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【ポストコロナのローカルDX戦略~時空を超える公共サービスの可能性~】
第7回 公共施設のファシリティマネジメント(FM)のDX
2020年08月05日 作田典章
はじめに
公共施設(道路、橋梁、上下水道等の土木構造物や庁舎等の行政施設、図書館、体育館等の市民利用施設を含む)のファシリティマネジメント(以下、「公共施設のFM」という)には、①公共施設を効果的かつ効率的に維持・更新する維持保全・更新業務、②公共施設を資産と捉えて、その資産を効果的に運用し新たな財源を創出する資産運用・管理業務、③公共施設の統廃合や再配置といった施設の在り方の見直しを行う政策企画業務、という3つの業務があると考えられる。
しかし、それらの業務の遂行においては、大きく3つの課題を指摘することができる。第一は、多くの業務が公共施設の現場や特定の場所に出向かなければできない状態にあること、第二は、公共施設に関する情報の収集・整理の作業が煩雑であること、第三は、公表されている公共施設に関する情報の量と質に、所管している部署や自治体間でばらつきがあることである。
本稿では、それらの課題の解決に向けて公共施設のFMをデジタル化した場合に想定されるシステムの一例を提示し、そのシステムがもたらす効果とそのシステムの社会実装に向けた課題について論じる。その上で、公共施設のFMがデジタル化した後の展望についても言及する。
1.公共施設のFMのデジタル化において求められるシステム
(1)目指す姿
公共施設のFMをデジタル化するにあたって必要と考えられるシステムの全体像を図1に示す(以下、図1に示すシステム全体を「FMシステム」という)。
FMシステムでは、公共施設の維持保全・更新業務にセンサーやロボット等を導入するとともに、複数の自治体にまたがって、公共施設に関する情報(行政が保有する公共施設の情報、公共施設に設置されたセンサー等から収集された各種データ、自治体の業務システムから生成される種々の情報、ソーシャルデータ、民間企業から提供される様々な分野のデータなど)を一元的に集積する公共施設FMプラットフォーム(以下、「プラットフォーム」という)を構築する。
プラットフォームを運営するプラットフォーム事業者やソフトウェア開発会社は、プラットフォーム事業者とプラットフォームにデータを提供した者(以下、「データ提供者」という)で合意した利用権限等の条件の下で、それらのデータを活用することにより、公共施設のFMに関わる業務等の高度化・効率化を実現する新たな業務アプリケーションやサービスを開発し、自治体等に提供する。
なお、プラットフォーム事業者は民間事業者(SIer、テレコムキャリア、データを活用したサービスを提供する事業者(ビルメンテナンス会社など)によるコンソーシアムや公共セクターと民間事業者による共同出資会社などが想定される。
(2)FMシステムによりデジタル化される業務
①維持保全業務における現場作業
点検業務、機器・設備の維持管理業務、受付業務、警備・監視業務および清掃業務といった維持保全業務において現場で行っている業務がデジタル化される。
例えば、点検業務、機器や設備の運転管理業務においては、点検が必要な施設や機器・設備に様々なセンサーを設置するとともに、それらのセンサーをプラットフォームに接続することで、施設や機器・設備に関する様々な情報をプラットフォーム上に集約する。これにより、プラットフォーム上の情報を元に点検業務や機器・設備の制御を行うことが可能となり、自治体職員が点検業務や運転管理業務のために現場へ往訪する回数やそれらの業務のために現場に滞在する時間が削減される。また、プラットフォーム上の情報に基づき、機器・設備の運転や設備更新・修繕のタイミングが最適化されることで、光熱水費、機器・設備の修繕費等の維持管理・更新に関わるコストが削減される。さらに、受付業務、警備・監視業務および清掃業務においては、プラットフォームに接続されたAIロボットを導入することで、従来は人間が行っていた作業がリモート化、自動化され、従来よりも少ない人員での業務遂行が可能となる。
②情報の収集・整理・共有
資産運用・管理業務と政策企画業務の遂行に必要な情報の収集・整理に関わる作業がデジタル化される。
具体的には、プラットフォーム上で提供される自治体向けポータルサイトからは、資産運用・管理業務と政策企画業務に必要な公共施設に関するすべての情報を自治体職員が閲覧できる。また、報告書や庁内資料で使用する図表を作成したい場合には、サイト上でパラメーターや項目を選択するだけで必要な図表が自動で生成される。さらに、公共施設に関する情報が全国共通のAPI(※1)に従って収集され、また、一定の条件の下、どの自治体からのアクセスも可能とすることで、情報の量や質に自治体間のばらつきがなくなり、自治体間および庁内の情報共有に必要であった編集・整理等の作業は不要になる。
③シミュレーションおよび計画策定
資産運用・管理業務と政策企画業務の遂行において行われる各種シミュレーションや計画策定の作業がデジタル化される。
