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【ポストコロナのローカルDX戦略~時空を超える公共サービスの可能性~】
第5回 スポーツ分野の公共サービスDX

2020年07月08日 前田直之


1.従来のスポーツ政策について

(1)公共のスポーツ政策を取り巻く現状
 スポーツ基本法(平成23 年法律第78 号)では、「スポーツは、世界共通の人類の文化である。スポーツは、心身の健全な発達、健康及び体力の保持増進、精神的な充足感の獲得、自律心その他の精神の涵養等のために個人又は集団で行われる運動競技その他の身体活動であり、今日、国民が生涯にわたり心身ともに健康で文化的な生活を営む上で不可欠のものとなっている。スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、全ての人々の権利であり、全ての国民がその自発性の下に、各々の関心、適性等に応じて、安全かつ公正な環境の下で日常的にスポーツに親しみ、スポーツを楽しみ、又はスポーツを支える活動に参画することのできる機会が確保されなければならない。」と定めている。
 また、同法第三条において、国は「前条の基本理念(以下「基本理念」という)にのっとり、スポーツに関する施策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する。」、同法第四条において、地方公共団体は「基本理念にのっとり、スポーツに関する施策に関し、国との連携を図りつつ、自主的かつ主体的に、その地域の特性に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する。」と定められている。
 同法の制定を受けて、国はスポーツ庁の創設と合わせて、平成29年3月24日に第2期スポーツ基本計画を策定し、具体的な政策目標の一つとして「成人のスポーツ実施率を週1回以上が65%程度(障害者は40%程度)となることを目指す。」を掲げている。
 以上により、国および地方公共団体は、公共サービスとして、国民がスポーツを実施する機会と場を提供していくことが求められている。
 一方、平成27年体育・スポーツ施設現況調査において、わが国の体育・スポーツ施設は約19万施設あり、このうち6 割が学校体育・スポーツ施設、3 割が公共スポーツ施設となっていることから、全体の9割が主に公共施設であることがうかがえる。他方、民間のスポーツ施設は、全体の1割弱となっている。
 我々がスポーツを行う場所として整備されている公共スポーツ施設(学校施設含む)は、他の公共施設と同様に老朽化が課題となっており、今後の維持更新費用が財政を圧迫することが予想されている。また、稼働率の低い施設などの有効活用などを考えていくことが必要であるため、スポーツ庁は平成30年3月に「スポーツ施設のストック適正化ガイドライン」を策定し、地方公共団体のスポーツ施設の有効活用方針を示した。同ガイドラインは、「地方公共団体が、安全なスポーツ施設を持続的に提供し、もって国民が身近にスポーツに親しむことのできる環境を整備できるよう考え方を整理するもの」として定められ、スポーツ政策の主眼である「市民にスポーツをする場を提供する」の達成に向けた課題解決の指針を示している。

(2)ハード面の課題
 前述の通り、スポーツ分野の公共サービスの主たるものは、「市民にスポーツをする場を提供する」ことである。公共のスポーツ施設サービスは、一般的に利用者がその場所を借りて、スポーツを実施する「場所貸しサービス」である。
他の公共施設と同様に、公共のスポーツ施設は老朽化が進んでいるものが多く、今後の更新や維持管理コストが地方公共団体の財政を圧迫することが予想されている。費用対効果を上げるためにも、高い稼働率を維持することが重要であるが、平日の日中などは借り手が少なく、稼働の偏りが生じてしまうことが課題になっている。
 また、原則として、スポーツをする場所を貸すサービスであるため、人を集めることを前提としている。一方で、昨今の新型コロナウイルスの感染拡大防止に向けた取り組みを受け、公共・民間問わずスポーツ施設は全国的に閉鎖され、市民のスポーツをする場を提供するというサービスは、機能不全に陥っていた。令和2年5月の緊急事態宣言解除を受け、徐々に再開を始めているが、スポーツを行う施設空間としての抜本的な見直しが求められている。

(3)ソフト面の課題
 スポーツ分野の公共サービスにおけるソフト面の課題は、スポーツ施設の利用条件として、個人利用が難しいことである。スポーツ施設は体育館などの広い面積を有する施設が多いが、団体での利用が前提になっている。また、個人で場所借りをした場合でも、指導者やインストラクターなどがいない中で、スポーツをする必要がある。一方、スポーツ教室などが開催される場合には、その教室に個人で参画することが可能である。
 さらに、場所を貸す公共サービスは多いが、イベント・教室など参加することでスポーツを実施することができる「機会」を提供するサービスが不足している。教室などの機会の提供においては、提供場所として公共施設を利用することとなり、結果として、市民がスポーツをする機会を得られるのは、公共施設という場や時間の制約を受けていることになる。言い換えれば、時間や場所を気にせずにスポーツをする機会の提供が限定的になっている。

