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【ポストコロナのローカルDX戦略~時空を超える公共サービスの可能性~】
第1回 自治体庁舎における公共サービスのDX

2020年06月04日 伊藤陽


1.従来の自治体庁舎について
(1)庁舎を取り巻く現況
 自治体職員が執務を行う庁舎は、地方自治法上、自治体の「事務所」と表現されていることからも、自治体職員への執務空間の提供が主なサービス内容であり、市民に対するサービスに関しては、証明書発行や都市計画関連の諸手続きといった、行政上必要な申請窓口としての側面が強い。しかし、昨今では市民ニーズの多様化などにより、種々の助成や補助の利活用に関する相談サービスを充実させている自治体が多い。また、自然災害の多発を受けて、災害時の拠点としての機能に期待する声も高まってきている。災害時には庁舎に被害の情報が集約され、それを基に支援物資や人員の分配についての判断がなされ、避難施設等の指揮がなされるため、庁舎におけるBCP機能の確保は重要度が高い。
 このように、自治体の庁舎は、平時の際は職員が執務する場所であるとともに市民の生活を支えるサービスが提供され、有事の際は市民の生活を守るサービスが提供される、自治体にとって重要な役割を担う公共施設である。しかしながら、重要であるがゆえに、ハードとソフトの両面について、改善すべき点が多いこともまた事実である。今般の特別定額給付金の申請関連手続きのため、感染拡大を防がなければならない状況にもかかわらず、多くの人が庁舎に詰めかける様子を見て、自治体庁舎の在り方に疑問を感じた読者も多いであろう。そこで本稿では、現状の庁舎が抱えるハード・ソフト両面の課題をそれぞれ明らかにし、これらを解決する庁舎機能のDX(デジタルトランスフォーメーション)についての提案・考察を行う。

(2)ハード面の課題
 ハード面の課題として、まず、庁舎の狭隘化が挙げられる。前述したように各自治体では、市民ニーズの多様化に伴い相談サービスなどを充実させてきており、それを取り扱うための各書類の保管スペースや、サービス提供のための窓口スペース、利用する市民の待機スペースが必要となっているが、異なった設計思想で整備された庁舎ではこれに十分に対応することができなくなっている。また、昨今では窓口スペースでのプライバシー保護がより求められるようになってきているが、前述の通り十分なスペースを確保できていない庁舎においてはこれにも対応できない。
 狭隘化に加えて、老朽化が深刻な課題となっている自治体も多い。総務省の調査 によると、平成29年12月末時点で、全国1741の自治体のうち、494団体の本庁舎が未耐震であり、こうした自治体を筆頭に、災害時の拠点となる庁舎の建替え・耐震補強は喫緊の課題である。
 庁舎を取り巻く現況やハード面の課題から、多くの自治体では庁舎の建て替えに際して、規模の拡大と、BCP性能の向上が議論されている。一方で、当然のことながら、重厚長大な庁舎の建設のためには相応の建設費が必要であり、足元の財政状況の厳しさから建て替えが先送りとなってしまっている自治体も少なくない。また、現状では狭隘化が課題になってはいるが、人口減少が進む社会においては、職員数が減少していくことはほぼ確実であり、これに伴い必要面積が整備当初よりも縮小していくことが考えられる。庁舎の耐用年数は50年を超えることも多く、現状の人口および職員数などに合わせた規模の庁舎の整備は、将来世代に「理不尽な」負担を強いることになりかねない。

(3)ソフト面の課題
 ソフト面の課題として、庁舎を訪れないと受けられない申請・相談サービスが多く、市民に不便を強いてしまっている点が挙げられる。年配者や子育て世代に向けた相談サービスの数自体は、各自治体の努力により増加してきている。しかし、足腰が弱い年配者や、夫婦が共にフルタイム勤務するような共働き世帯は、庁舎を訪れることが比較的難しい。そのため、庁舎でのサービス提供が前提となっている相談サービスについては、その提供方法を改善することで、サービスの質を向上させる余地があると考えられる。加えて、申請・相談サービスの課題として、ハード面の狭隘化と関連するが、庁舎の窓口スペースにおけるプライバシー保護が十分となっていないことも挙げられる。
 執務環境の提供というサービスに関しては、職員の多様な働き方、特にテレワークを受け入れられない施設・設備であることが課題として挙げられる。一般に、庁舎内のシステムは、セキュリティ確保の観点から、①マイナンバー関連の事務を行う系統、②自治体固有の業務を行う系統、③一般のインターネット回線とつながっている系統、の3系統から成り立っている。こうした既存システムの複雑性は、新規のシステムを導入する際のハードルとなっている。また、行政事務における文書主義の慣習によって、自治体職員の多くの業務が紙資料に強く依存していることもテレワークを推進できない要因である。さらに紙資料への依存は、会議ごとの帳合作業や議会用の資料印刷のための残業など、生産性の向上を阻害する要因となるだけでなく、保存のための書庫スペースも相当程度必要となるため、ハード面の狭隘化にもつながっている。
 申請・相談サービスと、執務環境の提供サービスのそれぞれが、庁舎という建物内での提供が前提となっていることは、庁舎に求められるBCP性能の低下にもつながっている。新型コロナウイルスのような疫病の流行の際には、職員が一カ所に集まり勤務することのリスクは極度に高い。疫病に限らず、自然災害の発生時などにも各職員が登庁することが難しい状況となることは十分想定されるであろう。また、そうした申請・相談サービスの需要が高まる緊急事態において、申請・相談サービスが、庁舎内の窓口における利用者との対面を前提としていると、十分な公共サービスの提供ができなくなってしまう。今後の庁舎に求められるBCP性能としては、ハードとしての堅牢さに加えて、ソフトとしての柔軟さも重要になってくるものと考えられる。