例えば、公共施設の更新計画の策定においては、プラットフォーム上に蓄積されたデータを活用して開発された更新計画策定アプリケーションや施設劣化予測サービスなどを使用する。これらを自治体職員がPCの画面上で簡単な操作を行うだけで、人間が行うよりも高度で正確な施設の劣化予測や更新計画を短時間に作成することが可能になる。
また、施設の統廃合を検討する場面においては、プラットフォーム上で提供される施設の統廃合シミュレーションサービスを活用する。例えば、プラットフォーム上に集約された各公共施設の立地、老朽化度および健全度や稼働状況等に基づき、自治体は、短期的には自らの行政区域内においてどの公共施設を統廃合すると効率的になるかを容易に検討することができる。中長期的には、近隣自治体のどの公共施設を共有すると効果的か(反対に、どの施設は自前で所有しておくべきか)という、従来のやり方では多大な工数が必要とされる高度なシミュレーション作業を素早く高い精度で行うことが可能になる。
(3)FMシステムがもたらす効果
FMシステムの実現は、行政と住民それぞれにメリットをもたらす。以下ではそれぞれのメリットについて論じる。
①行政へのメリット
行政にもたらされるメリットは、3つ想定される。
第一は、新たな投資原資の創出である。(2)で示した業務のデジタル化は、煩雑で付加価値の低い作業から自治体職員を解放する。加えて、光熱水費の最適化や事後保全から予防保全へのシフトにより、公共施設のFMに係るコストを中長期的に削減することで、自治体の限られたリソースの中から人的・資金的余剰を生み出すことが期待される。
第二は、行政の住民に対する説明能力の向上である。例えば、公共施設の統廃合に関する住民への説明の場面では、その統廃合が必要な根拠やその効果を、データによって住民に明示することが可能になると考えられる。
第三は、有事の際の対応力の向上である。特に点検業務、機器や設備の制御や維持管理業務のリモート化を進めることは、台風や洪水などの自然災害の発生時や、昨今の新型コロナウイルスの感染拡大等により、職員が現場に出向けない状況が続いた際にも、一定の限度で公共施設の運転・維持保全を可能にすると考えられる。
②住民へのメリット
住民側にもたらされるメリットは、自治体と住民の間における情報の非対称性の解消である。住民は、このプラットフォームの活用を通じて他自治体と自らが居住する自治体を様々な側面から容易に比較可能となり、自らの居住する自治体の立ち位置や直面している課題を認識できるようになる。それによって、住民による自治体の政策立案・策定プロセスへの積極的な参画が可能になることが期待される。
③定量効果の試算
①、②ではFMシステムがもたらす効果について述べた。ここでは前述の行政へのメリットのうち、新たな投資原資を創出する効果について、具体的なモデルを設定し、定量的に検証する。
i.想定する自治体
FMシステムの実現に必要な初期費用(自治体が負担する初期費用)を考慮すると、自治体は一定の規模・数の公共施設を保有していることが望ましい。そこで、ここでは、以下のような地方中核都市をモデルに、FMシステムを実現させた場合に創出される新たな投資原資を試算する。
ii.定量効果のシミュレーションのための前提条件
費用削減額を試算するにあたっては、上記の自治体としての基礎情報や各費用の一般的な相場等(筆者による想定値を含む)を勘案し、FMシステム導入前(表2および図2では「DX前」という)とFMシステム導入後(表2、図2では「DX後」という)の維持管理費等について、それぞれ次のような前提条件を設定した。
iii.検証結果
FMシステムを導入した場合としない場合において、公共施設のFMに要する10年間の総費用がどのよう変化するかを試算した結果、図2のとおりとなった。
ここでは、FMシステムを導入しなかった場合に要する10年間の総費用が約4,726,000千円であったのに対し、FMシステムを導入した場合は約4,606,000千円に収まると試算された。つまり、FMシステムを導入すると、10年間で約120,000千円の新たな投資原資が生まれることが見込まれる。
(4)FMシステムの社会実装に向けた課題
ここまで説明してきたFMシステムを社会実装するには課題が存在する。ここでは、どのような課題が想定されるかを整理する。
①法令・通達上の要求水準の見直し
社会実装が進んでいる技術を使うことによって、すでに人間が行う必要がない作業やリモートでも可能な作業が存在するにもかかわらず、現場で人間が直接行うことが規定されていたり、過剰な作業基準が法令や通達で定められていたりする可能性がある。公共施設のFMにおけるデジタル技術の導入を促進するためには、現時点において活用できる技術を踏まえて、タイムリーに法令や通達上の基準の見直しを行うことが求められる。
②プラットフォームの整備・運営に係る事業リスク軽減(民間事業者の参入促進)
プラットフォームの整備・運営のマネタイズ化には時間を要すると考えられる。その理由としては次の2つを挙げることができる。
第一は、プラットフォームの整備を始める段階においては、AI、IoT技術をベースに自治体に提供される業務アプリケーションやサービスの最終的な性能の実現をその開発者たるプラットフォーム事業者やソフトウェア開発会社が担保することが難しい。そのため、プラットフォーム整備後も、それらの業務アプリケーションやサービスが自治体の業務に資する性能に到達するまでの一定期間は、いくつかの自治体をモデルに学習・実証実験を繰り返さなければならないことが想定される。