2.公共スポーツサービスのDX
 本稿では、前述の課題の解決策として、スポーツ分野の公共サービスのDXを提言する。国や地方公共団体が目標とする市民の「スポーツ実施率を向上させる」ための取り組みとして、場の提供の効率化、およびスポーツをする多様な機会の提供を行うことで市民へのアウトリーチを推進することが必要である。

(1)スポーツの「場を提供」するサービスのDX
 市民がスポーツをする「場の提供」においては、公共施設の維持管理や更新コストが財政を逼迫する中、稼働率の偏りや地域における官民に重複するスポーツ施設の合理的な利用をICTの技術を活用して推進する必要がある。
 課題は「公共施設を保有する自治体財政負担の軽減」と「稼働率の偏りや官民施設の重複」である。これらを解決するために、民間施設、公共施設の融合型シェアリングサービスの提供を提案する。官民双方のスポーツ施設の空き情報や予約システムを統合して、一元的に利用ができるようにする。市民や非営利団体、地域スポーツ団体などが利用する場合と、営利のスポーツサービスを提供する場合に利用料金に差をつけるなどの工夫を行う。現在、カーシェアやサイクルシェアなどのモビリティだけでなく、会議室や駐車場などのスペースのシェアリングサービスの普及も進む中、スポーツ施設・スペースのシェアリングを行うことで、公共側は保有資産を圧縮できるとともに、民間側は、稼働の平準化や稼働率向上を図ることが可能となる。一部の地域では、民間のスイミングプールなどが、学校の水泳授業を受け入れるなどして、シェアする動きが見受けられる。また、学校体育施設も、授業時間以外を一般に開放するなどして、ストックの有効活用を進めている。
 さらに、施設の利用にあたっては、紙での申請、鍵の管理などをデジタル化することで、管理コストを抑制するとともに、リアルタイムの空き時間の利用が可能になる。

(2)スポーツをする「機会を提供」するサービスのDX
 スポーツ施設の利用は、原則団体利用に対する貸館となっており、団体に所属していない個人が、スポーツをする機会の提供につながっていない。そのため、個人がスポーツをする機会を得るためには、民間事業者やスポーツ団体が主催するスポーツ教室等に申し込みをし、公共スポーツ施設等で参加することとなっている。
 これらのスポーツ教室は、現在でも様々な公共施設において実施されているが、情報が一元化されていないことなどを理由に、知っている人はいつも参加しているが、知らない人、情報にアクセスできていない人は、参加できないという状況が生まれ、参加者属性が偏っている可能性がある。また、教室やスポーツ指導のサービスを提供する側にとっても、地元の市民団体等が利用する頻度が高く、サービスを実施する場所を押さえることが困難であり、機会の提供を妨げている。
 そのため、ICT等を活用し、スポーツをしたい個人と、それらが参加する教室や指導などのサービスを提供したい事業者、および提供・実施する場所のすべてをマッチングする仕組みを提供する。提供する場所については、(1)で示された官民双方のスポーツスペースのシェアリングサービスを基盤として、これらを使ってサービス提供したい事業者と個人がアクセスできるシステムとする。

(3)「集まらずにスポーツの機会を提供」するサービスのDX
 従来のスポーツ分野の公共サービスは、公共施設に集まってもらい、スポーツをする人を増やす方策がとられている。しかしながら、新型コロナウイルスの感染拡大防止の取り組みや、移動が困難な人々においては、同じ時間に一つの場所に集まらなくてもスポーツに親しむことができるサービス提供が求められる。
 そのためには、自宅や近所のスペースなど利用者が気軽に実施できる場所と時間において、ウェブ動画やウェブ会議システムを利用することで、一人でも指導を受けながら体を動かすことができるリモートスポーツ教室の実施や、VR端末等を使いながらバーチャル空間で体を動かすことができるコンテンツの提供などが期待されている。
 一方で、物理的な対面ではないため、教える側と実施する側のコミュニケーションを円滑にとること、そしてきめの細かい動作指導などを行うための工夫などが求められる。また、スポーツの実施の効果の一つは、参加者同士のコミュニティが形成されることであり、同じようにリモート参加する人同士のコミュケーションや関係構築などが課題である。

3.DXによる効果

(1)DXによる財政負担軽減の効果
 前述のサービスをDXした場合の財政負担軽減効果を比較する。各サービスで達成すべき目標を維持しながら、DXすることで期待される財政負担の軽減や収入増加の効果を以下の通り整理した。