2.庁舎のDX
(1)DX後の庁舎
 まずソフト面については、執務環境において、紙資料への依存から脱却し、職員のテレワークへの対応を進める。これらは先述したように、自治体特有のシステム構造などによりハードルが高い一方、クラウド技術などの進展により解決可能な課題となってきており、豊島区などの先進的な自治体ではすでにテレワークを導入している。さらに、テレワークの導入により、申請・相談サービスのオンラインへの移行も容易となることが想像に難くない。相談サービスのオンライン提供は、市民にもオンライン環境が整っていることが前提となるが、総務省の「令和元年版 情報通信白書」によれば、インターネット利用率は、個人の年齢階層別でみると13歳〜59歳までは各階層で9割を超え、所属世帯年収別でみても400万円以上の各階層で8割を超えており(いずれも、2018年時点)、自治体側がオンラインに対応できさえすれば、速やかにサービスが普及していくと考えられる。
 こうしたソフト面のDXにより、ハード面の在り方も変わっていくことが考えられる。まず、紙資料が不要となると、書庫スペースも大幅に削減でき、建物の延床面積が減るため、建設費や維持管理費用の圧縮が期待される。また、テレワークが導入できている場合には、全ての職員が一堂に会して勤務する必要は少なく、職員の自宅や自治体内に点在する遊休の公共施設・民間施設を分散拠点として活用することで、さらに庁舎自体の必要面積を圧縮することができる。こうした「分散型庁舎」は、将来の人口減少に合わせた段階的な規模縮小も容易である。加えて、「分散型庁舎」というハード面のDXは、サービスの提供拠点が分散立地することとなり、インターネットが利用できない市民の申請・相談サービスへのアクセシビリティ向上という、ソフト面の改善にも寄与すると考えられる。さらに副次的な効果として、遊休ストックに自治体が入居することで、当該遊休ストックの価値や、周辺の地価が向上することも期待される。

(2)コスト構造の変化
 前述したソフト・ハードの一体的なDXによって、庁舎に係るコスト構造はどのように変化するであろうか。まず、削減が見込まれるものとして、施設規模の縮小による、施設整備費や大規模修繕費および施設維持管理費が挙げられる。さらに、生産性の向上による人件費の削減、紙資料を用いなくなることによる消耗品費の削減が見込まれる。
 一方で、増加が見込まれるものも存在する。分散型拠点に入居するためのリフォーム費や賃料が代表的なものとなる。加えて、ソフト面のDXに係るシステム構築費・維持費、通信費などが新たな費用として計上されることとなる。


(3)DXの効果
①効果検討に際してのモデル設定
 庁舎DXについてコスト構造の変化に着目すると、ペーパーレス化のみを達成した場合、さらにテレワークを組み合わせて分散化までを達成した場合、の2段階が考えられる。そこで、効果検討に際してはそれぞれの段階における効果を明確化させるため、従来型の庁舎、ペーパーレス化を達成した庁舎(DX1)、分散化を達成した庁舎(DX2)の3モデルを設定する。


②想定する自治体・前提条件
 DXの効果が発現されるためには、一定の人口規模が確保されていることが望ましい。そこで、下記のような地方中核市におけるDXを検討することとする。


 上記の自治体としての基礎情報や、各費用の一般的な相場観を踏まえ、下記のとおり前提条件を設定した。なお、分散型庁舎においては、定性的なメリットを最大化させるため、全て民間の遊休ストックを活用する前提として検討を行った。


③定量効果の比較結果
 以上の前提条件により、各モデルの50年間で自治体が負担する総費用を試算したところ、DX1が最もコストメリットに優れ、DX2、従来型がそれに続くという順序となった。



 DX2では建設費などの初期投資の削減効果を、50年間の賃料負担が上回ってしまう形となっており、DX1と同程度の総費用とするためには賃料を相場の半額程度とする必要がある。あるいは、全て民間の遊休ストックを賃貸するのではなく、市街地活性化などの定性的メリットは小さくなるものの、既存公共施設を利活用するということも考えられるであろう。
 また、DX2は、庁舎の規模が最も小さいため初期投資が少なく、財政負担の平準効果に最も優れるという特徴を有している。足下の財政状況が厳しく、起債が難しい自治体にとっては大きなメリットとなる可能性がある。


