待できない学習内容を行政が提供するべきである。例えば、地域の歴史や文化等の郷土教育や人権教育等の学習の機会を行政が提供するということである。第二に、生涯学習サービスを提供する民間事業者がいない地域こそ、行政がサービス提供に注力するべきである。そのサービス提供のあり方としては、講座提供の他に、人々が集まって学んだり、議論したりすることのできる場所を提供することも挙げられるであろう。ただし、この場合も、DXすることが有効であることは言うまでもない。第三に、人々の学ぶ意欲を引き出し、生きがいを見つけることのサポートに行政が注力するべきである。すなわち、学習に関心がない人々に学ぶ動機を与えて、民間サービスの情報を提供したり、退職後に生きがいを失っている人々に充実したセカンドライフの可能性を気づかせたりすることが行政の役割ではないか。経済的に困窮していて民間サービスを利用することが難しい人々に対して、安価に講座提供したり、バウチャーを提供したりすることも考えられる。これらの役割を果たすためには、前述した、相談員等による対面サービスの充実が有効であろう。
 地方公共団体のヒト・モノ・カネは限られている。したがって、これら3つの考え方のもと、行政が生涯学習センターサービスを提供するためには、既存の生涯学習センターサービスを変容させて、ヒト・モノ・カネに縛られないサービスのあり方について知恵を絞る必要がある。また、全国横並びの画一的なサービスではなく、その地域の課題や特性を反映した戦略を描くことが重要である。知恵を絞って戦略を描いた結果、例えば、生涯学習センターを廃止・縮小して、図書館を充実させたり、休日や夜間の公立小中学校の家庭科室や視聴覚室を開放したりする戦術が生まれるであろう。その戦術の一つが、生涯学習センターサービスのDXではないか。生涯学習サービスの提供にあたって、生涯学習センターというハードは必須でない。「今後、行政が担うべき生涯学習センターサービスは何か」という根本的な問題を考えても、生涯学習センターサービスのDXは有効な手段となるであろう。

(※1)「生涯学習」とは、文部科学省の「平成30年度文部科学白書」によれば、一般には人々が生涯に行うあらゆる学習、すなわち、学校教育、家庭教育、社会教育、文化活動、スポーツ活動、レクリエーション活動、ボランティア活動、企業内教育、趣味など様々な場や機会において行う学習の意味で用いられる。

以 上


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