 具体的な項目ごとのコスト削減効果および事由は、以下の通りとなる。


(2)DXによって利用者に生じる効果
 スポーツの「場を提供」するサービスのDXについては、市民がスポーツをする場の総量は変わらず、当該自治体の保有資産総量の削減が直接的な効果となる。一方で、シェアされる民間施設等の立地によっては、利用者からのアクセス距離が短縮される効果が期待される。
 予約や鍵の管理のICT化については、利用者側にとっても、煩雑な紙面、対面による予約・利用手続き、鍵の受け渡しなどの労力が軽減され、ICT上で迅速かつ簡便な手続きによって施設の予約・利用が可能となる。またリアルタイム性が高まることによって、空いている時間が判明した場合には、すぐに予約・利用ができ、利便性が向上する。
 スポーツをする「機会を提供」するサービスのDXについては、団体でなければ利用しづらかったスポーツ施設が、空き時間があれば、個人で容易に利用できるようになること、また指導者やインストラクターを活用することが可能になることなどが利用者にとっての効果である。場の提供と同様に、リアルタイム性も高まる。
 「集まらずにスポーツの機会を提供」するサービスのDXでは、自宅や近所のスペースにおいて、リモートでのスポーツ教室への参加が可能になる。参加者は好きな時間と場所を選択できること、かつ移動の時間やコストが省略されることが期待される。在宅時間が長くなっている昨今では、これらのサービス提供は強く求められているとともに、今までスポーツ施設等に足を運ぶ時間を確保しづらかった生産年齢人口世代も、気軽にスポーツをする機会を享受できる。

4.実現に向けた課題と展望

(1)実現に向けた課題
 一点目は政策目標の定量的な設定である。現時点で法令において、国民一人当たりのスポーツ施設(スポーツをする場)の面積などの基準は定められていない。各自治体において、既存の施設面積を把握した上で、そもそもその面積水準が高いのか、低いのか、という検証をする必要がある。
 スポーツスペースシェアリングなどは、公共が提供する「場所」というサービス総量を維持しながら、場所の提供の手法を官民連携で実施することであるため、目標とするサービス総量を明確に決めた上で、その目標を達成する手段としてのDXと、民間活力の活用を進めることが必要である。スポーツ実施率については、現状を把握し、目標達成手法を工夫することにより高い水準を目指すことが求められる。
 二点目は、デジタルコンテンツの導入にかかる端末側、基盤側の技術革新である。ウェブ会議システム等によって配信されているこれらのコンテンツは、ウェブ上で配信・受信側でコミュニケーションが成立するものであるが、一方で動画配信による回線の逼迫、通信料の増大、利用者側の端末利用にかかるリテラシー不足などが指摘されている。
 また、より臨場感あるデジタル空間での活動を実現するVR機器などは、端末自体の普及が進んでいないこと、デジタルコンテンツの制作に手間やコストがかかることなど、より簡易に利用できる技術革新が求められる。
 三点目は、団体競技やスポーツコミュニティ形成にかかる課題である。スポーツの団体競技においては、デジタルコンテンツなどの提供では実施できない。実際の競技場等の空間において、メンバーが集まって競技をするものであるため、これらのスポーツの場と機会は、従来通り施設に集まって利用してもらうことが不可欠である。
 また、個人で行うスポーツにおいては、同じスポーツを志向している利用者間でのコミュニティが形成されている。それは空間を共有することで形成されているコミュニティであるが、デジタル空間の中で実施する場合、利用者間のコミュニケーションを促進させる工夫が必要になる。

(2)今後の展望
 公共サービスをDXする際に主眼にすることは、「どのような政策目標、施策目標を達成するために実施するサービスなのか」を明確にすることである。デジタルトランスフォーメーションは、デジタルによって「手法」の変革をもたらすことであり、現在は実物や人力で実施しているサービスについて、デジタルによって提供することで、その質を同等以上に向上させる必要がある。言い換えると、質を高めることができないDXは、ただの自動化や省力化である。
 そのため、スポーツ分野の公共サービスをDXするためには、スポーツの実施率や提供している施設面積など、現在のサービス水準を定量的に定め、その水準を維持・向上するために、DXによって何ができるのかを検討し、推進していくことが重要である。
 また、スポーツは、物理的に「人が体を動かす」という行為であるため、完全にサービスのすべてをデジタル化することはできない。他方、デジタル化では達成できない部分については、上記の政策目標を達成するために、実際の施設、スペースなどの在り方を考えていくことが必要となる。
以 上


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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