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【人的資本についての戦略的な発信に関する現状と今後の動向】
第2回「国内企業におけるHuman Capital Reportの構成・発信内容の整理」

2024年05月30日 村井庸平、大矢知 亮、織田真珠美、植原健吾、リョウ苗蕾、太田康尚太田壮祐


1.国内Human Capital Report事例の整理
 本連載第1回においては、人的資本に関する新たな発信媒体として、経営戦略やパーパスの実現に向けた人材戦略および具体的な取り組みに関する情報を一元的に集約したHuman Capital Reportを新たに発行する企業が徐々に現れている状況について解説した。
一方、第1回でも述べた通り、Human Capital Reportの国内発行事例はまだ少なく、その構成・発行内容については各社各様である。そこで、連載第2回である本稿では、Human Capital Reportにおける主要な構成要素を分類・整理し、それぞれの具体的な内容について確認をしていく。
筆者らが確認した国内の発行事例を整理すると、主な構成要素としては下表の3つのコンテンツに分類することができる。(図表1)



 以下では、これらの各構成要素について、具体的にどのような内容が記載されているか、事例を紹介する。

●人材戦略上の目標
 まず冒頭で「人材戦略」や「人的資本経営の考え方」が記載される。表現方法としては、経営層がトップメッセージとして自社の人材戦略などを語るケースと、人的資本に対する考え方や人事戦略を体系的に図示するケースの2パターンがあり、2つのパターンのいずれか、または双方で、人事戦略上の目標を表現することが多い。

ケース1:経営層がトップメッセージとして自社の人材戦略などを語るケース
 本ケースでは、経営層メッセージまたはインタビューに回答する形式で、自社における人的資本経営の重要性や、人材戦略が人事施策とどのように接続しているかなどが語られる。
 例えば、東京海上ホールディングス(※1)では、全7頁にわたってグループCEOメッセージや役員対談の内容を掲載し、人材戦略上の具体的な課題意識や、取り組み施策を語る形式を採用している。(図表2)

(出所:東京海上ホールディングス「Human Capital Report 2023P.11
参照日付:2024/5/24)


ケース2:人的資本に対する考え方や人材戦略を体系的・構造的に図示するケース
 本ケースでは、主として人的資本経営のありたい姿が描かれ、このようなありたい姿に対して、どのようなアプローチでそれを達成しようとしているかが表現される。
 日清食品ホールディングス(※2)では、「企業価値と人的資本投資の考え方」について、人件費と企業の寿命という2軸で整理している。人的資本経営の主たる担い手である人事部門の役割を、⼈的資本が適所適材で最⼤限の能⼒発揮している状態を作り、企業価値の増⼤に貢献することと定義している。(図表3)

(日清食品ホールディングス「Human Capital Report 2023P.7
参照日付:2024/5/24)


●目標達成の手段
 人材戦略や人的資本経営の考え方について述べた後、次に記載される内容としては、人材戦略や人的資本経営をどのように実現しようとしているかについて人事施策の紹介が記載されることが多い。人材戦略および人的資本経営に沿ったかたちで人事施策の全体像が示された上で、その中のいくつかの代表的な人事施策について詳述する形式となっているケースもある。

ケース1:人材戦略および人的資本経営に基づき人事施策の全体像が示されるケース
 パーソルホールディングス(※3)では、まず、人的資本の取り組みの全体像がまず示されており、読者はここで、人事施策の概観をつかむことができるようになっている。人的資本の構成要素と人事施策の関連性を示すことで、人的資本の目的を達成するための人事施策という位置づけがより明確になっている。(図表4)

(パーソルホールディングス「パーソルグループ人的資本レポートP.11
参照日付:2024/5/24)


ケース2:代表的な人事施策について、具体的な取り組みが詳述されるケース
 日立建機(※4)では、具体的な人材施策についての紹介が全25頁にわたって詳細に掲載されている。人材戦略上の主要な人事施策について「ありたい姿」「現状」「課題」を示したうえで、具体的な施策や詳細な内容について解説することで、ありたい姿をどのように実現していくか、読者にわかりやすく伝え、実現可能性に対する期待を抱かせる内容となっている。(図表5)

(日立建機株式会社「Human Capital Report 2023P.24
参照日付:2024/5/24)


●人事施策の測定指標・データ
 最後に、人事施策の測定指標とデータの掲載については、2つのケースがある。1つ目は、過去からのデータの推移を示しつつ、現在の人事施策の効果を説明する現状報告型の形式、もう1つは、今後の目標に主眼を置き、目標に対してどのようなアプローチを取るかを併記する未来志向型の形式である。

ケース1:現在の人事施策の成果として測定指標・データが示されるケース
 新東工業(※5)では、これまでどのような人事施策をとってきたかを示した上で、その成果が測定指標にどのように表れているかを示すことで、人事施策の有効性を訴求する内容となっている。(図表6)

(新東工業「2023 Human Capital ReportP.5
参照日付:2024/5/24)


ケース2:人的資本の重要指標に対して目標が示され、今後のアプローチを紹介するケース
 トヨタ紡績(※6)では、主要な人的資本の指標に対して、過去から現在までの推移とともに、今後の目標値を明確化している。また、目標とともに今後の重点的な施策を紹介することで、目標をどのように達成していくかの道筋を示している。(図表7)

(トヨタ紡織「人的資本レポート 2023P.10
参照日付:2024/5/24)


2.国内発行事例を踏まえた概観
 ここまで、日本国内の発行事例における主な構成要素について紹介してきた。各社の表現方法は様々であるが、国内のHuman Capital Reportは「人材戦略上の目標」「目標達成の手段(人事施策)」「人事施策の測定指標・データ」等のコンテンツによって構成されている。
 一方、人的資本経営の高度化を考えていくと、今後は人材戦略の出発点である「経営戦略」に関する内容も丁寧に掲載し、「経営戦略と人材戦略の連動性」について、よりストーリー性をもたせた上で発信していくことが重要であると筆者らは考える。
 例えば、「経営戦略と人材戦略の連動性」を訴求するためには、はじめに「①経営戦略上の目標」を示したうえで、次に「②人材戦略上の目標→③目標達成の手段→④人事施策の測定指標・データ」といった順に、経営戦略起点で人材戦略を語っていくことが望ましい。その際のポイントとして、①~④それぞれの掲載内容の中で「経営戦略上の目標・重点領域」「目標達成・重点領域に必要な人材の具体的な要件(行動特性・スキル・エンゲージメント等)」「具体化した必要人材の確保・育成施策」「施策の効果を示す指標(KPI)の目標と現状」を明確に示すことが重要である。(図表8)



 各要素について、順を追って具体的に説明することで、読者は経営戦略から始まる一連のストーリーとしてその会社の人材戦略を確認することができ、「経営戦略と人材戦略の連動性」についてより理解を深めることができると考える。こうなれば、経営戦略が「絵に描いた餅」ではなく、人材戦略を通じて、より実現性の高いものであることを効果的に発信できるであろう。今後、Human Capital Reportの発行を検討している企業においては、上記のポイントを踏まえ、自社の掲載内容について検討頂ければ幸いである。

(※1) 東京海上ホールディングス 「Human Capital Report 2023」
(※2) 日清食品ホールディングス 「Human Capital Report 2023」
(※3) パーソルホールディングス 「パーソルグループ人的資本レポート」
(※4) 日立建機 「Human Capital Report」
(※5) 新東工業 「2023 Human Capital Report」
(※6) トヨタ紡織 「人的資本レポート 2023」

以上

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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