④定性効果の比較
 市民目線に立つと、DX1では、庁内の資料が電子化されるため、自治体が開示する資料の検索効率上昇やアクセシビリティ向上が、定性的な効果として期待される。加えてDX2では、窓口サービスについてオンライン・オフライン両面でのアクセシビリティ向上や、申請・相談サービスが遠隔提供となることによるプライバシーの一層の確保が定性的な効果として得られる。また、市街地の遊休ストックが活用されることにより、市街地の活性化や資産価値の維持にも期待が持てる。
 職員目線に立つと、DX1では、行政事務遂行における資料準備のための時間が削減されることや、調査・照会を行う際のデータ検索効率が改善することによって、生産性が向上する。また、生産性の向上は、各種施策の検討や市民対応といった本来業務への注力が可能となり、モチベーションの向上にも寄与するであろう。加えてDX2では、テレワークにより各人の事情等に合わせた多様な働き方が可能となり、さらなる生産性の向上や離職率の低減が期待できる。
 自治体全体としての目線に立つと、DX1では、電子データでの行政事務が前提となることで、様々な公共サービスのデジタル化が推進される。加えてDX2では、まず、テレワークや分散拠点での勤務によって、公共サービスのBCP性能が向上する。また、市民の資産価値の維持や、市街地の活性化により、固定資産税の増収効果が期待される。さらに、コストメリットとのトレードオフとなるものの、庁舎の容積率に余剰が生まれるため、防災性能や市民交流スペースなど、各自治体が庁舎に必要と考える機能を、より充実させることが可能となる。

(4)実現に向けた課題
 実現に向けた課題として、人事制度の見直しや、セキュリティ確保の方策を検討する必要がある。一方で、これらの課題は民間企業では解決済みであり、それらを参考としながら自治体向けに解決策をカスタマイズしていけば対応可能である。例えば、人事制度については、民間企業ではテレワークに対応するため、勤務時間ではなくアウトプット、アウトカムで人事評価を行うことや、各人の端末の利用履歴で労務管理を行うシステムなどを導入している。セキュリティについても、各人の端末にデータを保存させないシンクライアント端末を用いるなど、様々な解決手段が考えられるであろう。
 むしろ真の課題は、急激な変化に対する職員の拒否反応であることが予想される。これを解決するためには、各自治体の実状に即した、個々の対応策を検討していく必要がある。一概には述べられないものの、まず考えられる対応策としては、民間企業での取り組みなどを紹介することにより、各職員の、従来のやり方の延長線上で課題を解決しようとするマインドセットを変容させることが挙げられる。例えば、庁舎の狭隘化によって結果的に分散型の庁舎となっている自治体もあるが、こうした自治体では職員間コミュニケーションの利便性の低下などを理由として、庁舎機能の集約が議論されていることが多い。一方で、一部の民間企業では、むしろ機能の一カ所集中による生産性の低下やコストデメリットなどに着目し、分散化を推進しているところもある。このように、従来とは異なる考え方に立ち、先進的な技術を活用することで、課題をよりよく解決できるということを、職員の一人ひとりが理解することが必要となる。
 また、職員の拒否反応を緩和させる方法としては、建替え時のみに注力した急激なDXではなく、段階的なDXにより必要面積の縮小、分散化を順次達成していくことも有用であると考えられる。このとき、生じた余剰床の民間企業等への貸付などを組み合わせれば、財政負担の段階的な削減も可能である。

3.展望
 庁舎機能のDXが全国展開されたときには、どのような将来が期待されるであろうか。意外に感じるかもしれないが、職務における客観性の担保などの観点から、居住地と勤務先が同一自治体でない自治体職員も増えてきている。複数の自治体が連携し、ある自治体が持つ公共施設おいて他の自治体職員が勤務できるようになると、通勤時間の短縮などにより、さらなる生産性の効率化が図られるであろう。また、自治体の枠を超えた職員同士の交流が生まれると、有用な施策・事業などがシェアされ、また一部については共同実施について検討が進むことによって、市民サービスの質の向上と効率化の両面が期待できる。
 また、大幅な制度改革が必要になるが、全国的に自治体職員のテレワークが前提となった場合には、他の地域で居住・勤務する民間企業の社員などが、副業的に愛着のある地域の自治体の職務を担い、新たな公共サービスの担い手となることも考えられるであろう。このような人材が、それぞれが培った専門的知識を活かし、自治体施策の立案などに関与することで、市民サービスのさらなる改善に寄与すると期待できる。
 このように、庁舎機能のDXは、単一の自治体で行った場合においてもコストの削減と市民サービスの改善が見込まれるが、全国的に取り組むことでさらなる効率化・サービスアップが実現すると考えられる。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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