第二は、プラットフォーム事業者やソフトウェア開発会社が開発した業務アプリケーションやサービスが全国の自治体で広く導入されるまでには、前述の学習・実証実験のプロセスが求められる。そのため、プラットフォーム事業者としては、プラットフォームの整備が完了しても業務アプリケーションやサービスの性能が一定の基準を超えるまでの間は自治体からほとんど料金収入を得られず、プラットフォーム整備に要した費用の回収目途を立てられないことが想定される。
したがって、公共側のシステム投資を最小限にとどめ、可能な限り民間活力を利用してFMシステムの社会実装を進めるためには、公共側が、FMシステムのプラットフォームの整備・運営に関する民間事業者側の事業リスクを軽減させる施策を講じることが求められる。そのような施策の例としては、FMシステムの社会実装を国の政策と位置づけた上で全国の自治体がFMシステムに組み込まれるまでのロードマップを提示すること、プラットフォームの整備に関わるコストの一部を補助すること、民間企業向けにデータを活用した施設の維持管理サービスを提供している企業(例えば、ビルメンテナンス会社、マンション管理会社など)がプラットフォーム事業者の中に入る仕組みを設計し、プラットフォームの整備・運営をマネタイズするまでの時間を短縮化することなどが考えられる。
③ベンダーロックインを防ぐ仕組みの構築
公共側が、②で述べたような施策により、FMシステムのプラットフォームの整備・運営に関する民間事業者側の事業リスクを軽減できれば、複数のプラットフォーム事業者が現れることが期待できる。そしてそこでは、それぞれのプラットフォーム事業者が、図3のように、自らを中心とする独自のエコシステムを組成し、そのエコシステムに組み込まれた企業や自治体の特徴に基づき、特色のある業務アプリケーションやサービスをそのユーザーたる自治体等に提供している姿が想定される。
自治体の視点から見ると、そのような業務アプリケーションやサービスの機能、品質、価格は絶えず改善・向上されていくことが望ましい。それを実現するためには、自治体が、自身が参加するプラットフォームを自由に選択し、また、いつでもプラットフォームの乗り換えができるよう、プラットフォーム間で一定の互換性を持たせるためのAPIを官民で連携して作成し、プラットフォーム間で競争原理が働き続ける環境を創出することが求められる。
2.FMシステムの社会実装後の展望
FMシステムが全国の自治体に実装された後は、次の2つの展開が期待できる。
第一は、自治体のリソース配分の最適化である。
前述のとおり、公共施設のFMに係る業務の自動化は、住民向けのサービスを拡充するために必要な新たな財源を創出する。さらに、プラットフォームのユーザーである各自治体は、新たに開発された業務アプリケーションやサービスを活用し、公共施設の統廃合や公共サービスの選択と集中および民間のサービス活用を進めることが想定される。これらを通じて、行政の財務体質が改善するとともに、各自治体が集中すると決断した公共サービスの質が向上することが期待される。
第二は、デジタル技術を盛り込んだインフラシステムの海外輸出の拡大である。
FMシステムの社会実装によって、インフラの運営・維持管理の高度なレベルでの効率化・最適化が実現されることで、日本が、デジタル社会における公共施設のFMのモデルケースとなることが期待できる。このモデルケースとしてのブランドの下、FMシステムの社会実装の中で蓄積した公共施設のFMのデジタル化に関する経験・ノウハウや国内で開発されたプラットフォーム、業務アプリケーション、サービスといったアセットは、施設の設計・施工だけでなく、運営・維持管理まで含めたインフラシステムの輸出を目指す日本の強みとなる。そして、政策対話やマスタープラン策定といった輸出相手国の案件組成の上流段階における日本の公共セクターの影響力を高め、日本企業が競争力を発揮しやすい事業環境の整備につながると期待される。
(※1)本稿でいうAPIとは、プラットフォーム上に蓄積されるデータの種類・粒度、データフォーマット、データのラベル・名称・定義などの規格、データの取得・更新頻度、プラットフォーム乗り換え時のデータの引継ぎ方法等プラットフォーム上のデータの取り扱いやプラットフォーム間の相互連携の実現に関するルール全般を指す。
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
関連リンク
連載:「ポストコロナのローカルDX戦略~時空を超える公共サービスの可能性~」の連載にあたり
・第1回 自治体庁舎における公共サービスのDX
・第2回 学校教育サービスのDX
・第3回 公共図書館サービスのDX
・第4回 生涯学習センターサービスのDX
・第5回 スポーツ分野の公共サービスDX
・第6回 博物館サービスのDX
・第7回 公共施設のファシリティマネジメント(FM)のDX
・地域の、地域による、地域のためのDX〜ローカルDXのすすめ〜